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CASE 槙島ネネ
晶がいなくなって、2年が経った。
あの時のような下げし頭痛も、お爺さんの声も聞こえなくなった。
中学2年に上がり、私は誰とも口を聞かなくなった。
地元の千葉県から隣の県の東京に引っ越し、母方の祖父母に引き取られそうたのだ。
私はクラスで孤立していた。
クラスの子達は私と話したそうにしているが、私は寄せないように壁を作る。
ヒソヒソと私に対する悪口が聞こえてきた。
『気持ち悪いよね、槙島さんって』
『本当、本当。何を考えてんのか分かんないし』
『可愛からって調子乗ってるよねー。男子にチヤホヤされちゃってさ』
女子達が私を睨みつけながら話を続けてる。
どうでもいいな、本当に。
晶の言葉が深く心に刺さっているのに、まだ晶の事が好き。
晶を忘れる事が出来ない。
いや、出来るはずがない。
今、どこでなにをしてるの?
晶…、生きてるよね?
死んではないよね?
そんな事ばかりを考えては、溜め息を吐く生活を繰り返してる。
あ、雨が降りそう。
窓の外に視線を向けると、濃いグレー色に変わってからすぐに雨粒が落ちた。
あの日も雨が降ってたな。
脳内で何度も何度も、あの血の世界が思い出される。
私の事を軽蔑の眼差しで見つめる晶。
鉄臭くて生暖かくて、ぬめぬめした赤い血。
壁に飛んだ血肉と血飛沫。
異様だったあの光景を一度も忘れる事は出来なかった。
そんな事を考えていると、あっという間に放課後になっていた。
気づかなかった…、もう下校時間か。
置き傘をしておいて正解だったな。
クラスの子達も友達同士で固まり、帰宅の準備をしていた。
私はその子達の隣を通り過ぎ、教室を出ようとした時。
「ちょっと、こっち側を通らないでよ。アンタの嫌な菌が移るじゃん」
そう言ってきたのは、私の悪口を言っていた女子だった。
何が気に入らないのか分からない。
ただ廊下に出る為に通っただけの事だ。
とにかく、この女子は私の存在自体が気に入らないのだろう。
て言うか、名前なんだったっけ?
無視をしたまま廊下にでると、名前が分からない女子が付いて来た。
「え、何?」
「シカトしてんじゃねー。お高く止まってんじゃねーよ」
「え、だるいんだけど。そう言う事言ってくんの」
「え?」
私の言葉を聞いた名前の知らない女子達は、目を丸くし固まってしまった。
もう良い、この際だから言ってやろう。
この時、私の中で何かが音を立てて切れた。
「は、は?」
ガッと私の悪口を言って来た女の子の胸ぐらを掴んで、睨み付けながら言葉を吐く。
「さっきからうるさいんだよ、アンタ。私はアンタ等の名前も知らないし、迷惑をかけたつもりもない。なんなら、アンタ等なんかに1ミリも興味ねーんだよ」
「な、何…?きゅ、急に…」
さっきまでの威勢はどこに行ったのか、ポロポロと涙を流し出す。
「は?泣くの?言われただけで泣くんだ?」
「な、なんのよっ、」
「キモイな、アンタ等」
そう言って、乱暴に胸ぐらを離す。
女子達は唖然とした表情を浮かべたまま、その場で固まる。
そのまま廊下を歩き、下駄箱で靴を履き替え傘を取り出した。
傘を広げ校門を潜り抜け、祖父母達の家に続く道を歩き出す。
いつもと変わらない日常をこれからも送るのだろうか。
このまま晶に会えないまま?
私は晶がまだ好きなのに…、こんな毎日を送らなきゃいけないの?
だけど、これは私の罰なのかもしれない。
カランカランッ。
いつも前を通る喫茶店のドアに付いてる鈴が鳴った。
誰かが私の前を横切り、喫茶店の扉を開けたんだ。
色白な肌の男の子は綺麗な茶髪の髪を靡かせる。
私と同じ歳くらいの男の子は中にいる女の子に目を向け、頬を赤くしながら名前を呼んだ。
「晶!!」
「!?」
晶って…。
「あ、あ…っ」
ネイビー色に染められたショートヘア、目尻の上がった猫目。
色白な肌には見た事ないタトゥー達が彫られていて、
沢山の煌びやかなピアスが耳を光らせている。
晶だ。
間違いない、晶だ。
晶が…、晶が目の前にいる。
店に入ろうと扉に手を伸ばそうとした時、晶の表情を見て動きを止めた。
男の子を愛おしそうに見つめる晶は、恋をしてる少女そのものだった。
踵返すように喫茶店から離れ、傘を落とした事にも気付かずに走った。
無我夢中で走り、乱暴に家のドアを開け中に入る。
上がった息を抑えないまま、その場で座り込む。
みっともなく声を出して泣いた。
感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
晶に会えた喜びと悲しさが込み上げてくる。
晶が私の事を記憶の中から消したのだと分かったから。
私がいなくても晶は、晶は平気だと知ったからだ。
私は晶を忘れられないと言うのに。
東京と言う広い街、沢山の人達が行き交う中で貴方を見つけた。
だけど、貴方は私以外の人の側で幸せそうにしていた。
私は晶の幸せを邪魔するつもりはない。
だって、私が口を出して良い事じゃないから。
忘れよう、晶の事は。
そうしないといけないんだ。
その日を境に、私は笑う事も喜ぶ事もなくなった。
感情をなくした方が晶を思い出さなくなるから。
色鮮やかだった世界が灰色に変わり、食べ物も味がしなくなった。
適当に生活をして、適当な高校に受験し、適当な生活を送っていた。
19歳の冬、奴が私の前に現れたのはだった。
「君、槙島ネネ?」
警察学校からの帰り道、雪の降り頻る中で奴は現れた。
全身黒で揃えられたスーツ、黒い傘には白い雪が積もっている。
何年経ったって、一度だって忘れた事はない。
あの日、晶と一緒にいた男が何故、私なんかに会いに来たのだ。
「何」
「話があって来たんだけど、時間ある?」
「は?なんで、アンタなんかに時間を作ら…」
そう言って、奴の隣を通り過ぎた時だった。
「晶の今後に関わる話だ」
「晶に何かあったの」
「今はまだ、何もない」
「今は?」
「君、晶の事が好きなんだろ?」
この男は何故、私が晶を好きだって知ってるの?
誰にも言った事がなかったのに。
「僕は君と同じJewelry Pupilだ」
そう言われ、男の目をジッと見つめる。
透き通った青色のタンザナイトのJewelry Pupilだった。
「車で来てるんだ、一緒に来て」
「分かったわ」
私は男の後を歩き、止められていた黒のプリウスに乗り込んだ。
ひんやりした車内からは、甘いチョコレートの匂いがした。
空き缶の中に煙草がいくつかねじ込まれている。
「すぐに暖かくなるから、ちょっと待ってて」
「そんな事は良いから、本題に入ってくれない」
「晶は僕と付き合ってるんだけどね、僕の事を嫌いな男が晶を消そうと動いてる」
「は?」
男の言葉に沸々と怒りが込み上げる。
だが、すぐに冷静さを取り戻せた。
「晶を消そうとしてるって、殺そうとしてるって事?なんで、晶が殺されないといけないのよ」
「僕と付き合ってるからだよ」
「だったら、別れてよ」
「そんな簡単な事じゃないんだ。なんせ、ヤクザ絡みだからね」
ヤクザ…。
ふと、あの時の記憶が脳裏に蘇る。
私の家族と晶の家族を殺した男達はヤクザだったんだ。
今思えば、服装も持っていた武器もそうだ。
「アンタ、ヤクザなの?」
「神楽組の組長の息子だよ。名前は神楽ヨウ、君の事は調べて知ったんだよ」
「調べたって、なんでよ」
「晶の事を好いてくれてる君が、晶を助けれる存在なんだ」
ズキンッ、ズキンッ!!
あの時と同じ頭痛がし、お爺さんの声が聞こえた。
「この男の提案に乗るのは、お前と晶の縁を再び結ぶ。だが、お前が望んでいる未来にはならない。憎し
みと愛、この2つの感情が入り混じる」
ズキンッ、ズキンッ!!
「椿恭弥と言う男には気をつけろ。彼奴は悪魔に魂を売った男だ。お前の選択とお前の力によって、未来が大きく変わる。これから起きる未来をお前に見せる」
お爺さんの声が聞こえなくなると、頭の中に映像が流れ出す。
晶や晶以外の人達が沢山出て来て、赤髪の男の不敵な笑みが…。
晶が撃たれた、あの赤髪の男に。
晶が殺された、あの赤髪の男に。
「ゔっ」
「大丈夫?これに吐いていい」
そう言って、神楽ヨウは吐き袋を差し出す。
だが私は吐き袋を押し除け、神楽ヨウに視線を向ける。
「晶が椿恭弥って男に殺されるの」
私の言葉を聞いた神楽ヨウは一瞬、驚いた顔をしたがすぐに真顔に戻った。
「へぇ、君のJewelry Wordsの能力なのかな。当たりだ」
「椿恭弥は何者なの」
私は神楽ヨウから兵頭会の組長の息子の兵頭拓也、椿
恭弥の2人の人物の話を聞いた。
椿恭弥の異常な愛情と執着は、兵頭拓也自身と周囲に
向けられている事。
椿恭弥は神楽ヨウを嫌っており、神楽ヨウを消す為に動き始めた事。
晶は兵頭雪哉に拾われ、兵頭会専属の殺し屋として活動。
そして神楽ヨウの護衛役に任命され、2人は恋人同士になったと。
「晶からは君の話を一度だけ聞いた事があったんだ」
「恨んでるって?当然よ。私は恨まれる程の事をしたもの」
「違うよ、酷い事を言ったって。晶は君が東京に引っ越した事も中学、高校、警察学校に行く為に、この道を毎日通ってる事も知ってたよ。君にバレないように、いつも見ていた。あんな事を言っちゃったから、会う資格はないって」
晶は私の事を忘れていなかったんだ。
晶…。
私の事を見つけていてくれたんだね。
私の事を許してくれていたんだね。
「あっ、ああっ…。私は晶にっ、晶に酷い事をしたのにっ」
「君の所為じゃない。あの事件は晶や君、どちらも悪くない」
「私が悪いの、私がっ」
「あれは誰の所為でもないよ。誰にも止められなかったんだ」
鼻の奥がツーンッとして痛い。
涙が溢れ出て止まらない。
あの事件は間違いなく私自身の罪だ。
私は晶を死んででも守る義務がある。
「晶を守る。何をしても、どんな手を使っても」
「僕のJewelry Wordsの能力は記憶を操作し、作り変える事が出来るんだ。晶の記憶の中から僕の存在を消そうと思う。そして、椿恭弥の記憶からは僕は死んだ
事にする」
「最初の案はだめよ」
「だめって、どうして?」
私の言葉を聞いた神楽ヨウは、私に返答を求めた。
「晶から大切なものはもう奪わせない。付き合った事や出会った事をなかった事になんかしちゃだめ。記憶を失ったとしてもだめよ。私が貴方を殺したと言う記憶に変えて」
「君、恨まれ役に回るつもり?」
「晶の為によ、私は晶に許されるべき人間じゃない。
私は晶を愛してしまった罰よ。その方が良いわ」
「…君にとっては残酷な未来だよ。僕は君に、警察官になったら、八代和樹と言う男と接触してほしいってお願いをしようと思ったんだけど」
そう言って、神楽ヨウは煙草を咥える。
「八代和樹?」
「僕の友人さ、数少ない友人」
「貴方の計画があるのなら、乗ってあげる。晶は絶対に死なせない」
「椿恭弥を一緒に潰そう」
あの時の神楽ヨウは、ただ晶を守りたいだけだった。
私と同じ目的だった筈だった。
兵頭拓也が白雪と言う女と付き合い始めてから、歯車が狂い出した。
神楽ヨウと晶に注目を置かなくなった椿恭弥は、白雪をどう消そうかと動き出したからだ。
私が無事に警察官となり、交番勤務をしだして数ヶ月。
兵頭拓也と白雪の間に子供ができ、結婚話が持ち上がった。
神楽ヨウとは常に連絡を取り合っていたのだが、この時までは椿恭弥は何も動きを見せずにいた。
12月25日、椿恭弥は予想外の動きを見せる。
東京市内のとあるバーで、20代男性が射殺されたと無線が入った。
交番勤務の警察官達も駆り出され、歌舞伎町の飲み屋街に収集された。
数台のパトカーと消防、ビルから降りて来た担架(たんか)に乗せらている金髪の男。
「拓也さん!!拓也さんっ!!」
神楽ヨウが泣きながら、救急隊の人達と降りて来る。
私は遠目で金髪の男が兵頭拓也と認識するしかなかった。
神楽ヨウの白い手が真っ赤に染まっていた。
サイレン音だけが耳に響き、クリスマスソングが掻き消される。
兵頭拓也が死んだ日から、ヨウは人が変わったように冷徹になった。
「晶の記憶を塗り替えた。ネネ、晶に恨まれてくれ」
「分かった。晶を狙おうとしてるのね?」
「違うよ、僕の復讐に晶を巻き込めないから」
「アンタ…、晶の事を本当に愛してるの」
神楽ヨウは晶よりも兵頭拓也を選んだ事に腹が立つ。
復讐よりも晶を大事にしてほしい。
「愛してるから、守りたいんだ。もう、失いたくないから」
泣きそうな声で、そう言われた。
神楽ヨウは、1人で復讐をしようと決意したんだと悟った。
2月14日
バレンタインデーに数年ぶりに晶の前に立った。
「久しぶりね、晶」
「お前…、ネネか?」
晶の手には可愛くラッピングされた袋があった。
きっと神楽ヨウへのチョコレートだろう。
大人っぽくなった晶、微かに神楽ヨウと同じ煙草の匂いがする。
首元に赤い花が咲いていて、白い肌を引き立たせる。
あぁ、神楽ヨウに抱かれたのだと分かる。
キュッと胸が締め付けられるのを我慢し、私は最低な言葉を吐く。
「そのチョコレート無駄になるわよ」
「は?」
「だって、もう神楽ヨウはこの世にいないもの」
「どう言う意味だよ」
キッと晶は私を睨み付ける。
貴方を助ける為に、私の恋愛感情を殺す。
「私がこの手で殺したからよ」
「は、は?何を言っ…」
スーツの胸ポケットから写真を取り出し、晶の前に差し出す。
血糊を塗った神楽ヨウが倒れている写真だ。
無論、神楽ヨウは死んだフリをして倒れているだけ。
晶なら信じないだろうけど、神楽ヨウのJewelry Wordsの力が働いてる筈。
チラッと視線を向けると、あの日と同じ表情にさせ、晶を泣かせていた。
「お前はなんで、俺の大切なものを奪うんだよ」
この写真を信じた事に驚きつつ、冷静に話をする。
「貴方の害になるからよ、晶」
「害ってなんだよ。お前に申し訳ないと思った自分がアホらし」
カチャッ。
晶はそう言って、私に銃口を向ける。
あぁ、私達は二度と笑い合うことはないと思った。
だけど今思えば、私が神楽ヨウに協力する事も…。
神楽ヨウのJewelry Wordsの能力で、決められていたのかもしれない。
私が恨まれ役を買って出た事も、神楽ヨウが意図的に仕組んだのかもと。
「晶、私は貴方に恨まれていても愛してる」
パァァンッ!!!
愛の言葉を掻き消され、右肩に痛みが走った。
真っ赤な血が花弁のように飛び散り、視界を真っ赤に染める。
「二度と俺の前に現れんな」
晶の低い声が鮮明に耳の中に残った。
「お客様」
ハッと我に帰ると、女性の店員が心配そうな顔をしていた。
「あの、大丈夫ですか?煙草を持ったまま、ボーッとしていましたから」
「大丈夫です、お会計をお願いします」
「わ、分かりました」
吸えなくなった煙草を灰皿に押し付け、椅子から腰を上げる。
「ネネ、店を出たら左の角に身を隠せ。ピンク頭の女がお前を待ち構えとる」
頭痛と共にお爺さんの声が頭の中に響く。
ピンク頭…、椿恭弥の所の女の子か。
「神楽ヨウの差金だ。ピンク頭を騙し、お前に殺させるつもりだ」
お会計を済ませ、言われた通りに左角を曲がりゴミ箱の後ろに周り身を隠す。
タタタタタタタッ!!!
間抜けだな、殺し屋のくせに足音を消すのを忘れてる。
ガシャッ。
走ってくる足音が聞こえ、持って来ていた警棒を伸ばす。
「ッチ、どこに行ったのよ」
舌打ちをしながら通り過ぎた女の背後に周り、頭に向かって警棒を振り下ろした。
ブンッ!!
ドカッ!!
「ゔっ!?」
女は頭を押さえながら後ろを振り向こうとしたが、構わず警棒を再び振り下ろす。
ブンッ!!
ドカッ!!
「いっづ!?」
女の足を軽く蹴飛ばし地面に転ばせ、背中を強く踏み
付ける。
「ゔっ!?なっに、すんのよ」
「それは貴方の方でしょ?私を殺しに来たみたいだけど、ナイフ落としちゃったわね」
地面に落ちたナイフを女から遠ざけるように拾い上げ、左太ももに突き刺さす。
グサッ。
「ゔぎっ!?あっ、あぁっ!!」
グリグリとナイフを動かすと、女が苦痛の声を上げる。
「貴方、椿恭弥の所の子でしょ。何、命令されて殺しにきた?」
「だったら、何っ」
「ここで死ぬ訳には行かないのよ」
カチャッ。
女の頭に銃口を突き付け、引き金を引こうとした時だった。
ドカッ!!!
頭に激痛と強い衝撃が走り、視界が大きく揺れる。
キィーンッと耳鳴りが鳴る中、優しい口調で話す男の声が聞こえた。
「黒猫パーク以来だね、槙島ネネさん」
「椿…、恭弥」
何故、椿恭弥がここにいる?
この女は神楽ヨウの命令で来ている筈だ。
それなのに何故?
もしかして、この女…。
ここに来る事を椿恭弥に話し、一緒に来たって事…?
「へぇ、トンカチで殴ったんだけどなぁ。意識保てるのって、凄いね?」
血がべっとり付いたトンカチを私の前で見せびらかす。
こうして対面するのは初めてだったな。
まさか、椿恭弥にヨウの計画がバレたって事?
「ネネ、椿恭弥に神楽ヨウの計画は知られていない。ネネが最初に思った通りだ。この女と共に来ただけのよう。時計を使え、八代和樹が喫茶店周辺にいる」
意識が飛びそうな中でお爺さんの声が聞こえた。
真っ先に頭に浮かんだのは、ポケットに入っていたス
マホだ。
あれを見られたら、ヨウの計画がバレてしまう。
晶の隠し撮りやヨウからくれた写真も保存してある。
見られたらいけないものが沢山ある。
それだけは絶対に避けないと。
フッ、私も奴のJewelry Wordsの力に洗脳されてるな。
ポケットの中に手を入れ、懐中時計を手に取る。
そして目を閉じ、懐中時計に付いているボタンを押した。
カチッ。
押した瞬間、物や空間の時間が止まり、よろつきながら椿恭弥から離れる。
足が重い、意識が飛びそう。
出血の量が多い所為で、Jewelry Wordsを使う時の体への反動が大きい。
「ゴホッ!!」
胃から込み上げて来たものを吐き出すと、大きな血の塊だった。
いつからだったかな、Jewelry Wordsを使うと血を吐き出すようになったのは。
私の体がJewelry Wordsに耐えきれなくなってきている。
そう分かったのは、和樹さんと泉病院に行った時だっけ。
どこかの国の論文にJewelry Pupilは、短命だって書いてあったな。
確かに、そうだと思う。
曲がり角を出ると丁度良いタイミングなのか、和樹さんが店の前にいた。
歩いている途中のまま止まっていて、誰かと電話してるようだ。
ヨウに言われて和樹さんと接触したけど、優しい人だったな。
彼の優しさに甘えて騎士にしてしまった。
和樹さんを巻き込む訳にはいかない。
ヨウは怒るかもしれないけど、私は…。
「和樹…さん、今までありがとう」
そう言って、私は止まっている和樹さんにキスをした。
ジャキジャキシャキッ!!
私と和樹さんを繋いでいた鎖が現れ、音を立てながら壊れて行く。
騎士を解消するには、Jewelry Pupilのキスが必要。
ただし、Jewelry Pupilが解消の気持ちがある場合に限る。
これで、和樹さんは騎士じゃなくなった。
「これだけ、お願い…しますね」
コートのポケットに私のスマホを入れ、和樹さんの横を通り過ぎる。
ガクッと膝から崩れ落ち、その場で倒れる。
ここだと和樹さんの存在が椿恭弥にバレ…ちゃう。
体を無理矢理にでも引き摺って、道を這い蹲ろうとした時だった。
グッ!!
後ろから乱暴に髪を掴まれ、振り返ると椿恭弥が立っていた。
「なっ!?んで…」
「オレンジダイヤモンドの石言葉の中に”再生”ってあるんだけど。君の能力は時間を止めれるみたいだね?僕には効かないよ、止められても再生出来ちゃうから」
この男…、わざと再生するのを遅らせたな。
和樹さんに渡している所を見られたか?
「再生して来てみれば、君がみっともなく這い蹲って逃げてるんだもん。面白いものを見せてもらったなぁ」
良かった、見られていなかった。
「私を消しに来たのは?ただ邪魔だったから?」
「君が僕を嫌おうと構わないけど、不用意に警察を動かされるのは困るんだよね。面倒事を増やすのはやめてほしいし、消えてもらうね」
晶…、ごめんね
ブンッ!!
そう言って、椿恭弥は再びトンカチを振り下ろした。