テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「医療と関わりのある大手企業?」
麗香が視線で示した、真っ赤なドレスを着た二十代前半ほどの女性へ目を向ける。
「医療機器みたいな精密機械を扱う企業、情報管理を請け負う企業、製薬関係……病院で扱うもの全部よ」
「はぁ……。で? その人たちの親睦会みたいなのが、このパーティー?」
「親睦会……まぁ、表向きはそんなところね」
麗香はふっと鼻で笑った。
「表向きは?」
意味ありげな笑みを浮かべる友人の横顔を見つめ、首を傾げる。
「決して外部に漏らしてはいけない情報が飛び交う世界。契約と暗黙の了解の上に成り立った、酒池肉林の世界よ」
「酒池肉林? ……ここで何かが行われるの?」
私は眉をひそめ、グラスに残っていたシャンパンを飲み干した。
「彩音はただの見学者。心配しなくても、誰も食べたりしないわよ」
麗香はくすりと笑う。
「今日は大御所様も来てるって悠聖が言ってたでしょ? これは面白いパフォーマンスが見られるかもよ」
そう言って、大きな瞳を輝かせながら肉を頬張った。
***
「あー……やっぱり目が回ってる。足もふわふわするし……」
大理石の洗面台に両手をつき、鏡に映る自分の顔を見つめながら大きく息を吐く。
パーティーに参加して一時間。
もともとお酒に強い方ではない。
けれど緊張のせいか気分が高揚することもなく、意識ははっきりしていた。
はっきりしているのだが、真っ直ぐ歩こうとすると視界が揺れる。
気を抜けば足がもつれそうになる。
アルコールが頭ではなく、体に回っている状態だ。
このパーティー、いつまで続くのかな……。
みんなで会食しているだけなのに、禁断の地だの、快楽の地だの、酒池肉林の世界だの。
正直、何が何だかさっぱり分からない。
それにしても、麗香はどうして私をここへ連れて来たんだろう。
取り出した口紅を唇に当て、小さく息をつく。
それより、このまま麗香に飲まされ続けたら、意識まで危ないかも……。
慎重に口紅を塗り終え、ポーチへ戻す。
そして、ワインの香りが残る息をもう一度ゆっくり吐き出した。
それにしても凄いな、このトイレ……。
トイレというか、ドレッサールームというか……シャワールームまである。
完全な個室になっている部屋を、きょろきょろと見回す。
会議をしたりするって言ってたから、こんな部屋がいくつもあるのかな……。
小さなバッグを肩に掛け、廊下へ続く扉を開けた。
パーティー会場へ戻ろうと、ふらつく足取りで曲がり角まで歩く。
えっと……。
こっちで良かったよね?
左右に分かれた廊下を見比べながら、左へ曲がろうと一歩踏み出す。
――あれ?
右だったかな……。
確か、あの花瓶に見覚えがあるから……。
……もうっ!
どうしてこんなに廊下が入り組んでて、部屋がいくつもあるの?
何なの、この造りは!
ワンフロアの中で迷子になるなんて、素面なら絶対にあり得ない。
自分自身に苦笑しながら、仕方なく勘を頼りに右の廊下を進んだ。
――あ……。
また、この香り……。
廊下の奥から流れてくる、不思議な香りに足が止まる。
食事をしていた大広間でも、人とすれ違うたびに風に乗って漂ってきた香りだ。
花の甘い香りとも違う。
お香のような強い香りとも違う。
初めて嗅ぐ、不思議な香り。
その香りは、歩みを進めるたび少しずつ濃くなっていく。
まるで誘われるように。
私は浮遊感に身を委ねながら、深紅の絨毯の上をふらふらと歩いていった。
管野アリオ
273
瑠璃マリコ
10,376
コメント
1件
こんばんは、あおいです🌷 第十二話、読み終えました。麗香の「酒池肉林の世界」という台詞に、はっとさせられました。表向きの親睦会とは別の空気が流れているのが伝わってきて、背筋がゾクッとしました。それにしても、トイレでひとり迷子になる彩音が愛おしくて…。あの不思議な香りに誘われるラスト、何かが始まる予感がして、続きが気になって仕方ないです。柏木さんの紡ぐ空気感、繊細で大好きです🤍