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「守近様、私達も残っていた方が良かったのでは……」
馬を引きながら、常春《つねはる》は、言った。
守近はというと、従者の悩みなど、何のその。相変わらず飛び交う黄色い声へ、馬上から手をふっている。
「ははは、常春も、心配性だなあ。紗奈《さな》も、髭モジャも、おばちゃん方もいるんだよ?」
いや、その面子だからでしょうに。
とも言えず、はあ、まあ、ですが、と、常春は、言葉を濁した。
「それに、あちら方へ、守満《もりみつ》、という人間を、しっかり見てもらえる良い機会……。歌のやり取りでは、わからぬ、本質をね」
歌など詠みあってたら、まどろっこしいじゃないか?と、守近は、言っているが、常春には、その意図が、どうもわからない。
それは……と、常春が、言いかけたその時、
「あーー!いました!!」
と、小さいが、しっかりした声がした。
聞き覚えのあるものに、もしやと、常春が、目を凝らして前方を望むと、タマらしきものを抱いた、童子が、見えた。
「守近様ーーーー!!!!」
童子が、叫びながら、こちらへ走って来ている。
「常春、あれは?」
「……さて、私もわかりませぬが、タマ、を抱いているということは、屋敷の者でしょう。ですが、童子など……いなかったはず」
「うん、なによりも、あの慌てようは、どうしたことか?」
「はい、そうですね。御屋敷で、何かあったのでしょうか?」
二人が悩んでいる間に、童子は、側まで、やって来た。
はあはあ、息を切らす童子に変わり、タマが、守近へ言う。
「大変です!」
「うん、タマや、そりゃあ大変だろう。この往来で、お前、喋って良いのかい?」
確かに、行き交う者達が、不思議そうに、チラチラと、タマを見ていた。
「あっ、ワン!そうだ、ワン!タマは、犬なんですワン!」
「タマ、もういいから!守近様!守恵子《もりえこ》様が大変なんです!!!」
童子の訴えに、守近は、びくんと体を揺らした。
「守恵子が?!常春!馬を飛ばすっ!」
言って、守近は、馬の胴を蹴った。
馬は、驚きから、前立ち上がりになり、守近は振り落とされそうになるが、手綱をさばき、どうにか堪えた。
そして、勢いよく駆け出したのだった。
「あっ!!守近様!!」
常春は、慌てて後を追うが、馬の早さについて行けない。
狩で、野原を駆けているのではない。ここは、都大路。人もいれば、それこそ、牛車《くるま》もいる。
馬で、駆けるなど、それも、全速力で、駆けるなど乗る者も行き交う者も、共に危険だった。
常春が、先達になろうとしたのだが、人の足では、馬には勝てない。
「おお、さすがの常春も、馬には勝てねぇかー、こりやー、困ったねぇー」
どこか、とぼけた声がする。
「えー!」
常春は、つい、叫んでいた。また、厄介な人が現れたと……。
「えー!って、そりゃ、ないんじゃないの?!常春よ。せっかく、この斉時《なりとき》が、力を貸してやりましょうかと、立ちあげっておりまするのに」
馬に乗った、公達が、おとぼけ調子で、語ってくれる。
守近の竹馬の友であり、秋時の、父親である、都一のお調子者、斉時が、こちらを見ていた。
そして、
「いやー、その、まるっこいの、喋るんだなあー、ちょっと、こっちにも、貸してくれ」
と、タマへ、ちょっかいを出そうとしていた。
「な、斉時様、それどころか、どうか、守近様を!」
「いや、守近は、走って行ってしまったし、追い付くのは、この往来では、ねぇー」
斉時は、顎をなでなで、考え込んでいる素振りを見せる。
「あんたねぇ、親子揃って、肝心な時に、役に立たないお調子者って、どうゆうことですっ!しかも、息子は、琵琶法師と組んで、悪さしてんですから、たまりませんわっ!!!」
あっ、言っちゃ、ワン。と、タマが、常春を見た。
「し、しまった」
こちらは、急ぎ。そこへ、声をかけてきて、はてさてと、チャラチャラされては、今までの、もやもやまでも、沸きだしたのか、常春は、言ってしまっていた。
固まっている、常春を見た斉時は、
「なぬっ?!これは、余程の事があったのだな!よし!守近の先達は、任せろ!追いかける!」
言って、馬の胴を蹴り、
「どけっーーー!虎がでたぞ!!!あぶねぇーぞーーー!!!」
めいいっぱい叫びながら、守近を追った。
斉時の発した、虎という言葉に、何事かと、大路の人々はみるみるうちに、脇へよけていく。
目の前が開かれたと、斉時は、更に、馬を飛ばした。
「あー、なんか、よくわかんない人ですねー、ワン!」
「タマ、いちいち、ワンワン、うるさいよ」
「えーでも、晴康《はるやす》様、タマ、犬だから」
童子と、タマの掛け合いに、常春は、はっと、我に戻ったようで、
「ああーーーー!やってしまったかっ!!!私は、言ってしまったーーーー!」
と、失言に、戦《おのの》いている。
「大丈夫だ、別に向こうも気にしてなかった。常春」
「晴康様のおっしゃる通りです、ワン!」
タマが言った、晴康という名に、常春は、なぜか慌てて、懐を探った。そして、一気に、蒼白な面持ちになり、固まりに固まりきってしまう。
「あ、あ、あ!!無い!!ど、どうしようっ!!!人形をっ!!晴康をっ!!懐から落としてしまった!!」
「だから、大丈夫だって、常春。この私が、晴康なんだから」
童子は、常春に向け微笑んだ。