テラーノベル
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#大人ロマンス
#サレ妻
「パパ、そこ。まだ汚れてるよ?」
蓮の声は、日に日に高圧的になり
その立ち振る舞いは生前の奈緒を彷彿とさせるほどに洗練されていった。
健一は「犬の耳」をつけたまま、リビングの床を這い、雑巾を動かす。
5歳の子供に支配されるという異常事態。
だが、健一にとっては、蓮の中に宿る「奈緒」を失うことこそが、今や最大の恐怖となっていた。
「……ごめんな、蓮。すぐ綺麗にするから」
「うん、いい子。……ねえパパ、今日、ナオミのフォロワーさんに『新しい動画』を見せてあげようよ!パパが泣きながら、死んだママと、生きてるママ、どっちが好きか答える動画」
健一の身体が、氷を突きつけられたように硬直した。
かつて奈緒が自分にさせた「究極の選択」を、今、自分の息子が強要している。
「…蓮、それだけは……。お願いだ、パパを許してくれ……」
「許す?パパは悪いことをしたんでしょ?……ママがは言ってたもん!『悪い男は、一生かけて許されないことが、一番の救いなのよ』って」
蓮はタブレットを操作し、ライブ配信の準備を始める。
その時、健一のスマホに一通のダイレクトメッセージが届いた。
『里奈、本日、医療刑務所より仮出所。……復讐の準備は整った。』
送り主は不明。
だが、その一文が健一の、すでに限界を超えていた精神にトドメを刺した。
火災で死んだはずの里奈。
あるいは、里奈を名乗る何者か。
外界からの「復讐」と、内側からの「支配」。
健一の逃げ場は、もう地球上のどこにも残っていなかった。
「……あ、ああ……」
健一は、床に散らばった蓮のミニカーを手に取り、それを自分の喉に押し当てた。
「蓮……パパを、殺してくれ。……もう、これ以上は、耐えられないんだ……!」
「ダメだよ、パパ」
蓮は冷たく笑い、健一の手に優しく自分の手を重ねた。
「死んじゃったら、お掃除ができなくなるでしょ?パパは、僕が大人になるまで……僕がパパと同じように、誰かを壊して遊べるようになるまで、ずっと僕の『所有物』でいてくれないと…ママがそう言ってたもん」
健一は、目の前の子供が、もはや自分の愛した息子ではなく
奈緒が遺した「最高傑作の怪物」であることを悟った。
配信の開始を告げるチャイムが鳴る。
健一は、カメラに向かって、奈緒に教え込まれた通りの「醜い告白」を始めた。
その背後で、蓮は満足げにコップに注いだオレンジジュースを飲みながら、父親の無様な姿を鑑賞していた。
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