テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
白熱電球
白いカーディガンを着た、
女みたいなやつ。
歪んでて、たまに見せる笑顔が可愛くて。
一つ一つの所作が、無駄に丁寧。
よく熱を出しては、親に看病されてる。
一人じゃ何もできない、愚か者。
……なのに、なんで俺は、こいつが好きなんだろう。
インターホンが鳴り響く。
雛の家は少し古臭い。けど中は、まあ、ごく普通の家。
二階に上がって左。
その先に雛の部屋があって——
奥には、豆電球が壊れたままの、使われてない物置がある。
「……また来たの?」
弱々しい声で、訴えるみたいにそう言う。
「どうせお前も暇なんだろ? 俺に付き合えよ」
いつもそう。
本人がいちばん辛いはずなのに、
何に謝ってるのかも分からないまま、「ごめん」って言う。
……聞き飽きた言葉だ。
「そういえばさ。物置の電球、直さねーのかよ?」
「……直そうとは思ってるけど、
親も僕につきっきりで、忙しいから……」
まただ。
またそうやって、何かに謝ろうとする。
「じゃあ一生あのまんまかよ」
「……うん」
「本当は僕の大切なものとか置いてあるんだけど、
……わがまま言えないから」
頼めばいいのに。
俺に。
遠慮ばっかで、人間味がない。
「じゃあさ。来週また来るとき、
ついでに直してやるよ」
「え、いいよ。迷惑かけれないし……」
——そういうときは、黙って“ありがとう”って言えばいいのに。
「……そーかよ。ほんと、お前って欲がねぇよな」
「欲とかの問題じゃねーか、……笑」
ぶっちゃけ、こいつといても面白くない。
いつも話題振ってんの、俺だし。
雛は無愛想で、なんなら人としての感情、どっか壊れてる。
「……じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「早く治せよ〜」
「…うん」
木が軋む音と同時に、
雛の部屋を出て、まっすぐ家に帰った。
“つまらない”なら、行かなければいい。
そんなことは分かってる。
けどどうしても、放っておけないやつだった。
「また一週間後か……ま、どうせすぐ来るけど」
そう呟いて、意味もなく過ぎる日々。
勉強もろくにしなくて、親にはまた心配されて。
なんで俺の周りって、
ああやってメソメソしてるやつばっかなんだろ。
鬱陶しい。
吐き気がする。
自分に自信持つのが怖いだけだろ。
なにかに縋って、勝手に傷ついて。
この窮屈な時間と空間を、少しでも紛らわせたくて
スマホを手に取る。
——そういえば。
俺、豆電球、直すって言ったな。
ま、いっか。
どうせあいつも忘れてるだろ。
また止めてた指を動かして、
無限に出てくる動画を流し見しては笑って。
そうやって、何でもない日を過ごしてた。
——別に、これ以上の幸せなんて
求めてなかった。
別に、これ以上は。
そして一週間が経つ。
雛の家に向かう。
スマホと財布だけ持って、ペダルを踏み込む。
嫌な予感がしていた。
……不吉な予感が。
いつも通り、雛の家に着くと
玄関のドアが、開いたままだった。
別に、お母さんが厳しい人でもなかったし、
「こんにちは」ってひとことだけ言って、
雛の部屋へ向かう。
ドアを開けると——
そこには、何もなかった。
……は?
道、間違えたか?
こっちじゃなかったっけ……?笑
もう一つの部屋に手をかける。
——けど、鍵がかかっていた。開かない。
(雛……?)
嫌な汗が背中を伝う。
足が少しだけ、震える。
後ろから音がして、振り返ったら——そこには雛がいた。
「なんだ、いるなら言えよ……
てかお前、部屋どうした。
今は熱で寝込んでるんじゃねーのかよ」
「……渡したい物があって」
「……渡したい物?」
そう言って、雛は懐から鍵を出す。
物置の鍵だった。
「豆電球を……直してくれない?」
「なんだ、そんだけか……笑」
「それと、たぶん手紙があるんだ。それも、探してほしくて」
「……笑。お前ふつーに喋れんじゃん……
いつもメソメソしてたのに、別人だな笑」
「元気ならいい。じゃあその鍵、渡してくれ」
「……うん。
……約束してくれる?」
「……え?」
「豆電球と、手紙のこと」
「約束するほどじゃねーだろ……?」
「甚は、面倒くさがり屋だから」
そっと、色白で俺より長い小指を出す。
すかさず俺も、小指を出す。
「じゃあ、約束だよ」
「……ああ?」
そう言うと雛は、鍵だけを渡して家を出ていった。
おかしな奴だ。急に“約束”だとか言い出すし、
少し雰囲気も違った。
「……早く終わらせよ」
鍵をドアノブに差し込んで開けようとすると、
家に雛の母が帰ってきた。
勝手にお邪魔してたし、雛母にひとこと言おうと下に降りる。
——けど、泣いていた。
「……どう、何かあったんですか?」
数秒してから息を整えて、ハンカチで涙を拭う。
「……実は……雛が……雛が……」
「なんだ……雛ならさっき会ったばっかですよ。
なんかあいつ、いつもの雰囲気違ったけど、
熱治ったっぽいですね」
話を遮って、何気なく自分の話をする俺に、
雛の母は驚いたように目を見開いた。
「……え、さっき……雛に会ったって……?」
「……はい。玄関前で」
「……雛は、もう……亡くなったの。
一週間前に、静かに……
ごめんなさい、信じられないかもしれないけど……」
「……は?」
「嘘……じゃないの。
あなたが来る日を、指折り数えてた。
最後まで、あなたの話ばっかりしてたの……」
そのとき、俺は初めて、
自分が見た“雛”が、この世のものじゃなかったことに気づいた。
震える足を押さえて、
ポケットの中の鍵を握りしめて——
俺は、豆電球のついた部屋のドアを開けた。
埃をかぶった段ボールの奥。
古いノートと、白い封筒が置かれていた。
封筒には、俺の名前が書かれていた。
本当に小さな文字で
甚へ
これを読んでる頃、僕はもういないのかもしれません。
本当は、こういうの書くの、すごく怖くて……
けど、言葉で伝える勇気は出せなかったから。
僕は、甚のことが、ずっと好きでした。
きっと、最初から。
でもそんなこと、言えるわけないって、思ってました。
僕は弱いし、面倒な体で、何も返せないから。
僕みたいなやつが、甚のそばにいるのは、
きっと、迷惑だったと思う。
でもそれでも、甚はずっと、そばにいてくれた。
ほんとは、何度も何度も、
「ありがとう」って、言いたかった。
だけど、情けない自分を見せたくなくて、
平気なふりをして、嘘ついて、
大事なことを何も言えなかった。
本当はずっと、怖かった。
嫌われてるかもしれないって。
甚に呆れられてる気がして。
でも、死ぬって分かったときに、
最初に思ったのは……
それでも「好きだ」って、伝えたいってことでした。
本当に勝手で、ごめんなさい。
僕にとって、甚との時間は宝物でした。
短くても、たしかに生きてた。
だから、最後のわがままを許してください。
せめてこの手紙だけは、ちゃんと届いてほしい。
あの電球、光ってるときはすごく熱くて、
でも切れたあとは、あっという間に冷たくなる。
でもその“熱かった時間”って、
僕にとっては永遠みたいな時間でした。
甚と笑って、話して、同じ空気を吸ってた時間。
それだけで、僕は幸せでした。
甚、生まれてきてくれてありがとう。
君を、好きになれてよかったです。
魁 雛
涙が出た。こいつの事で泣くとは思っていなかった。
俺は静かに電球を取り替えて、部屋のスイッチを入れた。すると
小さな“白熱”が、部屋を照らした。
もうそこに雛はいなかったけど。
温度だけが、手のひらに残っていた。
——終わらないでくれよ。
俺も、今やっと、
欲を出せそうだったのに。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!