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#異世界ファンタジー
「――ここが、ポーカーギルドか」
翌朝。俺とセリアが足を踏み入れたのは、酒の匂いと鉄錆の匂い、そしてむせ返るような熱気が渦巻く巨大な酒場だった。
剣や斧を背負った荒くれ者たちが、円卓を囲んで血走った目でカードを睨みつけている。怒号が飛び交い、時折、負けた奴がテーブルをひっくり返して乱闘騒ぎを起こしていた。
(治安の悪さが俺の生存オッズを急降下させてるんだが……!)
内心でガクブル震えながら、俺はなるべく隅っこを歩こうとする。
「主様、ご安心を。いかなる輩が絡んでこようと、このセリアが主様の盾となりますゆえ」
凛とした声で、セリアが俺の斜め前に立つ。銀髪を揺らし、鋭い眼光で周囲を牽制するその姿は、絵画のように美しく、そして完璧な「騎士」だった。
昨夜の風呂上がりの距離感バグとは大違いだ。主従関係を結んでからというもの、彼女は水を得た魚のように生き生きとしている。
「おいおい、見ねえ顔だな。しかもこんないい女連れて、舐めたマネしてんじゃねえぞヒューマン」
ドンッ、とわざとらしく肩をぶつけてきたのは、顔に大きな傷のある大男だった。
「ひっ、す、すいません! 通りたかっただけで……」
俺が条件反射でペコペコ頭を下げると、男は鼻で笑った。
「チッ、なんだその腑抜けた面は。ここは大協定のルールで回るギルドだぞ? 命知らずのポーカー打ち以外はすっこんで――」
「無礼であるぞ。我が主に気安く触れるな」
チャキ、とセリアが大剣の柄に手をかける。大男が怯んだ隙に、俺はセリアの腕を引いて空いているテーブルへと逃げ込んだ。
「セリア、ストップ! ここはポーカーで勝負をつける場所だろ。場外乱闘でチップを没収されたら元も子もない」
「……申し訳ありません、主様」
俺たちは一番レートの低い、初心者が集まるテーブルに座った。先ほどの大男も、舌打ちをしながら向かいの席にドカッと腰を下ろす。
「いいだろう。そのひ弱な坊やから、チップも女も残らず巻き上げてやるよ」
大男が下劣な笑みを浮かべる。
俺は小さく息を吐いた。
手元のチップは、昨日のカジノで得たものから今日の参加費を払って、残りわずか。負ければ終わりだ。
「アクションプリーズ」
ディーラーの声と共に、2枚のカードが俺の手元に滑ってくる。
大男は自分のカードをチラリと確認すると、ニヤリと笑ってチップを無造作に放り投げた。
「ほらよ、まずは挨拶代わりだ」
周囲の喧騒。大男の嘲笑。セリアの祈るような視線。
俺は、そっとカードの端をめくった。
ピタッ、と。
世界から、音が消えたような錯覚。
カードの数字を確認した瞬間、俺の脳内でスイッチが切り替わる。
小心者のダメ男は後ろへ下がり、代わりにテーブルに座ったのは――冷徹な『勝負師』。
『――System Active.』
視界に、青白いインターフェースが浮かび上がる。
『現在ハンド:A・K(スペード)』
『評価:上位2%の極めて強力なハンドです』
(なるほど。配られた時点での強さが、数値で可視化されるのか。これなら、戦うべきか降りるべきかの判断が一瞬で終わる)
俺は静かにチップを押し出し、大男のベットにコール(同額賭け)で応じた。
そして表情筋を完全に固定し、盤面に共通カード(フロップ)が開かれるのを見つめる。
『フロップ:J(スペード)・Q(スペード)・2(クラブ)』
『役の発展性:フラッシュドロー(完成率35%)、ストレートドロー(完成率31.5%)』
『現在の勝率:72.4%』
(役の発展性も勝率も、リアルタイムで計算してくれる。UIの挙動と精度は……完璧に掴んだ)
俺はゆっくりと視線を上げ、向かいの大男を見た。
先程まで俺を嘲笑っていた大男の顔から、スッと血の気が引いている。
『アクション分析:敵は貴方のプレッシャーに怯えています。推定ハンドは極めて弱小』
システムが弾き出した文字通り、大男は脂汗を流しながら俺の目を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。
さっきまでペコペコしていた腑抜けたガキが、テーブルに座りカードを見た途端、一切の感情を消した漆黒の瞳で自分を観察している。相手の目に俺がどう映っているかは知らない。だが、ポーカーにおいて「完全に底知れぬ相手」と対峙する恐怖は、俺が一番よく知っている。
(――『自分の手札すら信じられないなら、キミにテーブルに座る資格はないよ。ポーカーは、怯えた者から負けていくんだ』)
脳裏に蘇るのは、現実世界での忌まわしい記憶。
俺をコテンパンに打ちのめした同年代の天才プレイヤー、天道(テンドウ)。絶対的な余裕を崩さず、俺の全てを読み切ったように投げかけられたあの冷酷な言葉が、今も胸の奥に深く突き刺さっている。
だからこそ、俺はもう怯えない。怯えるのは――俺の前に座った奴のほうだ。
「……レイズ(賭け金吊り上げ)」
俺がチップを押し出すと、カチャリ、という重い音がテーブルに響いた。
システムの計算に基づいた、相手がギリギリ降りるかどうかの、最も嫌がる絶妙なベット額。
「っ……!」
大男はビクッと肩を震わせ、自分のカードと俺の顔を交互に見比べた後――。
「……フォ、フォールドだ! クソッ!」
逃げるようにカードを盤面に投げ捨てた。
戦わずしての勝利。俺は表情を変えずに、テーブル中央のチップを自陣に引き寄せる。
「流石です、主様! 今の相手の怯えよう、まるで死神にでも睨まれたかのようでした!」
セリアが興奮気味に身を乗り出してくる。
俺は小さく息を吐き、いつものダメ男の表情に戻って肩の力を抜いた。
「まぁ、俺の圧っていうか、カードの巡りが良かっただけだよ」
その時だった。
パチ、パチ、パチ。
喧騒のギルドに、場違いなほど優雅な拍手の音が響いた。
「素晴らしい。一切の無駄がない、完璧なベットサイズだ」
声のした方を見上げる。
2階のVIP席から続く階段をゆっくりと降りてきたのは――昨夜、カジノの上の席から俺を見ていた、あの銀髪の青年だった。
彫刻のように整った顔立ち。仕立ての良い細身の服。息をしているだけで周囲の視線を釘付けにする、圧倒的な強者オーラ。
(うわぁぁぁ! 顔面偏差値カンスト男が話しかけてきたぁぁぁ!)
俺の内心で、強烈な僻みと劣等感がアラートを鳴らす。
(なんであんな少女漫画のヒーローみたいな奴が、こんな泥臭い酒場にいるんだよ! しかも俺のプレイ見てたのかよ! 俺の生存領域に土足で踏み込んでくんな!)
俺の激しいパニックをよそに、青年は俺のテーブルの前に立ち、優雅に一礼した。
「昨夜のカジノでの立ち回りも見事だったが……まさか、これほど完全に盤面を支配できるとは。キミは、ポーカーというゲームそのものを掌握しているようだね」
青年の言葉に、周囲の荒くれ者たちがどよめく。
「おい、あいつ……『白銀の貴公子』のレオン様じゃないか?」
「あのレオン様が、あんなガキを絶賛してるぞ……!?」
(レオン!? 二つ名までイケメンかよ! やめろ、周囲の注目を集めるな、俺は目立たずに借金を返したいだけなんだ!)
俺の願いは虚しく、レオンは俺の正面――逃げた大男の空席に腰を下ろした。
そして、懐から無造作に、俺が抱える借金を上回るであろう莫大なチップの山をテーブルに放り投げた。
「私と打ってくれないか。キミの『底』を見せてほしい」
紳士的な、しかし熱を帯びた好敵手を見る目。
ここで逃げれば、ポーカー打ちとしての名折れだ。
俺は再び、冷徹な『勝負師』の顔を作り、ゆっくりと口を開いた。
「……いいだろう。そのチップ、全部巻き上げてやる」
異世界での最初のライバルとのヘッズアップ(一騎打ち)が幕を開けた。
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