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「ふうむ。ふむふむ。……これは。ベルニージュ様の圧勝でございますね」
そう口にしたのは動く人骨だ。今墓穴から掘り出したかのように土汚れがついていて、その損傷具合を見るに無残な殺され方をした人物の遺骸のようだ。それが古びた毛皮の敷物に並べられた札を眺めながら呟いたのだった。例によって例の如く封印が貼られ、使い魔によって動かされている。名を占う者と言った。
「それは分かってるよ」と並べられた札を挟んで向かいに座ったベルニージュが疑うような眼差しを人骨に憑依した占う者に向けて答える。「それで占いの結果はどうなの?」
「待ち人来たる! で御座いますね」と人骨は自信たっぷりに答えた。
「……別に誰も待ってないけど」とベルニージュは冷めた声色で呟いた。
時間は少し遡る。
ベルニージュたちは除く者の案内で、残りのユカリ派たちが集まっているという街霧の源へと向かっていた。ぞろぞろと使い魔を引き連れる訳にはいかないので除く者以外は白紙文書に収まってもらっている。
「どうかした?」ベルニージュはユカリに尋ねる。
その道行き、ユカリが何やら落ち着かない様子だったのだ。
「何か気配を感じるんだけど、でも魔導書じゃない。沢山の人に見つめられているような居心地の悪さなんだけど」
ベルニージュには感じない気配を探るが、周囲には何もない。念のために使い魔たちの力で辺りを探るが結果は同じだった。しばらくしてユカリはその気配を感じなくなったというので再び歩を進めた。
そして、すれ違う者のほとんどいないうら寂れた街道の辻で、その使い魔と出会ったのだった。冬のように冷たい風の吹く真昼のことだった。メゴット布のように青い空は高く、爽やかに晴れ渡り、清々しい空気に満ちていた。ただしユカリを含め誰一人、分厚い毛皮の衣で身を包んだ辻占が使い魔だとは気づかず、通り過ぎようとした。
「お待ちください。魔法少女の御一行様。使い魔の一柱、占う者がここにおりますよ」と使い魔自ら呼び止め、身を明かしたのだった。
「えっと、ユカリ派、の方ですか?」とユカリが少し恥ずかしげに、占う者と除く者のどちらに言ったともとれるように尋ねる。
「いいえ。というよりはまだ分かりません」と除く者が答える。「彼女はかわる者によって解放されたのでしょう。かわる者派かどうかも分かりません。お気を付けください」
占う者もまた答える。「見極めるためにわたくしは貴女様の元へやって来たのです。ユカリ様」
「どうやってワタシたちの居場所を見出したの?」と忠実な門衛のようにベルニージュが尋ねた。
「ベルニージュ様は本当にそのような疑問をお持ちなのですか? もちろん。占いです。我が名の通り」
ユカリが感じたという魔導書とは違う気配の正体だろうか。ベルニージュは頭の片隅に覚えておく。
「見極めるとは?」と尋問官の如くソラマリアは問い質す。「見極めようが、られまいが我々の前に姿を現せば回収されるだろうに」
「言うなればわたくしの気持ちの問題です」と言い、占う者は除く者の方を見遣る。「お気づきですか? わたくしどもはいくら命じられようとも根本の魂が変じられることはありません」
そうだね、と頷きかけたがベルニージュは堪えて、占う者の言葉の先を待つ。
「たとえば思想、信念のようなものを変えるように命じられても、あくまで命じられた考え方に基づく行動を取るだけなのでございます。より具体的に例えるなら『ユカリ派になれ』と命じられても、ユカリ派らしい行動を取るのは一時的なもので、次に貼り直された時には元通りというわけでございます」
「魂は自由なんだ」とユカリは希望か救いを見出したように呟く。
であればこそ苦しみを生んでいるのだということにベルニージュは気づく。
「左様でございます」占う者は頭蓋骨にもかかわらず優し気な微笑みを浮かべる。「されば、わたくしの運命がこの先どうなろうとも、その潮流に関わる者たちについて知っておくことには意味があると存じます」
「揚げ足を取るわけじゃないけど」と前置きしつつベルニージュは揚げ足を取る。「占う者にとってはわざわざ出向く理由にはならないんじゃない?」
「当人から得られる情報次第で精度が変わりまして御座います」
「回収した後でも出来ることだろう」とソラマリアが断じる。
「ま、待ってください。敵意があるとは思えないし、ひとまずは見極めてもらってもいいと思います」とユカリが口を挟み、占う者に確認する。「要するに占いをしたいってことですよね?」
「ええ、それ以上でもそれ以下でも御座いません」
「と装え、と誰かに命じられている可能性はあるよ」とベルニージュが忠告する。
「気を付けるべきことがあるとすれば占う者自身よりも彼女が囮である可能性の方だと思いますよ」と除く者が忠告する。
念のために見守る者に周囲を監視させつつ、ベルニージュたちは占いに興じることとした。
「手始めに星座占いでもいかかでしょうか?」と占う者が提案する。
「他にはどういうものがあるんですか?」とユカリが遮るように尋ねる。
記憶喪失のベルニージュに対する気遣いだ。前に仮の誕生日としてユカリと共に冬に祝ってもらったが、実際のところはいつ生まれたのか分からない。
「いいよ。星座占いで」とベルニージュは促す。「ワタシは教えられないから占いようがないけどね。いや、占いでワタシの星座を当ててもらえばいいのか」
「ふうむ」挑発を受けた占う者は唸る。「やってみましょう」
そう言って骸骨がベルニージュの顔を覗き込む。「射手、いや、山羊座でしょうか」
「山羊? 牝山羊座のこと?」とベルニージュは問う。
「ああ、いいえ、違いますね。どうやら指し手座のようでございます」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。記憶喪失なんだよ、ワタシ。それがあってるかどうかが分からない」
「ベルが指し手座だったら本当に冬生まれで私の直ぐ後だね」とまだ何も確かではないのにユカリは嬉しそうに言うのだった。
「まあ、仮にそうだということで進めようではありませんか」占う者はあっけらかんと応じる。
「何だかいい加減だなあ」
ベルニージュもどこか毒気を抜かれたような気分になった。
「では、ユカリ様が兵座、ベルニージュ様が指し手座、レモニカ様が妖精座、ソラマリア様が薄氷座、グリュエー様が両手に有り余る栄光座ですね」
そこから先の結果報告はどれもこれも当たり障りのない内容だった。ともすれば誰にでも当てはまりそうな内容である。ベルニージュは冷ややかな表情で受け止め、ソラマリアとグリュエーははなから占いに興味を持っていないようで敷物から離れてしまったが、ユカリとレモニカは随分と熱心に耳を傾けている。良いことがあると聞けば大いに喜び、悪いことがあると聞けば不安を隠しきれないでいる。更に先ではベルニージュにも聞き馴染みのない言葉が並んだ。幸運を呼ぶ品物やら力ある石やらを勧めてくる様子はまるで詐欺師だ。
「他にはどんな占いがあるんですか?」とユカリは楽しげに尋ねる。
「もっと先の将来のことなどは占えないのですか?」とレモニカは上機嫌に求める。
「では血液型占いなどはどうでしょうか?」と占う者は提案する。
ユカリもレモニカも首を傾げるが、ベルニージュは身を乗り出す。
「さっきから聞いてれば、どれもこれも占いなんかじゃないよね? 不確かな結果に曖昧な忠告。そもそも的中させる気あるの? どういうつもり?」
占う者が占術を専門とする使い魔であることは間違いないのだ。にもかかわらず、その力を十全に使っているとは言えない。ベルニージュはどこかで期待していたのだ、何より優れた占いを。もしくは見極めたかったのは騙されやすさだとでも言うのだろうか。
「でも楽しいよ」とユカリが擁護する。
「それに面白いですわ」とレモニカが補佐する。
「色々と良いことを言ってくれたし」
「未来に対して心構えが出来ましたわね」
二人を助けるつもりで口出ししたベルニージュは裏切られたような気分になる。
「合うも不思議合わぬも不思議というもので御座います」と占う者は用意していた答えを話すようにつらつらと言った。「お二人が仰せになったように楽しむのもまた一興。相談に乗るのもまた一興。結果、たとえ当たらずとも、その経過を活かすことはできましょう」
「的中できないなら占いじゃない」とベルニージュは断言する。
数瞬、沈黙が間に横たわるが占う者が押し退ける。
「善御座。では一つ、勝負を致しましょう」
ベルニージュの目尻がぴくりと動く。
「占い勝負?」
「いいえ、勝負占いで御座います。わたくしの知る占いの中でも特に的中率の高い占いです」
札遊戯の中でも特にありふれた、役を揃える遊びだった。ベルニージュの知らない規則で、手札、山札、場に出された札、果ては相手の手札まで影響する多様な役の組み合わせと複雑な強弱関係が設定されている。とはいえ運と度胸が勝敗を分かつことに変わりはない。
占う者もまた中々の勝負強さだった。強い役にこだわり、ここぞという場面でブラフを仕掛け、運否天賦も味方に引き付ける。ベルニージュの方も久方ぶりに熱の入った戦いになった。どういう訳か賭ける者の時よりも負けたくない気持ちが強かった。
そうして戦いの結果が敷物の上に示される。
「ふうむ。ふむふむ。……これは。ベルニージュ様の圧勝でございますね」
動く人骨占う者は札を眺めながら呟いた。
「それは分かってるよ」ベルニージュが刺々しい声色で答える。「それで占いの結果はどうなの?」
「待ち人来たる! で御座いますね」と占う者は自信たっぷりに答えた。
「……別に誰も待ってないけど」
「果たしてそうでしょうか?」
「お話にならないね。仮に当たってたとしても大した予言じゃあない」
「でも楽しそうだったよ、ベル」とユカリが茶々を入れる。
「白熱した良い勝負でしたわ」とレモニカが称える。
「極論かもしれないけど」と断りを入れてユカリは言う。「不幸な結果が出た占いなら外れた方がいいよ」
占う者が黙って頷く。
「それはそうだけど」ベルニージュは溜息をつき、降参するかのように渋々肯定する。「……そういう占いもあるんだということは認めるよ」
「大集団が来る」と見守る者が唐突に端的に報告する。同時にその指し示す先はベルニージュたちがやって来た方向でも、これから進む方向でもない。この辻にて交差する方角だ。「どうやらライゼン大王国の者たちのようだ」
ベルニージュも目を凝らすがまだ影も形も見えない。
「金髪碧眼のレモニカによく似た女性はいる? レモニカよりは背が高くて筋肉質で、男みたいな振る舞いをしている人」
「ああ、いる」と見守る者は答えた。
ユカリとレモニカが目を見合わせ、次いで占う者に目配せする。ベルニージュの視界外でのことだ。