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占う者に断りを入れて封印を回収し、何事も無かったかのようにライゼン大王国の調査隊を迎える。
調査隊との遭遇はささやかな緊張感をもたらした。少なくとも大王国側は想定していなかったようで、寂し気な辻で待ち構えている者たちに気づくと警戒感を露わにしていたが、ベルニージュたちだと知ると露骨な態度は行儀よく隠し、ロムドラの町を発って以来の再会となった。不滅公ラーガに、屍使いの長フシュネアルテとイシュロッテの姉妹、そして幾人か顔に覚えのある戦士たちや屍使いたち、動く屍がいる。
代表としてレモニカとラーガが挨拶をする。二人を見比べるとよく似ている、が確かに違う。どちらも長い金髪だがレモニカと比べて艶に欠ける。どちらも青い瞳だがラーガと比べて凄味に欠ける。単独で見れば女性としか見えないラーガもレモニカと見比べれば男性らしく見えてくる。佇まい、態度、顔つきや声色。女の皮を被った男のようだ。
「ところで魔導書は見なかったか? こちらへ逃げてきたはずだが」とラーガが明け透けに尋ねる。
「どうして教えてしまわれたのですか!?」とフシュネアルテが悲鳴に近い声色で訴える。
「ああ、まあいいだろう。こちらは嗅ぐ者で追えるが」ラーガの視線がユカリを射抜く。「あちらは何故か魔導書が近くにあっても気配が分からないようだからな」
もうばれてしまった。ベルニージュはユカリの表情を覗き見る。珍しく顔には出ていない。
「横取りされてしまいかねません」と言うフシュネアルテはベルニージュを睨みつける。
「競争だな。好きだろう?」とラーガがベルニージュに微笑みかける。
不利な競争は好きではない、有利な競争と同様に。
「ええ、まあ」ベルニージュはラーガには素っ気なく答え、続けて答えを期待せずフシュネアルテに尋ねる。「魔導書を嗅ぎ分ける魔法があるの?」
「いや、魔導書自体は嗅ぎ分けられん。使い魔が憑依した物体ならば嗅ぎ分けられるというわけだ」とラーガが答える。フシュネアルテの恐ろしい形相を無視して不滅公は続ける。「初めは奴の方が名乗り出たのだ。運ぶ者とかいったか。奴め、捕まえてみろと俺たちを挑発して走り去った」
除く者が大王国の者たちには聞こえない小さな声で説明する。「走る者ほどではありませんが、彼女もまた足の速さが自慢の一つです」
ならば走る者を使えば良いのでは、とベルニージュは考えるが、運ぶ者がどこにいるか分からなければ手の内を晒すだけで終わり、最悪奪われてしまう。
寒風よりも冷たげな視線をラーガはベルニージュの背後に向ける。
「ところで、何だって救済機構の坊主を供にしているんだ?」
当然の疑問をラーガにぶつけられる。下手に嘘をついても話がこじれそうなのでユカリが正直に説明した。使い魔たちの身の振り方について。ユカリを魔法少女と信じるユカリ派と疑うかわる者派について。
「ほほう。つまるところ下剋上か」ラーガの見定めるような視線にユカリは縮こまっている。「それにしても魔導書を従えようとはな。魔法少女の魔導書は、魔導書の中でも特別なようだ」
「それと、お兄さまにお話が……」とレモニカが改めて切り出す。
「何だ?」
レモニカは周囲を気にして囁く。「お姉さまの件ですわ。ここでは……」
つまるところ聖女アルメノンの件だ。あまり大っぴらに話せることではない。
しかしラーガは「良い。ここで話せ」と命じる。
「……お姉さまが生きていらっしゃいました」
大王国の面々もざわつく。レモニカの姉リューデシアが聖女アルメノンであることはよく知られているのだ。
「死んだと報告したのもお前だったな。結局他の線でそういう情報は確認できなかったが。しかと見たのか?」
「ええ、亡くなった姿は我が目でしかと。ただ生きていらっしゃる姿は……」
「私が見ました」とユカリが答えつつ、フシュネアルテやイシュロッテの方に目を遣る。「生きているように見えました」
「機構の連中が我々ほどに上手く屍使いの魔術を使いこなせるとは思えません」とフシュネアルテは自信満々に断言する。
「とすれば、お袋の加護が上手く働いたか」とラーガは呟く。
「やはり、そういうことでしたか」レモニカは予感が的中したことに納得する。「確かに死を確認したのですが、お母さまの、お姉さまのための加護の予言はどのようなものだったのですか?」
「うむ。そうだな。まあいいか。『固き交わり永久に寿ぐ鼓は鳴り止まぬ』だ。友と共にあれば死なぬ、という解釈だとされていたな」
レモニカは振り返り、ベルニージュたちと顔を見合わせる。あの時の状況を皆で思い返す。
ソラマリアの妹ネドマリアの手で、無理心中という形でアルメノンは死んだはずだったのだ。共にいたといえば共にいたが、アルメノンとネドマリアはまず間違いなく友ではない。
「大王国の敵が生き延びたことは残念だが、己の妹が生き永らえたのならば喜ばしいことだ」とラーガは言ってしまう。その表情、眼差しはどちらも本心だと語っていた。
「殿下の加護の予言はどのようなものなんですか?」とベルニージュは尋ねる。
少し気軽に過ぎたかもしれない、と直後にベルニージュは後悔する。
「赤目!」と怒鳴り、フシュネアルテが炎の如く激昂したのだった。「身の程をわきまえなさい! それを知ろうとすることの意味が分からないわけではないでしょうね!?」
分かってはいるが、好奇心が勝ったのだった。別に教えたくないなら良いですけど、と言いそうになるのをベルニージュは堪える。
「良い。落ち着け、フシュネアルテ。しかしその通りだ。我が命に関わることだからな。信頼できる限られた者にしか明かせん。リューデシアの予言を明かしたのは救済機構の聖女、要するに我らの敵だからだ。レモニカの予言の内容とて聞いていないのだろう?」
その通りだった。レモニカに聞かされたのは半神であることと加護の予言の概要だけだ。
しかし隠されると気になるものだ。
「確かにそうですね。失礼いたしました」とベルニージュは頭を下げる。
「気にするな。だが、そうだな。こういうのはどうだ? 使い魔運ぶ者を魔法少女一派が先に手に入れたなら俺に与えられた予言を教えよう」
「な!? 殿下!? どういうおつもりですか!?」
混乱するフシュネアルテを尻目にラーガは続ける。
「我らが調査隊が手に入れたならそちらの魔導書をいただこう」
「申し訳ないですけど、ユカリ派を裏切ることになりますし、そうでなくても割に合わないですよ」とユカリが即座にはっきりと断る。「殿下の命を狙う予定もありませんし、ベルが予言の内容を気にしたのは……、加護の予言がすごい魔法だからでしょうし」
ユカリにはお見通しだ。黄泉帰りに通ずる魔法だからだ、ということにも気づいているのだろう。
「なるほど」ラーガは多いに頷き、納得したように見せて、さらに食い下がる。「ならばユカリ派以外の使い魔ならどうだ?」
「どうしてそう安売りするのですか!?」とフシュネアルテが悲鳴に近い声で訴える。
「そもそもワタシとの勝負ならワタシから何かを奪うべきでは? 負けないので何でもいいですよ」とベルニージュは間を取り持ちつつ勝負に持ち込もうとする。
「それもそうか。何でも構わないのならすぐに決めなくとも構わないな?」
「ええ、もちろん。あまり持ち物は多くないですけどね」
「それってあたしが勝った場合はどうするっすか?」
割り込んできたのは辻のどの方向でもなく、運ぶ者は野原から現れた。石造りの少女が岩の上に座っている。
ベルニージュは呆れる。誰が嗅ぐ者を使っているのか知らないが、接近に気づかないようでは使いこなせていない。ベルニージュは状況を把握し、策を模索する。
大王国の戦士たちは岩に座る運ぶ者を取り囲むように展開している。ラーガは堂々たる態度で運ぶ者と対峙した。
「貴様に勝ち目があるとすれば、我々に諦めさせるか、もしくは我々を皆殺しにするか、だな。それよりも大人しく俺のもとに下れ。悪いようにはせんぞ。望みがあれば叶えよう」
「ふうん」運ぶ者は腕を組んで首を傾げる。「あたしの望みはより大きな困難を乗り越えることっす。諦めさせるのと皆殺しってどっちが難しいっすかね?」
「諦めさせる方だ」そう宣告してラーガが抜刀すると同時に戦士たちが獅子の如く躍りかかる。
「丁度良いものを持ってきたところっす」と言って運ぶ者が石の衣の懐を探って何かを取り出し、同時に本性の姿に変身する。一瞬のことだったが、それは巨大な雲丹のようで、しかし棘の代わりに毛むくじゃらの腕が生えていた
途端に運ぶ者を中心に石の壁が地を走るように広がり、土を抉る轟音と砂埃を巻き立てた。怒号と悲鳴が野原に響く。いずれも屈強なライゼンの戦士たちが石の壁に蹴立てられ、小石のように転がっている。そうして先ほどまで辻の他には空虚だった野原に砦が顕れた。
「なにこれ!?」とユカリが怯えつつもベルニージュを庇うように抱えて狼狽する。「砦を運んできたってこと?」
「そうなるね。こんな便利な魔法をワタシが知らないなんて」とベルニージュは歯噛みする。
屋根の設計や雪除けの庇、石積みの様式からしてガレインの古砦だと分かる。かつて五つの古王国が巨人の支配から解放され、神々がグリシアン世界に散った後、残された者たちが次に半島の覇者となるべく相争っていた時代のものだ。
「一体何のつもりなんだ?」とソラマリアはレモニカを背に隠しながら呆れている。「今まで逃げていたのだろう? あの使い魔は」
「立て籠もれば諦めるとでも思ったんじゃない?」とベルニージュは推測する。「それか逃げ続けたら、こちらが諦めたかどうか分からないからかも」
いずれにせよ嗅ぐ者も走る者もお役御免だ。そして特に砦攻略に有用な使い魔もいない。
「大王国と争ってる場合じゃないかもね」とベルニージュは呟く。
「初めからそうだったと思うんだけど」とユカリが膨れ面で諫める。
「ベルニージュの魔法であれば破壊できるのではないか?」とソラマリアが不思議そうに提起する。
「できる。魔導書を触媒にすれば余裕」ベルニージュの自信に陰りはない。「でも運ぶ者が運んできたのがこれだけとは限らない。何かしらの兵器、そうでなくても砦を複数所持してるかもしれないし、破壊の混乱に乗じてやっぱり逃げる、という選択をするかもしれない」
「立て籠もらせたまま捕縛するのが手堅いということですわね」とレモニカが要約する。
「そういうことだ」といつの間にかそばにいたラーガが同意する。「ここは一つ協同作戦といこうじゃないか」
「そうですね。足を引っ張られないように気を付けながら運ぶ者を手に入れるのは面倒そうですし」
「言うじゃないか」ラーガは大口を開けて笑う。
「二人で勝手に始めておいて始まらない内に終わらせちゃったね」とグリュエーが呟いた。
ユカリが溜息をつくのをベルニージュは聞き逃さなかった。
「いつもなら自分の役割なのにって思ってる?」とベルニージュは尋ねる。
「よく分かったね」とユカリは物悲しそうに微笑む。
「万が一運ぶ者が逃げ出した時はソラマリアとレモニカと一緒にユビスで追う役割だって大事だよ。使い魔を使うかの判断は任せるけど」ベルニージュは慰めるように言う。
「それは良いんだけど、グリュエーに無茶させないでね」
「運ぶだけだよ」とグリュエーが抗弁する。「でも魂をもっと割いたなら本体は――」
「分かったよ。グリュエーとベルのどちらを危険に晒すのがましかなんて判断させないで」とユカリは応じる。そして苛立ち紛れに矛先が逸れる。「除く者さんは何かできないんですか?」
「申し訳ありません。残念ながら、掃除と整理整頓が私の魔法の全てですので」とシャナリスに宿ったその使い魔は心苦しそうに答えた。
「むしろあっちが心配だね」とベルニージュは砦の方を顎で示す。「ライゼンの戦士たちって良く言えば勇猛果敢らしいけど、悪く言えば無謀で野蛮だし」
男嫌いのベルニージュには男を称するラーガはまるで正反対の存在だが、だからこそ気にかかる存在になりつつあった。
「どうかお兄さまを信じてくださいませ。まだわたくしもお目にかかってから日が浅いですが、不器用なだけで心優しい方ですわ」
「そういえば、その……」とベルニージュは言い淀む。
レモニカは辛抱強く続きを待ち、優しく声をかける。「らしくありませんわね。どういたしました?」
「もしかして、元々は男だった? ラーガ殿下って」とベルニージュは秘密を明かすように囁く。
「ええ。お察しでしたのですね。何かしらの呪いにかかったそうです。兄妹揃って呪われているのは少し気恥しいことですが」
あっさりと真実を教えられ、ベルニージュが言葉を失っていたその時、砦の向こう、門のあった方角から鬨の声が聞こえる。
「始まったみたいだよ、ベル」混乱しているらしいベルニージュにユカリが声をかける。
「あ、うん。行こう、グリュエー」
ベルニージュとグリュエーは手を繋ぎ、砦の背後から風に乗って上昇する。
本隊が注意を逸らして、別動隊が運ぶ者に近づく。単純な作戦だ。
しかし胸壁を越えた先には予想だにしない光景が広がっていた。居館や塔を含む防壁に囲まれた中庭にはどこの誰とも分からない人々がゆとりなく詰め込まれていた。砦と共に運んできていたのだ。少なくとも皆騒がしい城門の方に注意を引かれてはいる。
「こういうことするんだ、あの使い魔。少なくともユカリ派にはならなさそう」胸壁に身を隠しながらグリュエーは呟いた。「どうするの? もうこの中の誰かに貼り直してるかもしれない。考えてみれば、人間のような人格があるってことは極悪な使い魔がいてもおかしくないよね」
「極悪?」ベルニージュは胸壁から身を乗り出す。「少なくとも無辜の人々が殺されないことに期待した策だよ。甘っちょろいね」
ベルニージュは身を晒して呪文を唱える。五姉妹の母たる六本指の神が火に命じた戒厳令を誤訳し、星空の秘密を暴いたという古アルダニの機織りの仕事唄へと作り替え、辺域へと版図を押し伸ばさんとする王が騎士に命じるように朗々と唱える。
すると火の礫が雨の如く、人々の頭上へと降り注いだ。グリュエーの叫びと人々の悲鳴が砦をこだまする。しかし逃げる場所がないどころか、身動きする余地もほとんどなく、置かれた状況も分からないままに人々はあえなく火を頭から被る。
「落ち着いてよく見て、グリュエー。ワタシはワタシの火で何を焼くか決められるんだよ。そんな極悪なことしないから」
グリュエーは恐る恐る胸壁の隙間から中庭を見下ろし、思わず顔を背け、赤らめる。そこには服を焼き尽くされた老若男女のあられもない姿に満たされていた。
「十分に極悪だよ」グリュエーまでもが申し訳ない気持ちになって溜息をつく。「確かにこれなら封印は隠せないけど、それでも見つけるのは大変だね」
「そんなことないよ。ほら、あそこ。どうやらまだ人間に慣れてないようだね」ベルニージュの指先には妙齢の女性が肌を露わにし、しかし少しも隠すことなく立ち尽くし、呆気にとられた様子で周囲の有様を眺めている。「恥じてもいなければ、この寒さにたじろいでもいない」
「そうして最後には逃げる素振りも見せなかったよ」とベルニージュは語る。「潔い使い魔ではあったね」
「やるね。ベル」とユカリは無邪気に友人を称える。
「あんまり褒めちゃ駄目だよ。無茶なことしたんだから」とグリュエーが窘める。「だいたいこの後、あの人たちどうするの? こんな寒空で。裸にされて」
「それなら大丈夫だよ」とユカリが保証するように言う。「着る者がいるからね。それを踏まえた無茶な作戦だったんだよ。ね? ベル」
「……うん。その通り」
「まったく完敗だ」またもやいつの間にかそばにいたラーガが悔しそうに言った。「運ぶ者はお前のものだ」
皆が同意を示すように静かに頷く。フシュネアルテさえも。しかしベルニージュは違った。
「いや、でも、陽動があればこその作戦だから、引き分けでいいですよ」とベルニージュは答える。
ユカリが信じられない不可思議な現象を目の当たりにしたような顔をしてベルニージュを見ていたが、その意味が当の本人には分からなかった。
「何を言う。あんなもの無くても大して結果は変わらないだろう」とラーガは呆れたように言った。「誰も異論はないのだから素直に受け取ればいい」
「いや、でも……」
埒が明かない譲り合いにレモニカが名乗り出る。
「お兄さまの妹であり、ベルニージュさまの友人であるわたくしが預かっておきますわ。とにかく巻き込まれた皆さんを一刻も早く運ぶ者に元の場所へと返させなくては!」
運ぶ者が一人また一人と送り返している中、皆で火を焚いたり、身を隠す覆いを用意したりして時間を過ごす。人気のない山間で老若男女が裸で沢山の焚火を囲む光景は後にも先にも無いだろう。
ベルニージュは時折陣頭指揮をとるラーガを盗み見て考え込む。呪いか何かだとしても、と想像を巡らせる。普通の男に比べれば嫌悪感が湧かない気がした。
「ところで」とレモニカが切り出す。「貴女に運んでもらえば移動は楽ですわね」と運ぶ者の働く合間に思いつきを披露する。
「そうっすね。魔導書を全部置いていくことになるっすけど」
運ぶ魔法も魔導書には効かないというわけだ。
「上手くいかないものですわね」とレモニカは溜息をついた。