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#衝撃のラスト
山根利広
866
7
#一次創作
白
126
コメント
1件
読み終わりました……。このディストピア感、すごく引き込まれました。最初は「片付けないと逮捕」ってギャグかと思ったら、どんどん重くてリアルな社会の歪みが見えてきて。特にMMWで監視されながらの生活描写が細かくて、息苦しさが伝わってきました。最後のどんでん返しも効いてましたね……。沙里央さんの世界観、癖になります。続きが気になります。
「ねえ見てよ。あれって『|未片付犯《みかたづけはん》』じゃない?」
道ですれ違った3人組の女性の1人が、私を指差しながら顔を歪めた。
「本当だ!『MMW』着けてるし!生で見たの初めて!」
嫌でも聞こえるトーンの会話に、私はそそくさとその場を離れた。
そう、私は『MMW』を着けている。
数ヶ月前に犯罪者になったからだ。
++
突然、私のマンションの部屋に訪ねてきた捜査員の第一声は「何で来たか分かる?」だった。
心当たりはあった。
誤魔化してもすぐにバレると思った私は正面を見据え、「はい」と答えた。
家宅捜索の令状を見せられ、捜査員達が畳まれた段ボールと共に一斉に部屋に入った。
捜索が行われてから数分で『それ』は見つかった。
「これ何?ちゃんと自分の口で言って?」
捜査員の1人が私にそう言った。 「パイプ……です」
「何?聞こえない。はっきり言って」
「……パイプ、ユニッシュ……です」
前に購入した物を使い切ったと思い込んで新品を購入したら、部屋の違う場所からパイプユニッシュ的な物が2本出てきたのだ。
「自分で使う為に持ってたの?」
「……そうです」
「これ、全部パイプユニッシュじゃないよね?違うルートで仕入れた?」
「ドラッグ……で」
「聞こえない」
「……ドラッグストアで。その時、店で一番安い物を」
パイプユニッシュ的な物は嵩《かさ》があるので、3本もあると場所を取る。
しかしそれは洗面台のパイプの詰まりを防ぎたいという前向きな想いからだった。
だがそれは言い訳だ
未片付法で、買い溜めは違法だと定めてられている
「故意に売ったとすれば店の方にも摘発を掛けないといけないな」
捜査員の一人がスマホを取り出した。
「……もしもし、ああ俺だ。未片付法が施行されてから客に洗剤を一度に2個以上売ったドラッグストアを当たってくれ。未片付|幇助《ほうじょ》罪で、レジ打ちをしていた店員を逮捕する手筈を整える。店長も同罪だ」
未片付法施行後、店側も客に同じ商品を一度に2つ売ってはいけないようになった。
「まとめ買い」も、「家に同じ商品を2つ以上置くこと」も法律で禁止されているのだ。
更に、クローゼットの中から見つかった大量の洗濯用の粉洗剤は湿気を吸い、箱の側面が膨張していた。
「アタックにニュービーズ、トッププラチナクリア、全部で13箱。……悪質だな」
近所のドラッグストアで特売をしていた時に購入した物だ。
クローゼットの中に押し込んでいたことを自分でもすっかり忘れていた。
「午前7時34分、未片付法第十三条において|渡貫菜摘《わたぬきなつみ》を逮捕」
1人の警察官が腕時計を確認したのとほぼ同時に、私の両手首に手錠が掛けられた。
+
「片付けられない人間イコール物を溜め込んでしまう人間!必要な物がすでに家にあるにも関わらず、それを忘れてまた同じ物を購入してしまうのです!環境に害有りと判断できるのではないでしょうか!?」
画面の向こう側で政治家は熱く語っていた。
そして20××年×月、諸外国に|倣《なら》って『未片付法』が国会で可決され、片付けられない人間は刑罰の対象となった。
逮捕された私は、家族にも縁を切られ、友人も恋人も仕事も失った。
未片付罪は刑務所に収容されるのではなく、『元から住んでいた家でそのまま暮らす』という生活が|強《し》いられる。
連行されてから事情聴取を受け、2時間後に実刑3年が確定した。
パトカーに乗せられ自宅マンション前に到着すると、入り口付近に人だかりが出来ていた。
腰縄と手錠を付けられた私がパトカーから降りると、さっきまで|方々《ほうぼう》に散らばっていた視線がこちらに集中した。
「犯罪者と同じマンションで暮らさなきゃいけないなんて!去年、30年ローンで買ったばっかりなのに!」
下の階の奥さんだ……。今朝、笑顔で挨拶したばかりなのに。
「でも未片付犯が住む物件って、ローンが半額以下になるらしいわよ。心理的|瑕疵《かし》物件ってやつ?」
行きつけのコンビニの店員さん……。
「それでも嫌よ!犯罪者なのよ、犯罪者!きっと一生片付けられないに決まってる!」
信頼を失うのは本当に一瞬だ。
スマホで私を撮影している人もいた。
きっと日本中……、いや世界中に私の画像や動画が拡散されるのだろう。
顔を伏せながらマンションに入り、自宅のある階へと向かう。
警察官に|促《うなが》され、自宅の玄関の扉を開けた時、私は驚愕した。
何もない。
何もないというのは少し|語弊《ごへい》があるが、明らかに数時間前の自分の部屋とは異なっていた。
洋服や下着やブランケットやビーズクッションやタオルで散乱していたベッドは無くなり、そこには布団が一式敷かれていた。
部屋の真ん中には小さなテーブルが1つ。
化粧品や読みかけの小説、置き時計やボールペンやハサミやよく分からないDMなどが置いてあった大きなテーブルもない。
テレビを乗せていた家具も、インテリアショップで一目惚れして購入したお気に入りの収納棚もない。
「収納も出来ないのに収納棚を買うもんじゃない。法を犯す前に教えてやれたらよかったんだが……。私にも君くらいの歳の姪がいるもんでね。|他人事《ひとごと》とは思えないよ」
中年の男性警官が、軽くパニックになっている私をたしなめた。
「私の荷物はどこに行ったんですか?」
「お前、何も知らないのか?」
中年の男性警官の隣にいた若い女性警官が呆れたような表情を浮かべながら私の手錠と腰縄を外し、説明を始めた。
「部屋にある物は全て押収。警察が保管し、更正プログラムを受けた受刑者に徐々に返却していく決まりになっている」
「捨てられる訳じゃないんですね!?」
「ああ。飽くまでも保管だ。悪いが、我々もお前にいちいち説明している暇はない。次から質問はその|耳輪《MMW》にしろ」
若い女性警官が私の右耳を指差した。
実刑が確定した直後にピアッサーのような器具でMMWを着けられた。
「未片付犯更正プログラムシステム『MMW』。GPS機能が付いていて、お前の行動を全て把握できるようになっている。逃げ出そうなんて考えは起こさないように」
そうだ。
最近、更正プログラムに耐えきれなくなった未片付犯が亡命を|目論《もくろ》み、空港で射殺されるという報道があった。
私は震える手で右耳にそっと触れた。
「では我々は署に戻るからね。……更正を祈っているよ」
中年の男性警官そう言い残すと、2人は部屋を後にした。
がらんとした部屋に1人取り残された私は、どうすればいいのか分からなかった。
……お腹が空いた。
今朝、連行されてから何も食べていない。
スマホもPCもテレビもない部屋で呆然と立ち尽くしていると、不意にチャイムが鳴った。
「ちわ、ウーバーイーツでーす!」
私、頼んでないけど。
もしかして、犯罪者になった私に対するいたずら?
不審に思いながらもドアスコープを覗くと、『ウーバーイーツ』と書かれたキャップを被った男性が立っていた。
【さっさと出なさい!警察からの差し入れよ!】
右耳のMMWから、急に野太いオネェのダミ声が聞こえてきた。
「な、何!?」
【まったく、世話の焼ける!】
MMWから聞こえるダミ声がそう言った次の瞬間、玄関の扉の鍵が勝手に回った。
「ちわ!N県警からの差し入れでーす!」
荷物を受け取ると、ウーバーの男性はそそくさとその場を立ち去った。
【さあ、さっさと食べなさい!差し入れは今回だけよ!明日からは朝晩の2食、自炊をしてもらうから!】
やはり、さっき右耳に着けられたMMWから声が聞こえている。
【時間が勿体ない!さっさとしな!】
その瞬間、体中にビリビリとした電流のようなものが流れた。
「痛いっ!!」
芸人さながらのリアクションをしながら床に倒れ込む。
【ぼさっとしてるからだよ!】
「……あ、あのこれはどういうことなんですか?」
体を|庇《かば》うようにしゃがみ込みながら、私は見えない相手に質問をした。
【説明は食事中にするわ。早くしないともう一発かますわよ!ほら、箸は流し台の引き出しの中!】
訳の分からないままキッチンの流し台に駆け寄り、引き出しの中から箸を取り出して食事を取り始めた。
+
【未片付罪の受刑者は、他の犯罪者同様、税金で養われることになってるの。あなたが今食べている親子丼も、百均のお箸も、ゴミ袋などの生活用品も、交通費や医療費も。1つだけ違うのは、やっぱりシャバで生活出来るってことかしらね】
黙々と箸を進める私に、ダミ声の男性はオネェ言葉で説明を続ける。
【さっき警察官から聞いたと思うけど、未片付犯は『|耳輪《MMW》』で24時間監視されてるの。無理に外そうとしたり、引きちぎったりしたら刑期が延びるだけだから馬鹿な考えは起こさないようにね。さっきは遠隔操作で玄関の鍵を開けたのよ】
「あなたは警察の関係者なんですか?」
【……うぅーん、詳しくは言えないけど、私は国に選ばれた更正員。未片付犯をサポートする役割を|担《にな》っているの。それにしてもアンタ、お箸の持ち方も食べ方も綺麗ねぇ!こんなに|躾《しつけ》の行き届いた娘さんが犯罪者になるなんて……】
「もう少し質問してもいいですか?」 再びMMWに話し掛けてみた。
【ええ、何でも聞いてちょうだい!】
「私は判決で実刑3年が確定しました。だけど未片付罪は刑務所に収容されない。3年経ったらどうなるんですか?」
【3年以内に更正ができたと判断されればMMWが外され、自由に暮らせるようになるわ。ただし一生、月1で部屋に『マルミ』が入るけどね】
マルミ?
【マルサの未片付罪版よ。マルサの|サ《・》は|査察《・・》の|サ《・》だけど、マルミの|ミ《・》は、|ミニマリスト《・・・・・》の|ミ《・》。国が認めたミニマリスト達が日付や日時を知らせずに元受刑者の部屋を訪れて、部屋が片付いているかどうかを調べるの。性懲りもなく散らかしていたら再逮捕。それよりアンタ、食事の残り時間が後2分しかないわよ。かき込みなさい!】
食事の時間が決まっているの!?
【当たり前じゃない!塀の中にいないだけで、あんたは犯罪者。ちんたら食べてていい訳がないでしょ!】
急いで底に残っている米粒を一粒も残さずにかき込んだところで、『ピーッ!ピーッ!』という機械音がMMWから聞こえた。
【はい、夕食終了!水の入ったコップとお箸を流し台に運びなさい。ウーバーの容器はビニール袋に入れて口を縛ってゴミ箱に入れるのよ】
ゴミ箱に容器を捨て、箸とコップをシンクに置いてリビングに戻ろうとした瞬間、身体中に電流が走り、先ほどよりも大きいリアクションを取ってしまう。
【こらぁっ!ちゃんとお箸とコップを洗いなさい!すぐに洗えない時は、水を張った容器に浸けておくの!もぉ、そういうところだぞ!】
「……ご、ごめんなさい、つい癖で……」
床に手を付きながら、生まれたての小鹿のようにぷるぷると立ち上がる。
【基本、食べたらすぐに洗う!洗えない時は|浸《つ》けておく!……物は押収されて部屋はスッキリしたけど、未片付犯は大抵掃除も苦手なのよね。ほら、シンクがくすんでるし、汚れも!】
「たまにジフを掛けて古い歯ブラシでこするんですけど、一週間もするとまた同じように汚れてくるから、つい」
【『つい』!?その積み重ねが今回の逮捕に至った訳!分かる!?『一度だけなら掃除をサボっても大丈夫』、『どうせまた汚れるから』、今まで見てきた未片付犯もよく言ってたわ……】
姿が見える訳ではないのに、思わずうつむいてしまう。
MMWのオネェの言う通り、この|惰性《だせい》の積み重ねが今回の逮捕に至った理由なのだ。
【さあ、就寝時間の9時まで、掃除をするわよ!フローリングとシンクと風呂とトイレと洗面所!これから3年間、毎日!】
え、3年間……?毎日?
え、毎日……?
どうせまた汚れるのに……?
+
こんなに掃除をしたのは生まれて初めてだった。
フローリングの床をクイックルワイパーで隅々まで拭くのも新鮮だった。
『自分は掃除をしたんだ』という達成感が少しだけ沸いた。
【9時よ!はい、消灯!】
部屋の電気が勝手に消えた。 これも遠隔操作なのだろう。
でも、こんなに早い時間に布団に入って眠れるのかな。
スマホも押収されたから、動画試聴もネットサーフィンも、痛いニュースを毎日チェックする事も出来ない。
「私、明日からどうすればいいんですか?」
布団に入り、MMWのオネェに話し掛ける。
【さっさと眠りなさい!起床は6時、ちゃんと起こしてあげるから!】
「6時に起きて何をすれば……?」
その問いに、MMWのオネェから答えが返ってくる事はなかった。
夜中は寝返りを打つ度にMMWの違和感で目が覚めた。
+
【6時よ!起きなさい!】
右耳から目覚ましのような機械音が聞こえた後、オネェのダミ声が聞こえてきた。
いつの間にか眠れたようだけれど、逮捕されたのはやっぱり現実だったんだ。
【はい、布団を畳んで!】
フトンヲタタム?
【布団を畳んでから、歯磨きと洗顔と着替えと朝食を済ませる。はい、ここまで20分!出来なかったらビリビリの刑!】
私は飛び起き、急いで|支度《したく》を始めた。
歯磨きと洗顔を済ませた後、冷蔵庫に入っていた食パンをトースターで焼いている間に野菜ジュースをコップに注ぐ。
【早く食べなさい!10分後には出勤よ!】
着替えがまだだが、焼き上がったトーストを取り出して皿に乗せ、床に座って急いでジャムを塗る。
「あの、出勤って?私、仕事をクビになったんですけど……」
トーストを頬張りながら野菜ジュースで流し込む。
【受刑者には労働が義務付けられているの。アンタも今日からそこで働くのよ。食べたら早く着替えなさい!着替えはクローゼットの中!】
朝食を食べ終わり、クローゼットを開けた私は|愕然《がくぜん》とした。
服が2着しかない。
お気に入りのトップスも掃き慣れたジーンズも姿を消していた。
【受刑者なんだから当然でしょ!買ったまま一度も着てない服もたくさんあったらしいじゃないの。ああ全く環境に悪い!ほらさっさと着替えなさい!】
ショックを受けながらも、言われるがままに着替えを済ませてマンションを後にした。
+
駅に着いたところで財布を所持していないことに気付き、改札の前で立ち止まる。
【大丈夫。言ったでしょ、受刑者の生活は税金で賄われてるって。カードリーダーにMMWを近付けてごらんなさい】
半信半疑でMMWをカードリーダーに近付けると、『ピッ』という音がして、改札を通過することができた。
【Suica機能も備わってるんだから】
しかし、頭を斜めに傾けてカードリーダーに耳を近付けている姿はやはり不自然なのだろう。
周りにいた人達がちらちらとこちらを見ている。
ホームに入るとすぐに電車が来たので、車両に乗り込み吊革に掴まる。
向かいに座っている女子高生達はおしゃべりに夢中だ。
MMWに気付いている人はいないようで、ほっと胸を撫で下ろす。
MMWは髪でギリギリ隠れるくらいの大きさだが、知らない人にとってはアクセサリーにしか見えないのかもしれない。
普通のアクセサリーと唯一違うのは、常に赤く光っているところくらいだろうか。
「それでさー、……ん?」
女子高生の1人が私の方を見た。
「え、どうしたの?」
別の女子高生が隣の友人を不思議そうに見たかと思うと、すぐにその友人の視線の先にある私の方に顔を向けた
……まずい。気付かれた?
「ねえ、このカフみたいなやつ……。もしかしてこの人、未片付犯じゃない!!?」
女子高生達が声を荒げた。
「マジで!?!ヤッバ!こっち見んなよ、ババア!」
満員電車で車内はぎゅうぎゅう詰めだったはずなのに、私の周りに半径1メートルほどの空間が出来た。
「冗談だろ……。犯罪者と一緒に通勤とか、勘弁してくれよ!」
スーツを着た男性がそう言った。
「ねえ、あなた!次から乗る時間をずらしてくれない!?」
近くにいたキャリアウーマン風の女性が怒鳴るように叫んだ。
次の瞬間、MMWからけたたましい音が響いた。
【未片付犯ノ通勤ヲ邪魔スル者ハ、刑罰ノ対象トナル、気ヲ付ケヨ。繰リ返ス。未片付犯ノ……】
「……ったく!結局は『加害者の人権』かよ!?」
そう言い放つと、男性は何事もなかったかのように吊革を掴み、窓の方を向いた。
他の人達も同じ。
前に座っていた女子高生達もさっきの勢いはなくなって無言になり、私はしばらく耳鳴りが止まなかった。
+
電車とバスを乗り継いで約1時間半。
バスの終点で降りてから15分ほど歩くと、大きな塀に囲まれた古い灰色の建物が見えてきた。
【ここが今日からあんたが働く所よ。廃工場を国が未片付犯の為に買い取ったの。さあ、中に入りなさい】
私は敷地内に足を踏み入れた。
大きな工場のような建物が、敷地内にいくつも並んでいる。
私は|MMW《オネェ》の指示で更衣室に向かい、制服に着替え始めた。
【ここはN県で逮捕された未片付犯が働く工場よ。フリマアプリの商品が国内の出品者から送られてきて、その商品を外国在住の購入者に発送する為に一時的に保管する場所なの】
「仲介業者みたいなものですか?」
【そうそう!届いた商品を指定された棚に運んだり、商品に不備がないかを調べたりするのよ】
「建物がたくさんありましたけど、私はどこに行けば?」
【新人はまず『本類』部門ね。本類部門に慣れたら、『衣類』、『割れ物』、『食品』の順に部門を移動していくの】
「1つの部門だけで働く訳じゃないんですね」
【世の中の多くの会社も、移動なんてよくある話でしょ。さあ、着替えが終わったわね。さっそく本類部門のある|建物《エリア》に行くわよ!】
このアルバイト初日のような緊張感、何年振りだろう。
【始業のチャイムと共に、MMWのアクセス権が警察のAIに切り替わるから、私とのやり取りは途切れるわよ。聞きたいことがあったら終業後にまた聞いてちょうだい。じゃあ頑張ってね!】
『|BOOK-AREA《ブックエリア》』と書かれた建物に入り、他の未片付犯と思われる人物が30人ほどいる部屋に入ってからしばらく経つと、右耳のMMWからチャイムが響いた。
【マズハ、準備体操】
MMWから機械音が聞こえ、直後に流れてきたラジオ体操の音楽に合わせて周りの受刑者達が体を動かし始めたので、私もそれに倣う。
仕事中は|MMW《オネェ》に質問できないと思うと、何だか少し不安だな……。
【準備体操終了、作業開始】
それぞれのMMWに出されたであろう指示に倣って、受刑者達がそれぞれ持ち場に移動し始めた。
【今朝、届イタ、本類ヲ、検品セヨ】 私も指定された場所に移動してしゃがみ込む。
段ボールを閉じる為に貼ってあるガムテープをカッターで開けようとした時、全身に電流が走った。
「痛いっ!」
尻餅をつき、身をよじる。
「な、何で……?」
【カッターヲ、刺ス位置ガ、深イ。 素人ガ、梱包シタ、物ダ。 ギチギチニ、梱包シテアッタ場合、商品ヲ、傷付ケル、可能性ガ、アル】
「なるほど……」
サイズが大きくなると送料が増えてしまうから、出品者はAmazonみたいにゆとりがありすぎる梱包はしないのか。
段ボール一杯に詰められた漫画本。
外国に送られるって言ってたけれど、外国人が読むのかな
コレクションにするとか?それとも海外に住んでいる日本人?
【出品者ノ、書イタ、説明文ト、一致シテイルカ、ドウカ、確認スル。 商品名『|白羽《シラハ》ノ|刃《ヤイバ》』1巻カラ12巻、『目立ッタ汚レナシ』】
「1巻から12巻、全部揃ってます」
【中ニ、汚レガ、無イカ、ページヲ、|捲《メク》ッテ、確認シロ】
パラパラとページをめくりながら中身を確認する。
これって最近話題になっていた漫画だよね。
初めて知ったのは今年。
仕事の休憩中に、食堂のテレビで流れていたバラエティーで紹介されていたから、タイトルだけは知っている。
あれだけ話題になった漫画ってどんな内容なんだろう。
「…………………」
【読ムナ】
先ほどよりも強い電流が身体中に走った。
+
作業内容は本類やDVDの状態を淡々とチェックしていくだけだった。
漫画や小説、料理本や自己啓発本に、ホラーやアクション、恋愛映画のDVD。
……雑誌類のゴミ収集日や廃品回収に出さずに、売る。
僅かでも、現金やポイントに換える人達が世の中にはたくさんいるんだな。
+
段ボールや封筒に入った本類やDVDをチェックし始めてから数時間後、MMWからチャイムの音が聞こえた。
【昼休憩、開始。時間ハ、30分】
私は指示に従い食堂へ向かった。
トレーを持ち、列に並ぶ。
配膳係が主食やおかずの入った皿を1つずつ乗せていく。
全ての料理がトレーに乗ったのを確認し、私は指定の席に着いた。
【全員ノ、着席ヲ、確認。ソレデハ、昼食開始】
「いただきます!」
食堂に、数百人の未片付犯の声が響いた。 五目ご飯にしょうが焼き、副食に汁物、果物まで。
完璧な栄養バランスだ。
茶碗を片手に、黙々とそれらを口に運ぶ。 おいしい……。
食堂内は静まりかえり、箸が茶碗や皿に触れる音や僅かな|咀嚼音《そしゃくおん》しか聞こえてこない。
逮捕されるまでは仕事が忙しく、食事は栄養ゼリーやバランス食品でほとんど済ませていた。
こんなにゆっくりと、味わいながら食事を摂るなんて何年振りだろうか。
昼休憩が終わり、昼からの作業開始を告げるチャイムがMMWから聞こえてきた。
午後からは、ゲーム関連の商品をチェックするように指示を出された。
【|Jintendo Scotch《ジンテンドウ スコッチ》、新品、未使用】 段ボールを慎重に開け、中身を取り出して様々な方向から確認する。
「購入時のままに見えます。開けた形跡もありません」
【ヨシ、デハ、箱ニ、戻セ。次。Jintendo Scotch、新品未使用】
え?連続で同じ商品?
ゲームの事は分からないけれど、私も買ったままで開封もせずに放置することはよくあるので、別に珍しいことではないのかもしれない。
「新品未使用、開けた形跡もありません」
【ヨシ。次、|Jintendo Scotch《ジンテンドウ スコッチ》、新品、未使用】
また同じ商品!?
Jintendo Scotch。
違うのは、本体とコントローラーの色くらい。
……これってもしかして転売なのかな?
スマホがないから定価を調べられないけれど、きっとそうだ。
未片付法は3日で可決されたが、転売ヤーを取り締まる法律はまだまだ緩い。
仕入れ値よりも高く売り、利益を得る。
「どうしても手に入れたい」という人間の弱味につけ込んだ悪質な行為なのに、未だに野放しのまま。
つくづく不公平だと思う。
【17時ニ、ナッタ。一同、作業ヲ、止メヨ】
チャイムの後に聞こえたMMWの声に手を止める。
もうそんなに時間が経ったんだ。
前の職場のように残業も休日出勤もない。 ここはどうやらブラックではないようだ。
+
【じゃあスーパーに買い出しに行きましょ】
更衣室で着替えを済ませて工場を出た時、MMWからオネェの声が聞こえてきた。
仕事が終わったのでMMWのアクセス権がオネェに切り変わったのだ。
私は|MMW《オネェ》が指定したスーパーへと向かった。
【私が今から言う食材を順番通りにかごに入れていきなさい。バーコードの位置も上に向けて、レジ打ちの人に負担が掛からないようにするのよ。ちなみに受刑者に食べたい物を選ぶ権利はないわ。あと、カートも使っちゃ駄目。もちろんエコバッグは必須よ】
「随分たくさん買うんですね」
食材でいっぱいになったかごを持つ二の腕はぷるぷると震え、持ち手も若干しなっている気がする。
【まとめ買いするのよ。作った料理も、冷凍できるものは冷凍しておいて。そうすれば毎日買い物に行く必要がなくなって時間の節約になるでしょ】
商品がたくさん入ったかごを持ち、レジに並ぶ。
レジの支払いもやはりMMWをカードリーダーにかざし、商品をエコバッグに詰める。
「あの人やっぱり未片付犯よ!私、警察24時で見たことあるもの!」
背中側から聞こえてくる容赦のない声。
支払いをする姿でバレてしまったのだろうか。
【周りの反応が気になるのは最初だけよ。直接何か言われた時はまた警告音が鳴り響くから、安心してさっさと詰めなさい】
私は|MMW《オネェ》に言われるがまま、急いで商品を詰めてスーパーを後にした。
自宅に戻り、|MMW《オネェ》の指示通りに食材を調理する。
【あら、あんた。筋がいいじゃない。逮捕される前から自炊してたの?】
「いえ、ほとんど。1人だと簡単な物で済ますことが多くて。時間もなかったし……」
【分かるわあ。スーパーのお総菜もおいしいしね。揚げ物とかも作らずに買っちゃうわ。後片付けが面倒だから。あ、火が通ってきたわね。そろそろ火を止めてちょうだい】
料理が完成したので皿に盛りつける。
【盛り付けはいまいちね】
「それは苦手で……」
【まあいいわ。夕食の時間、18時まであと5分。机の前に正座して待ってなさい】
床に正座し、ミニテーブルの前で食事開始の号令を待つ。
【初出勤、お疲れ様。何とか仕事をこなせたようね。あんた、随分と飲み込みが早かったって聞いてるわ】
「はい、お陰さまで。……あの、受刑者のお給料とかっていくらくらいなんですか?」
【一般的な受刑者は、出所した時に僅かな金額を渡されるのをドキュメンタリーとかで目にするわよね。だけど未片付犯に給料は出ないの】
「そうなんですか……」
【でも仕事っぷりが評価されれば『仮返却』が許されて、それをフリマアプリで売ることも出来るのよ】
「仮返却?」
【アンタの私物、全部押収されちゃったでしょ?押収された物を少しずつ返してもらえるの。スマホとかPCは返却不可だけどね】
真面目に働いていれば、大事な物を返してもらえるの?
【ほら、6時になったわよ。夕食開始!】
私は箸を持ち、料理を口に運んだ。
|MMW《オネェ》は話を続けている。
【一度に全ての持ち物が返ってきたら、結局また片付けられなくて同じ過ちを繰り返すでしょ?未片付の再犯を防ぐ為には『とにかく物を減らす』しかないのよ】
納得だ。
片付けたいけれど、まず何から手を付けていいのか分からない。
片付けようとして色んな所から物を出してくると、出す前よりも散らかってしまい、結局は放置状態になる。
【負のスパイラルなのよね。『物は捨てられないし、しかも片付けられない。だからどんどん部屋が散らかっていくだけ。じゃあもう掃除もしなくていっか!』っていう】
食べ終えた皿を洗い終え、シンクにフローリング、風呂とトイレの掃除をこなす。
【はい、終了!昨日よりも手際がいいじゃないの!後は就寝まで自由時間よ】
自由時間といっても部屋には何もない。
仮返却になったら、まず何を返してもらおう?
テレビ?それともお気に入りのMOUSSYのジーンズ?
……いや違う。私が返してほしいのは『あれ』だ。
何にもない部屋の壁を見つめながら考えている内に就寝時間を向かえ、私は眠りについた。
+
【ソレデハ、『対話』ヲ、開始スル】
MMWから聞こえてくるAIの機械的な声。
工場に勤務し始めてから半月が経った頃、未片付犯達は1つの部屋に集められた。
【『対話』ハ、他ノ受刑者ノ、話ヲ聞キ、己ノ罪ト、向キ合ウ、事ヲ、目的ト、シテイル】
私達はそれぞれの受刑者番号が貼られている椅子に座った。
私の番号は530番だ。
椅子の数は13脚で、円を描くように置かれている。
【着席確認。171番カラ、話ヲ、始メヨ】
「……俺は……」
30代前半くらいに見える171番の男性は両腕を膝に預け、両手の指を絡めてから深く息を吸い込むと、自らの罪について語り始めた。
「……片付けなければいけないと思ってはいた。だけど未片付法が可決されてからも片付けなかった。警察が来た時は心臓が飛び跳ねたさ。だから|咄嗟《とっさ》に逃げ出してしまったんだ……」
171番の男性の話には、共感できるところがたくさんあった。 部屋の中では|相槌《あいづち》を打つ者や、静かに涙を流す者もいた。
「実家に逃げたけど、親父に説得されたよ。『罪を償え。父さんはお前を見捨てたりはしないから』って。……俺、今まで何やってたんだろうって思ってさ。その後、親父に付き添われて交番に出頭したんだ」
目を真っ赤にした171番の男性は、顎に溜まった涙をハンカチで|拭《ぬぐ》った。
【171番、終了。次、261番】
受刑者達は順番に自身の話を語っていった。
そして13人目である私の番が回ってきた。
【次で最後ダ、530番】
自身の話を終えた12人の受刑者の視線が|私《530番》に集中する。
「……私は……」
話し始めようとすると、MMWから【プツッ】という音が聞こえた。
「あ、あれ?何か、MMWが……」
「たまにあるのよ、MMWの回線が切れることが。田舎だから電波とかが関係してるのかもね」
386番の中年女性が私に言った。
「話の途中で悪いけど、聞いてくれるか?」
171番の男性が再び口を開いた。
「MMWの回線が切断されている間に聞いてもらいたいんだ。……この工場はおかしい」
「何がおかしいんですか?」
私は前のめりになって171番の男性に聞いた。
「俺は先週から食品部門に配属されてるんだけど、実は……!」
【……ジ……ジ……】
「ヤバい、MMWの回線が復帰する。何事もなかった振りをするように!」
【MMW、回線復帰、回線復帰】
私達は椅子に座ったまま、姿勢を正す。
【530番、話ハ、終ワッタノカ】
171番の男性が私に視線を送りながら首を小さく縦に振った。
「……はい、終わりました……」
そう答えなければならない気がした。
【デハ、対話ヲ、終了スル。 自分ノ、持チ場ニ、戻レ。起立】
号令に従って私達は立ち上がり、礼をして部屋を後にする。
171番の男性の顔をちらりと見るが、私と視線を合わせようとしない。
首元を見ると、酷く汗をかいていた。
171番の男性は一体、私達に何を言おうとしていたのだろう?
+
【どうしたの?ボーッとして】
昼からの作業も終わり、帰路に着く途中の|人気《ひとけ》のない住宅街。
「……何でもないです。あ、でも1ついいですか?」
【なあに?】
「食品部門ってどんな感じなんですか?」
【どうしてそんなことを聞くの?】
「い、いえ、何となく気になって。食材を扱うのって大変そうじゃないですか?」
【そうね。だから扱いが簡単な部門から順に配属されるのよ。口に入れる物を扱うから慎重になるんじゃないかしら】
「そうですよね……」
自宅のマンションの前に人影が見える。 また、未片付犯を動画サイトにアップして広告費を稼ごうとしている人達かな……。
薄暗くて最初は気付かなかったその輪郭がはっきりと確認できた時、額に汗が滲んできた。
【あら、あれって……?】
弟の|桜樹《おうき》だ 「久し振りだね
……同棲してた彼女は、『婚約を解消してほしい』って言って出てったよ。親父は廃業した」
「……ごめんなさい。私のせいで」
罪悪感と情けなさで目を合わせられない。
「だったらどうして今まで片付けなかったんだよ!?家族まで巻き添えにして!俺はお前のこと姉だなんて思っていないからな!刑期を終えても二度と俺達の前に姿を現さないでくれ!」
そう言い放ち、桜樹は背を向けて足早に帰っていってしまった。
何と声を掛けたらいいのか。
……ううん、私に声を掛ける権利なんてないんだ。
刑期を|全《まっと》うしよう。
今の私に出来ることはそれしかないのだ。
+
対話の日がやってきた。
いつものように円になり、それぞれの席に着く。
そこに171番の男性の姿はなかった。
対話は回を重ねるごとに各々の話す内容が同じようなものになってきている。
後悔、|憤《いきどお》り、これからの不安。
罪を繰り返し発言することで自らを律し、他の受刑者にも良い影響を与えるのが目的なのだろうが、どうも最近はマンネリ化している気がする。
「あの……、いいですか?」 自分の番が回ってきた時、私は小さく右手を挙げた。
それはMMWに問い掛けた言葉のつもりだったが、やはりその場にいた受刑者達も顔を上げた。
【何ダ、言ッテミロ。ダガ、発言次第デハ、処罰ノ対象ト、ナル】
「はい。私達が更正し、二度と同じ罪を繰り返さない為に、新たな提案をしたいんです」
【発言ヲ、許可スル】
息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した後、私は口を開いた。
「キッチンのシンクと洗面台って、構造が似てるじゃないですか。蛇口を|捻《ひね》って水を出す。シンクでは料理をして食器を洗う。洗面台では顔を洗って歯を磨く。それだけの違い」
【ツマリ、何ガ、言イタイ?】
「シンクで顔を洗って歯を磨いたら、洗面台の掃除はほとんどしなくていいと思うんです。埃を被った時とかだけで」
しばらくの静寂。受刑者達は口を開き、ポカンとした表情でこちらを見ている。
駄目だったかな……。
諦めかけたその時だった。
正面に座っていた男性受刑者が静かに手の平を合わせてゆっくりと叩き始めた。
最初は遠慮がちだったその音は次第に大きくなり、数が増えていく。
「素晴らしい……。83年間生きてきて、今まで思い付きもしなかったよ!大したお嬢さんだ!」
「そうよね!シンクで歯を磨いたって、恥ずかしいことじゃないわ!シンクの掃除だけで済むんだもの……、これは立派な時短よ!」
右隣に座っていた受刑者の女性は立ち上がり、目に涙を溜めて拍手をしていた。
私以外の受刑者全員が立ち上がり、最後はスタンディングオベーションとなった。
【全員、着席セヨ】
MMWの声に我に返った受刑者達は、フルーツバスケットをする小学生のように、急いで椅子に座った。
【ナカナカ、新鮮ナ、意見ダ。 今マデニ、ソレヲ、思イ付イタ、受刑者ハ、イナカッタ。 ソノ案デ、上ト、掛ケ合ッテミル、事ニ、シヨウ】
+
私の意見は上層部に伝えられ、全ての未片付犯達に採用されることになった。
それにより、未片付罪予備軍の一般人達にも『洗面台未使用改革』が推奨された。
そして『使用済み湿布の再利用術』と称して、患部に貼って数時間経った湿布で床をサッと拭くという案も取り入れられた。
使用済みの湿布にはかなりの粘着性が残っており、床をサッと拭くと埃や髪の毛がごっそり取れるのだ。
慢性の腰痛や肩凝りを持っている未片付予備軍達の家の床は、普段よりも幾分か綺麗になったらしい。
そんな日々の中で、私の初めての『仮返却』が決まった。
「ちわっ!N県警からのお届け物でーす!」
N県警から届いた厳重に梱包された段ボールを開くと、中にタブレットが入っていた。
タブレットには『N県警』と印刷されたシールが貼ってある。
私はそのタブレットをミニテーブルに置いた後、すぐに段ボールを畳み始めた。
MMWから『ピンポーン!』という音と軽快な音楽が流れる。
【そう、段ボールは商品を取り出してからすぐに畳む……、大正解よ。後回しにしてたら仮返却は取り消しになってたかもしれないわ】
「『まずは目の前にある不要な物を片付ける』、講習で教わったことですから」
【流石ね、その調子!はい、座って座って!】
私はミニテーブルの前に正座をし、タブレットを手に取った。
【押収された私物の中から、毎日2つずつ返却してほしい物を選ぶことが出来るの。いっぺんに10個も20個も返ってきたらパニックになって発狂しちゃうでしょ?このタブレットは警察の物だから、毎回返却してほしい私物を選んだらすぐに回収されるわよ】
では毎回段ボールにタブレットを入れて届けるのは資源の無駄では?とも考えたが、仮返却が取り消しになったら困るので黙っていた。
タブレットの画面を覗くと、押収された私の全ての私物がジャンル別にズラリと表示されている。
【さあ、まず最初に選ぶのは何?】
私はタブレットに指を添えた。
【はい、1つ目はテレビね。次は?ブルーレイ?やっぱりブルーレイなの……?】
私は再びタブレットをタップした。
【ああ、違った!小城摩紗矢のサインね!】
「2年前に当選した物なんです。棺桶に入れてほしい物1位の宝物……。本当、無くなってたらどうしようって気が気じゃなくて」
【小城摩紗矢、いい男よねぇ……。一度でいいから抱かれてみたいわぁ】
|MMW《オネェ》が話し終わるか終わらないかのタイミングでチャイムが鳴った。
「ちわっ!N県警からのお荷物でーす!テレビと小白摩紗矢のサイン、お届けに上がりました!」
「ああ、良かった……!」 私は小白摩紗矢のサインを受け取り、涙を浮かべた。
【どうしても手元に返ってきてほしい物が、自分にとって本当に大切な物なの。刑期が終わる頃には今よりも身に染みて分かるようになっているはずよ】
「前に『いらない物を売ることも出来る』って言ってましたよね?それってどういうシステムなんですか?」
【タブレットの中の私物を選択して『出品』をタップ。商品が売れたら、仕事が終わった後に15分間だけ梱包作業が許されるの】
私はタブレットの画面をスクロールしてどんどん『出品する』をタップしていった。
【あら、物を手放す気になってきてるじゃない!】
「こうやって一覧になっていると、自分がどれだけ物を溜め込んでいたのかがよく分かります。思い入れのある品物は返却してもらって、そうじゃない物はどんどん出品していこうと思って」
【いいわぁ!こうやって受刑者が前向きになっていくのは更正員の|冥利《みょうり》に尽きるわね!】
30個ほどの私物を出品したあと、私はテレビの配線を繋ぎ始めた。
【今は自由時間だから、どの局も好きなだけ見ちゃって!テレビ台を返却申請するまでは床に置くことになるけど我慢よ!】
テレビの電源を入れると、アナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。
『N県在住の医師、渡貫|公二《こうじ》さんが自宅で意識を失って倒れているのを、訪れた長男が発見、搬送先の病院で死亡が確認されました』 「嘘……!!」 お父さん……!?
【やだ、アタシのところにもまだ連絡が来てないわ。……残念ね……。お父様、エリート医師だったんでしょ?】
私のせい……? 私が片付けられなかったせいで、お父さんが……?
+
受刑者である私は、父親の葬儀にも参列出来なかった。
あれから何をするにも無気力になった。
与えられた仕事はきちんとこなすものの、いつも心ここに在らず状態で|MMW《オネェ》にも心配されるほどだった。
【仕事にもかなり慣れてきたわね。仮返却で、必要な物もたくさん戻ってきたし】
あれから何度かタブレットが届けられ、必要な物は返ってきた。 だけどお父さんはもう帰ってこない。
他の受刑者達に「洗面台未使用改革のおかげで自由時間が増えて調子がいいよ。シンクの正面の壁に鏡を取り付けたら、もう洗面所なんて必要ないね」と礼を言われても、何も感じなくなっていた。
【食品部門に配属になって、もう2週間でしょ?刑が短縮されたんだからしっかりしなさい】
フリマアプリでは常温で扱える食品しか出品が出来ない。
お歳暮やお中元で貰った菓子や海苔、自分で栽培した野菜等を出品する人もいる。
食品部門はそれらを仕分ける作業を|担《にな》う。
食品部門への配属が決まったのは、父のニュースを見た直後だった。
『未片付犯、新たな時代の知恵』と、洗面台未使用術と湿布再利用術が論文で発表されて海外でも話題を呼び、異例の刑縮小が決まった。
まだ本類部門にいた私は戸惑いはしたものの、素直に喜ぶことは出来なかった。
+
始業時間になり、MMWのアクセス権がAIに切り替わる。
【作業開始。チェックヲ、怠ラナイヨウニ】
そういえば数ヶ月前の対話の時に、171番の男性が妙なことを言っていたっけ。
『この工場はおかしい……』
父の死や弟からの絶縁宣言で、あの日の171番の男性の言葉などすっかり忘れていたが、食品部門に配属が決まってからふと思い出した。
あれから何度かミーティングが行われたが、171番の男性の姿を見掛けることは一度もなかった。
あの男性の刑期は5年だと話していた。
私が捕まってすぐの頃に食品部門にいたのだから、もしかしたらもう出所しているのかもしれない。
何も気に留めることはない。
だけど心の中で何かが引っ掛かっていた。
+
スーパーの袋を下げながら帰宅すると、自宅マンションの前に見覚えのある人影が2つ。
「順調に過ごしているようだね」
逮捕された日に自宅まで送ってくれた警官2人だった。
「はい、お陰さまで」
力なく答えると、女性警官が口を開いた。
「この度は誠に……」
伏し目がちに小さな声で話す女性警官は、逮捕された日の印象とは少し違って見えた。
「さあ、本題に移ろうか」
中年の男性警官は私の方を向き、言葉を続けた。
「お父さんが亡くなった件でちょっと話があってね」
「はい」
「お父さんは自宅で亡くなっていて、第一発見者は訪ねてきた弟さんだったんだよ」
「ええ、ニュースで見ました……」
「しかし、不審な点があったんだ」
不審な点?
私が不思議そうな顔をしていると、女性警官が代わりに続けた。
「お前の弟は医者を目指していたそうだな?だが、医学部のある大学には受からなかった」
女性警官は、以前のように|凛《りん》とした態度に戻っていた。
「そうですけど……」
「お前の父親が経営する病院は規模が大きく、随分と繁盛していたそうじゃないか。そして、長女で医者であるお前が後継者になるはずだった」
「そういう話も出ていましたが、保留にしてありました。……一体、何が言いたいんですか?」
意図の分からない質問に少しイライラし始めた。
「弟の桜樹君が、お父さんの死に関わっている可能性が出てきたんだよ」
「え?」
中年の男性警官が私の目をじっと見据えたまま、ゆっくりと話し出す。
「弟さんは、署でお父さんの発見当時の様子を聞いた直後から連絡が付かなくなっているんだ」
「桜樹が、行方不明……?」
「実はね、君が逮捕されるきっかけになったのは匿名の通報によるものだったんだ」
匿名の……?
確かに、未片付罪は身内からの密告が9割だと聞いたことがある。
「弟が密告したって言いたいんですか?」
「お姉さんを酷く恨んでいたという話もあったらしい」
女性警官が冷たく言い放つ。
桜樹が、私を恨んでいた?
「でも、弟が密告する可能性は低いんじゃないですか?私が逮捕されたら彼女との結婚は難しくなるし。……実際に破談になってしまったし」
そう伝えると、意外な答えが返ってきた。
「弟さんに交際相手はいなかったようなんだ」
え?
「だってこの前、婚約破棄になったって私の所に……。同棲してた彼女も出ていったって」
「ああ。そのやり取りは君のMMWの映像に残っている。だが、それは弟さんの妄想だった可能性が高いんだ。そしてしばらくしてお父様が亡くなった……。周りの証言によると、弟さんはお父さんが亡くなる数日前から様子がおかしかったらしい」
警察は、桜樹がお父さんを殺したって言いたいの!?
+
警察の話によると、桜樹は副業という名の転売ヤーをしていたらしい。
主にゲーム機等をフリマアプリで転売していたと、女性警官は言っていた。
発送先が桜樹が暮らしていたマンションの住所と一致しているらしい。
どうして桜樹は転売なんてしていたんだろう?
お金に困っていた?
……それとも小遣い稼ぎの為?
+
桜樹は私の部屋が散らかっているのを知っていた。
以前「同窓会で終電を逃した」と桜樹から連絡があり、一度だけ家に泊めたことがある。
流石に当時の恋人を散らかった部屋に上げる勇気はなかったが、弟なら大丈夫だろうと安心していた。
「相変わらずだね」 あの日、部屋を見渡した桜樹はそう言っていた。
「うん……。少しずつでも綺麗にしたいっていう気持ちはあるのに、片付け方が分からないんだ。言い訳だけど」
「姉さんは仕事も忙しいもんね」
冷凍食品の袋に入ったままのチャーハンをプラスチックのスプーンで口に運びながら、桜樹は言った。
ここに来る前にコンビニで買ってきて、レンジで温めた物だ。
他愛のない会話をした後、桜樹はシャワーを済ますと、髪をタオルで拭きながらソファーに腰掛けた。
「姉さんは昔、ピアノを習いたかったんだよね」
不意に桜樹が口を開いた。
歳の離れた弟と、幼い頃に遊んだ記憶はない。
物心が付いた頃から、塾だ、英会話だ、家庭教師だと、両親は私達2人を勉強浸けにしていた。
『あなたは将来お医者様になるのに、ピアノが何の役に立つの?』
母の言葉が今さら甦る。
「俺はスイミング教室に通いたかったんだ。行かせてもらえなかったけど」
「そうだったの?」
「ああ。俺、泳げないんだ。だから学校のプールの授業の時にイジめられた。複数で手足を押さえつけられて、水着を脱がされて、プールサイドに投げられたこともあったよ」
「知らなかった……。お父さんやお母さんに言わなかったの?」
「『泳げなくても、勉強を頑張っていい大学に入ればあなたをイジめる人はいなくなる。だから今は我慢しなさい』って言われるのが目に見えてるだろ?」
確かに私達の両親はそういう人だ。
「イジメられてる時が苦しくて助けを求めたのに、将来のことを言われたってなんの救いにもならなかったよ。勉強にも集中出来なくなった。……俺も言い訳なのかもしれないけど」
しばし沈黙が流れる。
私は、高校を卒業するまで同じ屋根の下で暮らしていたたった1人の弟の悩みに気付けていなかったのだ。
「実は今、一緒に暮らしてる子がいて。今度プロポーズしようと思ってるんだ」
話題を変え、沈黙を破ったのは桜樹の方だった。
桜樹が恋愛話をしてくるのは初めてで、しかも結婚というワードが出てきたので驚いた。
「へえ、そうなんだ。おめでとう!」
「まだ早いよ。プロポーズの返事もどうなるか分からないのに……」
そう言うと、桜樹は私に背を向けて眠る姿勢を取った。
+
警官は桜樹に交際相手はいなかったと言っていた。
じゃあ、桜樹が言っていた『女性と一緒に暮らしている』という話は嘘だったっていうの?
【なあに?考え込んじゃって】
|MMW《オネェ》の声が聞こえ、タブレットから顔を上げた。
「……いえ、弟のことが気になって」
【早く見つかるといいわね……。今は無事を祈ることしか出来ないわ。さぁ、早く返却してもらう私物を選びなさい。……あら?】
タブレットに1件の通知が届いた。
【この前出品した洋服が売れてるじゃない!】
画面には『商品が購入されました。24時間以内に発送してください』と表示されている。
「本当だ。明日、仕事が終わってから15分以内に梱包して、帰りに発送すればいいんですよね?」
【そうそう、よく覚えてるじゃない!売り上げは刑期終了後に換金できるのよ!その調子でどんどん売っちゃいましょっ!】
+
次の日。仕事を終えてから早速、梱包に取り掛かった。
昼休憩中に受け取った、衣類部門に預けられていた私物の洋服を取り出す。
綺麗に畳み直してから厚手の透明のビニール袋に入れ、テープで留めた後に専用の宅配ボックスを組み立てて中に入れて閉じる。
【5分で出来ちゃったわね。後はコンビニから発送するだけ!スマホの代わりにMMWをファミポートにをかざしたら発送手続きが出来るわよ】
終業後、他の受刑者達は梱包する私物がないようで、作業部屋には私1人だけが残っていた。
【ここだけの話、梱包が面倒で『廃棄』を選ぶ受刑者達がたくさんいるのよ】
「確かに。梱包や発送が面倒な人はいると思います。でも捨てられないから物が溜まっていって結局片付けられないまま……」
【そしてまた捕まるのよ。別にそれでもいいって未片付犯はたくさんいるけどね。さあ、帰りましょ!】
私は席を立ち、扉の方へと歩みを進めた。 カタッ。 入り口とは反対側の方向から物音が聞こえてきた。
「今、何か聞こえませんでしたか?」
私は|MMW《オネェ》に話し掛けた。
しかし返事は返ってこなかった。
「あれ、オネェ?」
電波が悪くて回線が途切れたのかな?
初めてMMWの回線が途切れたのは最初の『対話』の時だった。
今までにも何度か同じようなことがあり、MMWの指示を受けられず、作業を中断しなければならないこともあった。
回線の復帰を待つが、今回はいつもより時間が掛かっているようだ。
カタッ。
やっぱり、何か聞こえる
部屋の奥からだ。
私は|踵《きびす》を返し、音がした方向へゆっくりと近付いた。
……あれ?昨日と棚の位置が違う?
いつも荷物が積んである、私の身長よりも数十センチ高い棚。
その棚が左右にずれて、壁が見えている。
今日は違う棚の担当だったので気が付かなかった。
あ、これって扉?
昨日まで棚に隠れていて気が付かなかったが、そこには壁と同色の扉のような物があった。
だけどドアノブがない。
どうやって開けるんだろう?
私は、かがんで扉に顔を近付けてみた。
『ピッ』という音と同時に、扉が左右に自動で開いていく。
もしかしてMMWが扉に反応したの?
「オネェ、聞こえてます?何か、MMWが扉に反応して開いたんですけど」
……やはり返事はない。
開ききった扉の中からは僅かな灯り。
そこから冷気が漂ってくる。
入ってもいいのかな?
好奇心に負けた私は部屋の中に足を踏み入れた。
……寒い。ここは、冷凍庫?
その瞬間、背後の扉が勢いよく閉まった。
「え!?嘘!!」
すぐに回れ右をして扉のあった場所に両手で触れてみるが、手を掛けられるような箇所は見当たらない。
入る前と同じようにMMWを近付けてみるが、駄目だった。
「オネェ!ちょっと!?聞こえないの!?」
どうしよう……。
早く見つけてもらわないと、このままでは凍死してしまう。
ガタッ。
やっぱり音が聞こえる。
二の腕をさすりながら、薄暗い部屋の中にある棚の方に近付いてみる。
発泡スチロール製の箱が積み重なっている。
1番上の箱に手を伸ばし中を確認しようとした瞬間、バランスを崩した箱が数個、勢いよく崩れてきた。
尻餅をつき両手が床に触れた瞬間、手の平が|何か《・・》に触れた。
すぐにそれが『何』か分かった。 人間の腕だ。
それだけではなかった。
人体が部位ごとバラバラにされて、密封されている。
一体、何の目的で?
他の箱の中身も順に確認していくが、どれも人間の『一部』が入っている。
そして1番下にある5段目の箱の蓋を開けた時、人間の生首が現れた。
この人、171番の男性だ!
霜で覆われているが面影はある。
【思ったより早く見つけたわね。騙してごめんなさい。実はMMWは壊れてなかったのよぉ~!】
「……『これ』は、『商品』ですか?」
【あら冷静、そして察しがいい!普通の人間がバラバラ死体を見たら卒倒するけど、流石はお医者様ね!……いいえ。医者だからというより、普段から『見ていた』からかしら?】
「……何のことですか?それより早くここから出してください」
私はぶっきらぼうに答えた。
【アンタが未片付罪で逮捕される前から分かっていたのよ。アンタが不法なルートで入手した遺体を臓器売買の為に利用したり、ホルマリン浸けにして海外のコレクターに販売していたこと】
きっと全てバレているのだろう。
観念した私は|MMW《オネェ》に問い掛けた。
「じゃあ、どうしてその罪で私を逮捕しなかったんですか?未片付罪の方が臓器売買よりも重罪だからですか?私もこの人みたいに凍死させられるんですか?」
私は、171番の男性の頭部が入った発泡スチロールの箱を爪先で軽く蹴った。
警察が部屋に来た時、臓器売買の件で逮捕されるのだとばかり思い込んでいた。
まさか罪状が未片付の方だったなんて!
私は警察の捜査技術を疑ったが、どうやら裏があったようだ。
【殺すだなんてもったいない!『医者』であり『未片付犯』である人間が日本には必要なのよ!アンタは選ばれた人間なの!】
私が必要……?
【実は未片付罪が可決される前から、『転売ヤー|抹殺《まっさつ》法』への可決が秘密裏に進んでたの。
転売ヤーは捕まれば一発でアウト、つまり死刑】
死刑か
まあ妥当だろうと思ったが、声には出さなかった。
【でもね、転売ヤーに対する死刑反対派が出てくることは明らかだった。『加害者にも更正の余地を』ってやつよ。だから裏で密かに計画が練られた】
「計画?」
【世間に知られることなく転売ヤーを拉致し、抹殺する、『転売ヤー即日発送法』】
即日発送法?
【前にも言った通り、受刑者達に掛かるお金は税金で賄われてるから、日本中にはびこる転売ヤーを逮捕して収容したら刑務所がパンクしちゃうの。アイツら更正できないからね】
「即日発送法ってどういう仕組みなんですか?」
【見てもらった方が早いわね。身体、冷えちゃったでしょう?さあ、右側の壁に隠し扉があるわ。MMWを近付けてごらんなさい】
右耳を近付けると冷凍庫の中の壁がゴゴゴゴ……と音を立てながら左右に開き、地下に通じる階段が現れた。
【さぁ、進んで】
私は|MMW《オネェ》の言葉に従い、階段を下っていった。
凍えそうな空間から抜け出せてほっとしたのも束の間。
階段を下りきると、無機質で頑丈そうなシルバーの扉がそびえ立っていた。
やはりMMWを近付けると左右に開き出した扉の隙間から、ひんやりした空気が漏れてくる。
しかしそれは冷凍庫の中のように不快な寒さではなかった。
警戒しながらゆっくりと中に足を踏み入れると、部屋の中央に置かれている手術台が目に入った。
そして、その上には裸で寝かされ、手足を拘束されている桜樹の姿があった。
「うぅ……っ!うぅ……!」 |猿轡《さるぐつわ》を口に|嵌《は》められ、言葉を発することが出来ない状態の桜樹を目の当たりにし、動揺を隠せなかった。
「どうして桜樹がここに!?」
【弟さん、散々逃げ回ってたみたいだけど、2時間前に確保されたの。だからここに連れてこられたって訳】
「違う!!」
もがいている内に猿轡が偶然外れた桜樹が叫んだ。
「姉さん!違うんだ!転売ヤーをしていたのは僕が同棲していた彼女だ!僕の住所を使って彼女が転売をして……、あ”ああ”あ”あぁっ!!!」
突然、|痙攣《けいれん》し、ベッドの上で桜樹の体がビクンと|跳《は》ねる。
電流? 両手足が拘束されているので桜樹の身体は|仰《の》け|反《ぞ》り緩やかな弧を描く。
私は、まな板の上の鯉という|諺《ことわざ》を思い浮かべた。もしくは鰻。
【転売ヤーってGみたいに沸いてくるでしょ?即日発送法が裏で可決されてから、毎日どんどん転売ヤーが入荷されてくるんだけど、今度は新鮮な臓器を取り出す|人手《医者》が足りなくなってきちゃったのよ】
「……つまり、私に転売ヤーの臓器の摘出をしろと?」
【そう。まあ、アンタに拒否権はないけどね。171番の男も実は医者だったのよ。『考える時間が欲しい』って猶予をあげたんだけど、他言しようとしたから|商品《・・》にしたの。実はMMWが壊れたことなんて一度もないのよ。裏切り者をあぶり出す為の秘策だったの】
「……1つ聞いていい?」
私は桜樹に近付き、上から顔を覗き込んだ。
「私は幼い頃から、一度も友人や知人を自分の部屋に入れたことはない。私が『片付けられない人間』だって知ってるのはあんたか親だけ。……密告したのはあんた?」
桜樹は力の限り首を左右に振った。
「違うよ!……でも俺、酔った時に彼女に話しちゃったんだ!未片付罪が可決される前の年に!『俺の姉さんは片付けられないんだ』って……。だからきっと密告は彼女だと思う」
「どうして彼女が?」
「分からない、分からないんだ。こんなことになるとは思ってなかったんだよ……。きっと父さんも警察からの臓器摘出の打診を断って口止めの為に殺され……あ”あ”あああ”ぁ!!!!!」
桜樹の身体が再び跳ねる。
【ん、もう!おしゃべりが過ぎるわね。時間がもったいない!さあ、始めるわよ。あ、分かってるとは思うけど麻酔は使わないからね】
「………はい」
「姉さん!!!!!」
|出来損《できそこ》ないが。
私の邪魔をせずに大人しく暮らしていればよかったものを。
ちょっと片付けられるくらいでマウントを取った気になって、しかも他言するなんて。
自分で彼女に私が片付けられないことを話したくせに、破談になったって逆ギレしに来たの!?
「姉さん、ごめん!姉さん…………」
どっちみち、私達2人が助かる選択肢はないの。
それくらい馬鹿でも分かるでしょう?
私は外れた猿轡を桜樹の口に戻し、メスを掴んだ。
++
数ヶ月が経ち、私は無事に刑期を終え、知り合いと会う可能性の低いマンションに引っ越した。
しかし私はまだあの工場で働き続けている。
自家用車も戻ってきたので、公共機関に乗ることもなくなった。
今日も全国で数百人間単位の行方不明者が出ていると、朝のニュースでMCが不思議そうに語っていた。
工場に入り、部屋の扉にMMWをかざしてから入り、手術衣に着替える。
今着けているMMWは受刑中の物とは違い、大きくもないし光りもしないので普通のピアスに見えているだろう。
「へぇ、今日もたくさん捕まえたんですね」
拘束され、身動きの取れなくなっている転売ヤー達が涙目で命乞いをしている。
【今のところ、県内で商品を|捌ける《・・・》のはあんた1人だけだから、頑張ってもらわないとね!】
「同じ県内にこんなにも転売ヤーがいるなんて、……吐き気がする!」
私はベッドに拘束されている1人の転売ヤーの女性に|蔑《さげず》みの視線を落とした。
女性は涙を流しながら首を左右に動かしている。
きっと、助けてくれと心の中で必死に叫んでいるのだろう。
でもごめんなさい。
私は生きなきゃいけないの。
本来の人生設計は狂ってしまったけれど、引かれたレールが1本しかないのなら、脱線することなく指示を|仰《あお》ぐ。
それが私の生き方なの。
だから、あなたも諦めて?
++
ある結婚式場の控え室。
中年男性と若い女性が2人きりで会話をしていた。
2人の職業は警察官。
去年、未片付罪で捕まった医者の担当になった時も2人でコンビを組んでいた。
「やっとこの日を迎えられたわね」
中年男性がオネェ言葉で|花嫁《若い女性》に話し掛ける。
「おじさんには随分とお世話になったね」
椅子に腰掛けながら、純白のウェディングドレスを|纏《まと》った花嫁はしみじみと語った。
「んもぅ、本当よ!あんたが二股とか転売とかしてるのが分かった時は生きてる心地がしなかったんだから!⋯⋯まぁバレずにエリートとの結婚までこぎつけられてよかったけどね」
桜樹は私の浮気相手だった。
同棲はしていたけれど本命は他にいたし、桜樹には私が警察官だということも隠していた。
「転売ヤーをどんどん捌ける|優秀な医者《綿貫菜摘》も確保できたし、結果的にN県にとってはよかったでしょ?」
桜樹の姉が片付けられない人間だと密告したのも私だ。
ちょうど桜樹に私の|副業《転売》がバレたタイミングだった。
「アンタはいいわよね!職場ではクールを気取ってるくせに、ちゃっかりイケメンエリートをゲットしちゃって。アタシには恋人もいないっていうのに!」
中年男性はハンカチを前歯で加え、力の限り引っ張った。
花嫁が眉尻を下げながら静かにふふっと笑った。
中年男性がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、洗面台未使用改革、学会が撤回したそうね?」
「『シンクに直接生野菜を置くから不衛生だ』って批判が結構あったらしいね。ウイルスもばら蒔くことになるかもしれないし、料理をする場所で歯磨きやらうがいをする人間を軽蔑の対象として見る人も存在するのよ」
「生野菜を|直《じか》で置けるくらいシンクを綺麗にしてる人達から見たら、未片付犯達は害悪な存在でしかないのかもね」
中年男性は腕を組みながら目を瞑り、思案顔でうんうんと頷いた。
コンコンとノックの音が聞こえ、カチャリと扉が開いた。
「お式が始まります。そろそろご準備を……」
スタッフの男性が、柔らかい声を掛けてきた。
「はい、すぐに行きます」
花嫁はふわりと立ち上がり、中年男性の腕に自分の手を添えた。
「バージンロード、一緒に歩いてくれてありがとう、おじさん」
「せめておばさんって言ってちょうだい。なんならお母さんでもいいのよ。私はアンタの親代わりなんだから」
「いや、それは流石に無理だわ」
2人は笑い合いながら控え室を後にし、教会へと向かった。