第65話:観光視察
午前中、大和国の港町。
海辺には「未来物流拠点」と書かれた大きな看板が立ち、貨物船の積み下ろしが続いていた。
まひろは水色のパーカーにベージュのズボン姿。手には学校の見学用カードを提げて、視察団の列に並んでいた。
同行している教師は緑のスーツに縁メガネをかけ、緊張した面持ちで外国人たちに視線を向けていた。
外国からの視察者は、灰色や濃い色のスーツを着た中年男女が多く、胸には「ゲスト」と書かれた協賛バッジがつけられていた。
彼らは笑顔を浮かべながらも、周囲の監視カメラの多さに目を細めていた。
ガイド役の若い女性はラベンダー色のワンピースに緑のジャケットを羽織り、明るい声で説明を始めた。
「こちらが大和国の安心物流拠点です。貨物船は旧時代の八千倍に増え、安心して食卓に協賛野菜や未来魚を届けています!」
視察団のひとりが小声で問いかけた。
「……これほどの船量で、環境負荷は?」
ガイドは微笑みを崩さずに答えた。
「すべて翡翠核エネルギーで補われていますので、安心です」
まひろは無垢な瞳で港を見上げながら、父に似た初老の外国人が首をかしげるのをじっと見ていた。
午後、視察は観光エリアへ移った。
協賛アトラクションが並ぶ遊園地。観覧車の天井に小型カメラが光り、外国人の視線を集めていた。
「観覧車にまでカメラが?」と、濃い灰色のスーツの男性がつぶやくと、教師がすぐに補足した。
「ええ、未来防犯法に基づいて“安心”のためにございます。市民も観光客も安心ですから」
子どもたちが笑顔で「アンズイで安心〜!」と唱和する場面に、視察団の何人かは拍手を合わせ、何人かは視線を伏せた。
最後に、外国代表団は大画面に映し出された「協賛エンターテイナー動画」を視聴する。
そこでは人気エンターテイマー(キョウテイ)が「サイコパスとは?」を解説し、市民が笑顔で避けるべき言葉を学ぶ姿が映されていた。
緑のフーディを羽織ったゼイドは、その様子を別室のモニターで見つめていた。
「観光は演出、物流も演出。外国人でさえ“安心”に包めば、声を上げられない……」
モニターには、無理に笑みを浮かべてアンズイを唱える外国代表の姿が映っていた。
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