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「見てみてーカイル。これ、私が描いたんですよ」
ニコニコと笑い、スカートを翻しながら、イレイラがカイルの元へ駆け寄った。彼女は手にスケッチブックとクレヨンの入る箱を持っている。
ここ数日、せっせとイレイラが机に向かって何かをしているなとカイルも気が付いてはいたのだが、『きっといつか教えてくれるはず』と見守っていた。内心ではかまって欲しくって、かまいたくってうずうずしていたのだが、『我慢の先にはきっと喜びが!』と言い聞かせ、数日間必死に昼間だけは耐えてきたのだ。
(耐えて良かった、やっと何をしていたのか、本人から教えてもらえる!)
カイルは喜びに打ち震える気持ちを胸の奥に押し込み、「どれどれ」と、冷静を装いながらイレイラを膝の上に乗せる。猫の時とは違う重たさが心地よく、娶ってからもう随分と経ったのに、前以上に彼女が愛おしい。首筋からは相変わらず今日もいい匂いがするし、目的がある状況でなければ今すぐにでも寝室へ、いや…… 久しぶりにこのままソファーで抱き合ってもいいかもしれない。
「…… カイル、聞いてます?」
イレイラの少し拗ねた声を聞き、カイルがハッと我に返る。もうすでに彼女の腰に腕を回し、襲う気満々の直前まで無意識のうちにきていたので、このタイミングで声を掛けられて本当に良かった。
「聞いているよ。絵を描いたんですよね?」
「はい。此処って、平和過ぎてあまり娯楽が無いでしょう?なので、元の世界で読んだ物語を思い出して、再現してみたんです」
「まぁ、此処は腐っても神殿ですからね。…… ごめんね、街へもっと沢山行かせてあげられたら良かったんだけど」
『神子』という彼の立場上、気軽には遊びに連れて行ってやることが出来ず、カイルの気持ちが沈む。だがイレイラは笑顔で、「私はカイルがおこなう実験だとか魔法だとかをたくさん見せてもらえるんで、毎日が楽しいですよ」と答えた。
「でもほら、カイルはそうはいかないでしょう?なら知らない事を少しでも、私からだって教えてあげたくって、こんな物を用意してみたんです」
そう言ってイレイラはスケッチブックを広げ、背後から彼女の手元を覗き込むカイルに中身を見せた。
「これは…… 絵本、かな?」
「はい。私には文才がないので童話を書くまでは無理でしたけど、これくらいなら描けるかなと思って。それに絵本だったら…… しょ、将来子どもが生まれても、役立つでしょう?」
「——そ、そうだね!子ども欲しいよね、絶対に可愛いよ!」
嬉しくってたまらず、カイルだけ本筋の話から脱線しそうになる。
(もう今すぐにでも作ろう!というか、既に毎日いつ出来てもおかしくない行為に勤しんでいるけど、あぁ…… もっと沢山増やさなきゃ。だって、奥さんが僕の子種を欲しがっているんだから!)
——と、無駄にカイルの下心に火をつけてしまった事に気付かぬまま、イレイラは話を続けた。
「『美女と野獣』って物語の絵本を再現してみたんです。好きなんですよね、これ」
「…… ちょっと淫靡なタイトルだね」
「え?ぜ、全然そんな中身じゃないですよ⁉︎普段の行いの悪さから、野獣に姿を変えられてしまった男性が、心優しいヒロインと恋に落ち、呪いを解く物語ですから」
「そうなの?あぁ、この角の生えた生き物が“野獣”ですか」と言って、カイルがイレイラの描いた絵を指さした。絵本というに相応しく、三等身くらいで描かれた、可愛らしい野獣が薔薇の側で落胆しているシーンだ。
「…… 気に入らないなぁ。コレ、牛っぽくないですか?もしくはヤギか。ダメだよ、此処は『羊』にしましょう!」
「え、でも…… 」
「羊の角がいいです!」
羊の角が生えた夫にそう断言されてはイレイラも断りきれず、「…… は、はい」と承諾した。別に原作に忠実でなければならない理由も無いし、と諦めの気持ちで。
「ここのシーンはもっと、違う感じでどうだろう?」
「あ、怒ったりしちゃダメだって。『嫁』としてお迎えしたのでしょう?騙した形だからこそ、ドッロドロに甘やかして、逃げる気を削がないと」
「——え?何で人間に戻る必要が?野獣の彼を、ヒロインは好きになったんでしょう?角も尻尾も無い奴を相手にして、彼女はこの先満足出来る?出来ませんよ!」
…… 数々の指摘を受け、メモを取り、イレイラが絵本を描き直す。
後日、彼の言う通りに修正して出来上がった作品は、『私達の交際の日々を描いた絵日記かな?コレは』としか思えぬ物となってしまったのだった。
【番外編・③ 完結】