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放課後の図書室は静かだ。
蔵書の兼ね合いで、この白瑛高校には二つの図書室があり、今俺がいるのは一般的に使われる図書室だ。白瑛コースの奴らは、もう一つの図書室を利用することが多い。基本的にはどちらも利用できるが、白瑛コース以外は、両方使うことは出来ない。本当に、白瑛コースは優遇されている。
夕日が差し込む図書室は、外で部活をする運動部の声がかすかに聞える程度で、静寂を保っていた。
――――そう、ここに彼奴がいなければ。
「なーなーどんな本探してんの? 俺、手伝おっか」
「煩い。騒ぐな。図書室で」
「おっ、ラップみたいでいいじゃん」
と、朔蒔は、俺の肩に腕を回す。
ここまで来ると、もう馴れてしまった自分が怖い。
それでも、せめてもの抵抗か、それとも全くの反射で俺は、朔蒔に対して厳しい言葉を返す。
だが、朔蒔はそれすらも、面白いというように、俺の肩に手を回し、離さないと言わんばかりにくっついてくる。相変わらず、俺の事を馬鹿にしたように見ていて、腹立たつ。俺を自分の所有物だと思っているのか。
(こいつのせいで、俺の平穏が脅かされている……)
楓音も、さすがに朔蒔の凶行を知っているので、一歩下がったところで見ている感じだし、そりゃ、楓音だって此奴の機嫌を損ねて殴られたくはないだろう。俺は殴られないかも知れないが、他の奴は違う。皆朔蒔の凶暴さを知っているからこそ、大人しくしている感じだ。教師にチクったところで、こいつが改心するわけでもない。現に、こいつは停学後もやらかして、今にいたる。
「何もよくねえし、お前のせいで滅茶苦茶だ」
「んまァ、すっげェ喘いでたしな」
「そういう、滅茶苦茶じゃない!」
俺は、肘打ちでもかましてやろうかと腕を後ろに振ったが、反射の良さで朔蒔にひょいといともたやすく避けられてしまった。こいつの身体能力はヤバいなあ何て、少しだけ、ほんの少しだけ運動が苦手な俺は思った。別に、運動は苦じゃないが努力しても限界があり、長年続けてきた人達に足も届かない、足を引っ張ってしまうような現状が嫌なだけだ。
「図書室に用がないなら帰れ」
「え、星埜は用があるの?」
「当たり前だろ。あるから来てるんだ!」
「意外」
「いや、俺勉強好きだし、本を読むのだって好きなんだが? お前に意外とか言われる筋合いはない」
そう言ってやれば、何か納得いかなさそうに、朔蒔は頬を膨らませていた。
(あ……かわ)
そう心の中で思ってしまったので、首を振る。
(いや、可愛いわけねえだろ。百七十以上ある俺より大きな男に可愛いとかない。絶対に、朔蒔に可愛いとか無い)
否定に否定を重ねる。
そんな一人百面相をしていれば、朔蒔がじっと俺を見ているのが分かった。
「何だよ。穴あく」
「いいじゃん、空けば。俺が星埜に穴開けたって思うと何かちょっと興奮する」
「何処に興奮してんだ。性癖ねじまがってんな」
俺はそう吐いて、本を探すことにした。
基本的には司書がいるのだが、いなくても借りられるように最新の設備が施されており、バーコードと学生番号を入れるだけで借りれるようになっている。だから、ちゃっちゃと本を探して、帰ろうと思う。
朔蒔は、俺の後についてきて、「なー何探せば良い?」なんて聞いてくる。だから、頼んでねえよ。と俺は無視を決め込む。2人きりなら誰かを殴ることはないだろうと思ったのだ。
だが、無視していれば、「普段何読むんだよ?」、「そういや、星埜は何でこの学校選んだ?」、「星埜の好きなものって何?」、「星埜のこと教えてよ?」等々、質問攻めにあってしまった。鬱陶しいことこの上ない。
「だから、お前はうるさ――――ッ」
さすがに堪忍袋の緒が切れそうになり、振返ったが、そこには夕日をバックに逆光を浴びた朔蒔がいた。顔が限り無く見えないのがいい。いや、仄かに見える顔がとても……
(あれ、なんか……かっこよくね?)
一瞬ときめいてしまった自分をぶん殴りたい。
そして俺は気づいてしまった。こいつの顔が整っていることに。しかも、顔だけではなく、体も引き締まっている。制服越しにも分かるぐらいだ。
「惚れた?」
「いや、んなわけない」
ふっと先ほどのように笑った朔蒔を見て、いいや気のせいだと、俺は顔を逸らした。
いつもの、というか先ほどの馬鹿にするみたいなニタニタする笑顔を向けてくるので、ああ、此奴は朔蒔だなと認識させられる。ようやく我に返った感じだった。
(気のせい。気のせいだろ、絶対……)
それでも、高鳴る心臓はそれを嘘だと言ってくれない。認めろといってくるようにも思える。
「俺は、惚れてるけど?」
「は? 誰に」
「星埜に」
――――俺達運命だろ?
と、そう笑った朔蒔の顔は、恍惚で、愛おしいものを見るようなめをしていた。