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「はぁ?」
典華は力が抜けたようなそんな声を漏らした。
どうやら、私の声が聞こえるイレギュラーは愛華だけではなかったらしい。矢張り、此の世界にはイレギュラーが多いな。
「と、取り敢えず、なんて聞こえたのか教えて」
「私、声、聞こえている、、?的な感じで、単語単語で聞き取れたんだ。単語だらけだし、弱い霊なのかなって思ったんだが、陸華に聞こえないってことは、霊じゃねぇんだよな」
陸華の質問に答える典華の表情は引きつっていた。
愛華は私の言葉を一言一句すべてわかるが、典華は単語だけ分かるんだな。
「て事は、死神とか、そっち系、、、?」
典華の顔には不安と焦りと恐怖が滲み出ている。
「お、俺、そういうの駄目なんだけど、、、」
幽霊は大丈夫なくせに、死神とか悪魔とかは駄目なのかよ。
思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
「死神じゃねぇよ!」
死神だなんて不気味な者と言われて少し腹が立ってしまった。
「うわぁ!また聞こえた!!」
典華は驚き散らかしている。そんな典華を見て陸華も驚いている。
「あ、愛華呼ぼう!そうしよう!」
そう典華は叫び、陸華の手を握って船に乗って本土へと向かってしまった。
私も、陸華の手を握ってみたい。彼女と話がしてみたい。なのに、どうしてこうも上手くいかないのか。
先程まで賑やかだった船着場には、季節外れの冷たく寂しい風が吹き込んでいた。
最近、どんどん霊達も成仏していっているから、此処も、随分寂しくなってきている。
此処には地縛霊が多く居てね。その内の一人は、私の声が聴こえないくせに、いつも話しかけてくるんだ。その子とも、私は話してみたい。
あ、今日もあの子は私に話しかけていているようだ。
「軍艦島さん、こんばんは」
楽しそうに挨拶をしてくるこそが、いつも私に話しかけてくる子だ。
「こんばんは、愛理ちゃん」
声が届かないのも理解している。だが、応えずにはいられない。
「今日は、綺麗な三日月だね」
空で輝く月の話を今日はしてみた。
「…昨日はね、陸華さんが来たんだよ」
やっぱり、この子には、私の声は届かないようだ。
「今日も陸華さん、すんごく寂しそうだった。私、な~んにもできなかった」
少ししょぼくれたように愛理は体育座りをする。
こんなに寂しそうで悲しそうな少女を目前にすると、頭でも撫でて慰めたいと願ってしまう。
だが、私は軍艦島そのもの。この子の頭を撫でる手なんて無い。
長い沈黙が流れた。これもいつもの事だ。愛理はまだ幼い少女。昼間も活動しているのだから、疲れて、この時間には寝てしまう。
幽霊に眠気があるのかと問われると色々と不明だから、触れないでくれると嬉しい。
いつも、いつも、願ってしまう。決して、叶わぬものを願ってしまう。
「私は、強欲だな」
私の独り言が静まり返ったこの場所に木霊する。
また、夜が明けようと日が昇り始めた。
そういえば、昨日、典華が愛華を呼んでくるとか言ってたような気がする。今日は、愛華に会えるだろうか。
時間はゆるゆると流れて行く。
此処は、人っ子一人居なくなった時から、一切風景が変わっていない。
いや、少しは変わったな。建物が蔦だらけになり、劣化により崩壊したりはしていた。
悪い方にばかり転がって行っている。
此処が壊れて行くたびに、私の中のナニカも壊れて行ってしまうような気がする。
最近は、此処が活気で溢れる前の事が思い出せなくなっている。
此処の地縛霊達、みんなが居なくなって、建物も崩壊して、本土の人達の記憶も薄れて、そうなったら、私はどうなるのだろうか。
きっと、私が意識を手放して、ただの軍艦島になったとしても、気付く者は愛華ぐらいだな。もしかしたら、愛華も忙しいから、私の事なんて、忘れてしまうかもしれない。そうなると、悲しいな。
そんな暗い事を思考していると、いつの間にか船着場に船がある。あの船は、愛華のプライベート用の船だ。