すぐに買い物を終えた彼は、何やら沢山買い物したビニール袋を後部座席に置き、私にスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。
「あと、こっち向いて。気休めだけど」
車内ライトをつけた尊さんは、私の額に冷感ジェルシートをぺたりと貼った。
「ありがとうございます」
スポドリを飲もうとしたけれど手に力が入らないな……、と思っていたら、尊さんがヒョイと私の手からペットボトルをとり、キャップを開けてくれた。
「ありが……」
「当然の事をしてるだけだから、お礼を言わなくていいよ」
尊さんは私の頭をクシャッと撫でたあと、またハンドルを握って車を発進させる。
私は冷たいスポドリを飲んだあと、しばし目を閉じてシートにもたれ掛かっていた。
やがて、尊さんがポツリと言う。
「……前に昔の事を話してくれたろ?」
ノロノロと彼を見ると、尊さんは前を向いたまま淡い笑みを浮かべていた。
「俺が墓参りをして、六本木の駅で潰れてた時、朱里が介抱してくれた話」
「ああ……、はい」
「あの時、吐いてとんでもない醜態晒したのに、朱里はそれを逆手に取らなかった。世の中には色んな奴がいて、誰かに恩を着せたら金や何かしらの礼を望む奴がいる。なのに朱里は黙って世話を焼いて、そのあとも名乗り出なかった。六日にあの話を聞いたあと、心の底から『信頼できる子だな』って思ったんだ」
当時は半ばやけくそになって介抱しただけだけど、尊さんにそう思われていたとは知らず、ちょっと照れくさくなる。
「その前から朱里を見守って大切にしたいと思っていたけど、ますます『大事にしよう』って思えた。……だから俺も、朱里が体調を崩したらどんな事だってする」
愛情深い言葉を聞いた私は、無言で涙を流す。
弱っている時にここぞとばかり優しくするの、ずるいな。ますます好きになっちゃう。
「私……」
かすれた声で何か言おうと思ったけれど、尊さんは左手でそっと私の腕に触れてきた。
「悪い。無理して話さなくていいと言っておきながら、話しかけちまったな。あとで楽になったらじっくり話そう。今は声を出すのもつらいと思うから、休んでいてくれ」
「ん……」
彼の厚意に甘え、私は目を閉じてシートに身を預ける。
そのあと病院について診察を受けたあと、インフルと診断された。
インフルの薬や解熱剤、ついでに鎮痛剤ももらったあと、私はまた尊さんの車に乗って三田に向かう。
二十二時過ぎにマンションに着く頃には、熱は四十度近くまで上がっていて、息も絶え絶えな感じになっていた。
「空腹で薬飲むの良くないから、とりあえずうどん食え」
そう言って、尊さんはコンビニで買ったらしい、アルミの容器に入った鍋焼きうどんを作ってくれる。
「……食べたくない……」
「あとで何でも言う事聞くから、頼むから食え」
「うー……」
私はおでこに冷感ジェルをつけたまま、ノロノロとお箸を手に取ってうどんを食べ始める。
熱々のままだと猫舌な私が食べづらいと思ってか、うどんはスープ皿に移されてあった。
尊さんは自分のご飯をどうするんだろう? と思っていたら、町田さんが作り置きした物を温めている。
「食べるか?」
京風の煮物やほうれん草のごま和え、豆腐ハンバーグを見せられたけれど、私は「んーん」と首を横に振った。
いつもなら喜んで食べていたけれど、今は喉を通りそうにない。
なんとかうどんを完食して薬を飲んだあと、歯を磨いてからお手洗いに行き、ベッドに潜り込んだ。
保冷剤をタオルで巻いた物を頭に乗せると、ちょっと楽になったように感じる。
「おやすみ。仕事は一週間は休めよ。熱が下がっても感染力が低くなるわけじゃない。朱里が仕事に責任を持ってるのは分かるけど、他の人のためにも休んでくれ」
「……はい」
部長としてハッキリと言われ、私は頷く。
「……せっかく実験室使う段階になったのになぁ……」
ボソッと呟くと、尊さんが頭を撫でてくる。
「これが最後じゃないだろ」
言われて、私は小さく頷いた。
「あと、これ」
チリンと音がしたかと思うと、尊さんはポケットから小さなベルを出して枕元に置いた。
「フェリシアに音声で命令出すのもしんどいと思うから、何かあったら鳴らしてくれ」
私用の部屋には、いつの間にか尊さんがスマートスピーカーを設置してくれていた。
でも確かに今の声だと命令するにも不明瞭な声しか出ないので、最悪【すみません、何を言っているのか分かりません】と言われてしまう。つらすぎる。
コメント
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ああー、ミコティの愛が欲しい😍(笑) (何人の人がそう言うだろうか?(笑))
甲斐甲斐しいのに甲斐甲斐しくない、絶妙の尊さん。愛がいっぱい見えるよ❤️