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「はぁ…ふぅ……」
「………………」
パフィが膝をつき、ミューゼが倒れている。
課題である泡の破壊は順調に進み、ほぼ全ての泡を壊す事に成功していた。近接戦闘で動きなれているパフィはともかく、全力で殴らないと泡を割れないミューゼは、終わり頃に動けなくなって突っ伏しているのだが。
訓練所に撒かれた泡の数は、残り1つ。
『ふぅ…たーっ!』
ぽよん
泡を壊そうとしているのは、もちろんアリエッタ。1つ目の泡を壊す為に、棒を使って何度も何度も殴りかかっていた。しかし非力な為、全く壊れる気配が無い。弾いた泡は少し離れ、それを追いかけてまた殴るのを延々と繰り返している。
「あー……根性は認めるがな……どーすりゃいーんだコレ」
(どうしよう……疲れたけど、ぽよぽよしてて楽しい)
アリエッタの力で割れないという事は、泡を作り出したバルドル本人が一番よく分かっている。すぐに飽きるだろうと放置していたが、その気配は全く無い。このままでは少女が頑張る限り、次に進めない。本来ならば「だらしねぇな!」と罵倒して、中断させ、次のプロセスで鍛え直すなどの処置をする。しかし、やる気と根性のある者を中途半端に終わらせるのは、バルドルの美学に反してしまう様で、アリエッタを止めるかどうかで真剣に悩んでいた。
さらに離れた所では……
『きゃーアリエッタがんばれー! えへっふへへへ……』
(どどどどどうしよう……助けてミューゼさん! なんかエルさんがおかしな事になってるよ!)
エルツァーレマイアがだらしない顔で大はしゃぎしていた。その目には、一生懸命なアリエッタしか映っていない。泡を叩いては追いかける姿を見て、大興奮しているのだった。
その隣では、妙な興奮のしかたをする母親に恐怖を感じ、泣きそうになっているネフテリアが、祈るように倒れているミューゼを見ていた。
『~~~もう我慢出来ないっ!』
「へ?」
突然エルツァーレマイアが立ち上がった。
『アリエッタぁ!』
「えっちょっエルさん!?」
そのままアリエッタに向かってダッシュ。
『ママ?』
「お、なんだぁ? ついに保護者登場か?」(助かったぜ。このガキあっち連れてってくれ!)
内心喜ぶバルドルだったが……
『がんばれー! おいかけろー♪』
エルツァーレマイアはアリエッタの近くで応援を始めてしまった。そしてちょっと照れながらも頑張るアリエッタ。
連れて行ってくれる訳ではないと悟ったバルドルは唖然とし、固まってしまった。
『うーん、楽しくて気にしてなかったけど、壊れないなぁ。どうすればぱひーみたいに壊せるかな?』
『あ、壊したかったのね。私なら彩の力でいけると思うけど、アリエッタはそういう壊せる色って作れる? その棒に何か絵を描くのかしら?』
ついに泡を壊すという発想にたどり着いた。能力の事をすっかり忘れていたアリエッタは、持っている棒と泡を見比べて、頭を捻る。
「へうぅぅ……アリエッタのお陰でだいぶ休め……どうしたの?」
「ミューゼ、起きてたのよ? アリエッタが筆を持ったのよ。そういえば能力って使えるのよ?」
「さぁ……ねぇくみ…じゃなかった、バルドルさん。あたし達も魔法とか使えるの?」
「あん? たりめーだろ。てめーらの夢じゃねーから好き勝手できねーだけで、元々出来る事はちゃんと出来るぞ。ここに来るまでに試さなかったのか?」
言われてネフテリアはハッとした。
ドルミライトに触れるまでは、世間話をする事とアリエッタを愛でる事に集中しすぎて、誰も現状を試そうとはしていなかった。エルツァーレマイアの登場というイレギュラーも混乱に拍車をかけていたが、冷静さと対応を忘れていい理由にはならない。
「たるんでんじゃねーぞコラ。未知のリージョンを調べるのに、そんなんでいーのか、アァン?」
「うぐ……」
ぐうの音も出ない程の正論で、口の悪さにイラつく事も出来ないミューゼ達。
ドルネフィラーの様な特殊極まりないリージョンはそうそう無いが、その環境によっての可不可な行動や適否な行動などが必ず生じる。それを確かめるのも調査のうちなのである。
そんな基本的な行動を忘れていたシーカー2人は、バルドルがどうして組合長の座に収まったのか、その片鱗を垣間見て納得していた。
「いつも襲い掛かってくるだけの変態だと思ってたのに……」
「なのよ」
「あんだとコラァ!」
そんな話をしている間にも、アリエッタが棒に色をつけていく。
大部分を銀色に塗り、3割程の長さだけ黒くして、艶のある模様をつけていく。その見た目は金属の棒。
『それはどうやって使うの?』
『えっと、ここに描いたスイッチを押して殴るだけ。さっそく使ってみるね』
アリエッタは立ち上がり、棒を構えた。スイッチの絵に触れると、小さくパチッという音が聞こえた。
「今度は何を作ったのかしら……」
「ンだありゃ?」
ギャラリーが見守る中、アリエッタは棒を軽く振りかぶる。
「そんな軽い振り方で、俺の泡が壊れるわけ──」
『ほい』
パチッ
振り降ろされた棒が軽く触れるだけで、泡は変形すらせずにあっさりと割れてしまった。
「……あ?」
「はぁ……今度は何なのよ?」
何も知らないバルドルは茫然とするが、ミューゼとパフィは既に諦め顔。というより、何が起こってもとりあえず受け入れておこう…という考えになっている。
アリエッタの横では、エルツァーレマイアが嬉しそうに拍手。どうやらアリエッタがちゃんと出来た事が嬉しいようだ。
『凄いわねー。それってもしかして電気ってやつ?』
『うん、実際に見た事は無かったけど、写真やマンガでこういうのあるって知ってたから』
アリエッタが棒に描いたのは、電撃で生物の意識を奪う非殺傷武器『スタンロッド』である。棒の形状にそれらしいと思う絵を描いて、その効果を実現化していた。これならば力も要らず、ただ振り回すだけで身を護る事も出来る。
新しい物を作ってさらにワクワクしだしたアリエッタは、スタンロッドを持ってバルドルの元へと駆け寄った。
「くそっ、なんなんだこのガキは……やんのかテメェ!」
『!』(今の……そんでもってこれはファイティングポーズ? そうか、なるほど!)
テンションが上がったアリエッタは、バルドルから色々と学ぼうとしていた。
顔こそ怖いが、アリエッタにとってのバルドルは、強くてカッコいい面倒見の良いおじさん。今回も優しく何かを教えてくれるのだろうと勝手に思っていた。
バルドルは顔とポーズで威嚇をしているが、強面でも懐くアリエッタには全く効果が無い。むしろ逆効果になっている。
(この人、大事な事は大きな声で言ってくれるんだな。やっぱりしんせーだ。前はもうちょっと大きくなかったっけ?)
アリエッタは、このバルドルが過去のバルドルだとは知らないが、声と顔で同一人物だと確信していた。元々何度も会っている訳ではないので、そこまで詳しく姿を覚えていないのである。
そして名前を教えてもらった時と同じで、大事な事は強調して言う癖があるのを見逃さなかった。その事自体は間違いではないのだが……。
(思えば最初は森で狂暴な生物からみゅーぜを守った時に怪我をした。ここは異世界だから、他にも危ない事があるのかもしれない。街中でも大怪我してた事もあるし、しんせーはそういう時の為に特訓してる人なんだ)
アリエッタは今までの事を思い出す。
エルツァーレマイアから教えられた通り、ここは沢山の異世界を渡り歩く世界。巨大生物に襲われて危ない目にも遭った事がある。それを考えれば、戦う力は生きる力でもある。
今の自分には出来る事は少ないかもしれないが、将来の為に学ぶ事はいくらでもある。目の前の相手はそれを厳しめに教えているのだと考え、バルドルをさらに尊敬し始めた。
言葉が通じないのにしっかりと教えてくれるその姿勢に報いる為、そしてこれからもミューゼ達と一緒に生きる為、力と知識をつける事を、改めて心に誓う。
(ここは教えてもらった事をすぐに実践すれば、きっと教えてくれた本人も満足する。しんせーの教えを無駄にするな、今こそ勇気を出して相手の誠意に答える時だ、アリエッタ!)
アリエッタはバルドルの目を見つめ、覚えた言葉を口にする!
「やんのかてめー!」
その途端、沈黙が訓練所を支配した。だれもいない時よりも静かだと思えるような、そんな空気が立ち込める。
しかしそれも一瞬の出来事。言葉を覚えてドヤ顔になっているアリエッタを横から見ていたエルツァーレマイアが拍手を始めた。
『よくやったわアリエッタ! また1つ、こっちの言葉を覚えたのね!』
『にへへ……♪』
とても嬉しそうな親子の姿が、周囲の沈黙も一気に解かした。
「いやああああ!! アリエッタちゃんそんな汚い言葉覚えちゃだめえぇぇぇ!!」
「ちょっとちっちゃい子に何教えてるのよ!」
「最悪よ! やっぱりアンタ最悪よ!」
ミューゼ、パフィ、ネフテリアが慌て、怒り、そしてバルドルに詰め寄る。
「ちょっと待て! 俺悪くねーだろ!? そいつが勝手に──」
『知るかあああああ!!』
どべしゃごおぉぉぉん
泣きながら駆け寄ってきたネフテリアを含め、3人の本気の攻撃がさく裂。バルドルは天井を突き破り、天高く吹っ飛んだのだった。