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「ったく、ほんとヒヤヒヤさせるよな。クイーンから、幻覚症状を見たとき効く薬をもらってきていてよかったぜ」
「……あ、ああ、ありがとな。綴。でも栗花落先生が何で?」
「クイーンは子供に弱いんだ。特に、僕みたいなかわいそうな子には」
と、栗花落先生にもらった薬を飲みながら俺は綴に尋ねた。
何でも、栗花落先生が暗殺者になったきっかけは、弟が殺されたからだそうで、アレルギー持ちの弟に、家族ぐるみでアレルギー源を食べさせて殺されたとか。そこで、アレルギーという毒を飲ませた家族への復讐心から、家族を毒殺し、そして殺しの快感に目覚めてしまったらしいと。そこで、先生に拾われて、毒の研究や毒殺の技術を磨きながら、ちゃんと教育実習の単位を取ろうとしていたのだと。それは、先生との出会いをきっかけとし、また弟みたいな子が学校でいじめられないようにとするためだったらしい。アレルギーへの理解が薄い人たちから守るために。
そんな綴と栗花落先生のつながりを教えてもらい、ようやく落ち着いた俺はもう1度空澄に謝った。
「悪かった、錯乱していたとはいえ、お前に」
「気にするなって! 俺様、生きてるだろ? それでいいじゃん」
と、ケロッとしたように言うので、もう少しは危機感持ってほしいとも思った。だが、それが空澄だと俺も笑ってしまう。
そんな風に笑いあっていると、綴が懐からサバイバルナイフを取り出し、一気に緊張感が戻ってきた。殺気を感じたからだ。
(……刺客、か?)
空澄家の地下にこんな広い空間があったため、人がいてもおかしくないと思ったが、ただの研究員や人が放てるような殺気ではなく、暗殺者独特のプレッシャーだった。それも、これまで感じたことないようなもの。
俺は、空澄を下がらせ、暗闇を見据える。暗闇からゆらゆらと揺らめく炎のように現れたのは、黒いローブをかぶった顔を白と黒の下面で覆った奴だった。
「……Kか」
「K? じゃあ、あいつが最後のアミューズの刺客か!?」
綴がつぶやいたそれを拾い上げて、俺は目の前に現れたやつを見る。Jである綴、Qである栗花落先生……その上を行く暗殺者K。アミューズの最後の刺客であり、最強の刺客でもあると思った。俺達と同じ暗殺者。
(どうする? 空澄を庇いながらこいつと戦うのは危険すぎる……だが)
空澄は震えも恐怖を感じてもいないようだった。けれど、命の危険に立たされていることには変わりなく、どう空澄を守るか考えた。すると、Kはひょいひょいと、自分の後方を指さした。
「先に行けって……?」
「空澄?」
「多分、そういってる。俺様先に行かなきゃ。きっと待っている人がいる」
「お、おい罠って可能性も!」
俺の言葉を無視して、空澄はKの横をかけていった。その間Kは空澄に一切手を出す様子もなく、ただ通り過ぎるのを見守ると、俺達と向き合った。きっと、空澄なんていつでも殺せるだろうというのの表れか。それとも……
(まあいい、これで気兼ねなく殺りあうことができる)
障害がなくなり、俺と綴は低く構えて戦闘態勢に入る。拳銃の中には銃弾が4発。そして、右手にはナイフを。ライフルバッグを背負っているため多少スピードは落ちると思うが、俺と綴と連携すればどうにかなるだろうと思い、綴と目配せする。Kは何も持たず両手を広げていた。よほど自分の戦い方に自信があるのだろう。
「綴、前に出すぎるなよ」
「それは、できない相談だぜ、梓弓!こんなに強い奴と戦えるのは初めてで、加減間違えそうだ!」
と、綴は飛び出し、投げナイフを三本投げそのまま突っ走る。真正面からの攻撃、そして背後にきれいに回るが、ナイフは全ていつの間にか手にしていたナイフによって弾かれ背後に回った綴を回し蹴りで壁へと吹き飛ばす。がっ! と綴は短くうなった後、地面に力なく倒れたが、そんなこと気にしている暇もなく、Kの攻撃が飛んできた。
(蹴り……の一つ一つに無駄がない。遠心力でその力を落とさず振り下ろしている)
両手で何とか頭上から振り下ろされた蹴りを受け止めたが、もし食らっていたらと考えると、きっとただでは済まなかった。そうして、俺は横に転がって、1発銃弾を放つ。それすら、スッと交わしたKのローブに穴が開く。仮面を付けながらも呼吸が乱れる様子がなく、それどころか、俺たち2人の動きも見切っているようだった。綴の再び背後から回った攻撃も受け流され、地面に落ちたナイフのトラップも避けられた。暗殺者として格が違う。
(どうすれば勝てる? そもそも、こんな奴にどうやって)
相手の攻撃をかわしながら考える。交わすだけで精一杯なのに、どう反撃すればいいのだろうか。さすがKということだけあって強い。それも、その強さは何十年も暗殺者をやってきたような熟練された動きだった。数年の俺達がかなう相手ではない。
だが諦めれば殺される。そう俺は、二発、三発と撃った。そのどれもが交わされ地面に穴をあける。残りは一発。
狭い視野で、銃弾を交わし、背後の綴の気配に気づくような相手、銃弾も残り一発……ナイフの刃も欠けている。綴は、何度蹴られ、みぞおちを殴られようとも立ち上がった。俺のことを信じているからか、それともただたんに負けたくない性分なのか、何度も諦めずに立ち向かっていった。俺も、そんな綴を見習い捨て身で向かっていく。先ほどの攻撃でひびの入った仮面にストレートを打ち込む。すると、Kはよろけ、顔を隠そうとした。手で覆われた顔、黒い手袋の隙間から見えた瞳の色に見覚えがあった。
(もしか、して……)
そう俺がためらっていると、捨て身で向かっていった綴がKを押さえつけ俺に向かって叫んだ。
「梓弓、そのまま撃て!」
綴の声に後を押さえ構えた拳銃はKの心臓のちょうどすれすれを狙い、俺はその引き金を引いた。
パンッ――――
と、乾いた音と銃口から青い煙が出、Kは力なくその場に崩れ落ちた。鮮血がぽたりぽたりと地面を染める。
「さーて、Kの顔を拝ませてもらおうとすっか……ッ!?」
「……」
意気揚々と、Kのローブを強引に脱がせた綴はローブの下から露になったKの顔に絶句する。ローブが脱がされ目に飛び込んできたのは、黒髪に白髪が混ざったまだ色の髪に、やさしくも鋭い空色の瞳だった。
「……せん、せい……?」
Kの正体は、俺達を暗殺者として導いてくれた、先生だったのだ。
「は、はあ!? 何で、先生がKなんだよ。何かの間違いじゃ……」
「いいや、間違いじゃない。栫泉。それに、梓弓は気づいたんだろ、俺を撃つ前に」
ほんとなのかよ、梓弓! と俺は綴に胸ぐらをつかまれた。綴もこれは予想外だったようで、自分の恩師を自分たちの手で追い詰めてしまったことに初めて罪悪感や焦りを抱いているようだった。俺は、それを一周通り越して先生を見る。俺と同じ、空色の目は、だんだんとその色と光を失っていく。きっと、助からないんだろうな……と悟ってしまった。
「何で、先生がこんなことを?」
「栫泉に言ってもらった通り『最後の授業、課題』だ。俺を倒し、越えて行けっていう課題だ」
と、先生は口にたまった血を吐き出しながら言った。
こうして先生と面と向かって話すのはあの日以来だろうか。感情がぐちゃぐちゃになっているのに、妙に落ち着いている自分もいて、本当に怖かった。まるで、普段通り暗殺者として依頼を遂行しているときと同じように。
綴は、かなり動揺していて俺をつかんだまま先生を見ていた。先生は、そんな俺達にふっと口の端を上げ笑うと、ゆっくりと顔を上げた。
「梓弓、さっき見た幻覚。大丈夫だったか?」
「クソ親父のか? あ、ああ……まあ。でも、先生のこと思い出して、何となく。それに、過去のことだって割り切れたし」
「そうか。梓弓は……本当の父親を知りたいとは思わないか?」
「本当の?」
先生が真剣な顔をして、いきなりそう言いだしたので、俺はなんて答えるのが正解なのだろうと、開いた口がふさがらなかった。何故先生が、俺の本当の父親を知っているのか。本当の父親が誰なのかは元から気になってはいた。だが、大して重要じゃないような気がして、そして、どうせ俺を捨てたのとも同じ本当の父親のことなんて知る価値すらないのではないかと思った。知ったところで、捨てられた事実には変わらない。
俺は、そう言おうとして口を開いたが、一度立ち止まり口を閉じた。先生は俺の様子をじっと見つめた後、俺の名前を呼ぶ。
そう言えば、先生のことは何も知らなかったなと、本当の名前も苗字も、俺に「鈴ケ嶺」と苗字をくれたのは先生だったが。
「梓弓聞かなくていいのか?」
「何で?」
「どんな野郎かは知らねえけど、生きてるかもしれねえだろ。自分を地獄に落とした相手のこと殴りたいとか思わねえのか?」
と、綴が俺の服を引っ張った。
今更復讐とかそういう柄でもないことを俺はわかっている。殴ったところでこの鬱憤が晴らされるわけでもないのにと。
「今しか、俺は答えてやれないし、教えてもやれない。梓弓、どうする?」
そう、先生も畳みかけるように言った。二人して何なのだと。
でも、聞かなくても大体答えがあっているような気がして、解答用紙に書いた答えの答案は欲しいような気もした。
俺は、少し考えた後小さく頷いた。
「先生は、俺の出生の……本当の父親のことを言って何がしたいつもりだ? それに、Kなんて、アミューズに入ってたことも。俺が、空澄と友人だって知っていただろ?何で」
「だから、逃がしただろう。元々俺の仕事は、お前の友人をアミューズのボスに受け渡すことだった」
「だから、何で――!」
最近いなかったのは、アミューズと連絡を取り合っていた為かと、隠されていた悲しさに怒りが湧いてきた。先生は俺の味方じゃなかったのかと、裏切られた気持ちにもなった。そんな俺の心中を察してか、先生は首を横に振った。先生の口癖の「俺は、中立だ」と口にして、俺と綴を見る。まるでそれは、子供たちの巣立ちを見守る父親のようなものだった。
(……許せるのか?俺は)
裏切られた気持ちは、すぐには立て直せない。先生だけは隠し事をしないと思っていたからだ。だから今回のことはショックだった。銃口を向けるまで、先生と気付かなかった自分も不甲斐ないが。
「梓弓と空澄家の息子の囮は、出会うべくして出会ったんだ。それも、運命か……俺が、空澄家の闇を知って、とある研究をしていたからか」
「おい、何言って」
「アミューズに入ったのは、その罪滅ぼしのため。アミューズのボスは、空澄家に強い恨みを持つものだ。その原因を作ってしまったことに対する罪悪感は半端ない。俺だって良心はある」
と、先生は言うと消え入るようにふうと息を吐く。
いったい先生は何を知っているんだろうかと。隣の綴は何を言っているのかさっぱりといった感じに首を横に振っていたが、俺はそれよりも先生の話に聞き入っていた。
(俺と、空澄が出会うべくして出会った? 運命?)
そんな安い言葉で片付けられては困ると思うと同時に、それを否定したかった。もしどんなふうに出会っていても俺達は今の関係になれたと、そういいたい。
先生は、それじゃあ本題に入ろうか。と、口を開くと、その空色の瞳で俺を見つめ、口を開いた。
「梓弓、お前の父親の名は、『鈴ケ嶺道弓《すずがみねみちゆみ》』……俺の名前だ。俺が、梓弓、お前の本当の父親だ」