テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「今の時代、ダイエットやストレッチのアプリなんていくらでもあるだろう。仕事が終わって、晩飯を食べた後の数十分くらいなら、恋にも時間は作れるはずだ」
「確かに、そうですけど……一人だとつい甘えちゃいそうで……」
「ならまずは10日、次に20日。目標として30日は続けてみるんだな」
「い、1ヶ月も……?!」
絶望的な顔をする俺の視線を真っ向から受け止め、尊さんは不敵に口角を上げた。
「いい男になりたいんだろ?」
「……!」
その一言は、どんな熱血指導よりも俺の胸に突き刺さった。
「……まあ、もし30日、一日も欠かさずに筋トレを継続できた暁には……なんでもひとつだけ、お前の言うことを聞いてやってもいい」
「な、なんでも?! 本当に何でもいいんですか?!」
「ああ、俺にできることならな。どうする? 諦めるか?」
「やります、絶対!! 何が何でも完遂してみせます!!」
尊さんの提案に、俺はガバッと跳ね起きるようにして前のめりで返事をした。
あまりの食い付きぶりに、尊さんは「単純な奴だ」と呆れたように肩をすくめたが
その瞳の奥にはどこか楽しそうな、慈しむような光が宿っている。
俺が「ご褒美」をぶら下げられると伸びるタイプなのを、この人は完全に見抜いている。
扱いづらい俺の性格を手のひらで転がすように操るあたり、やはり尊さんは底が知れない。
「いい返事だ。その意気込みを忘れるなよ。……よし、休憩終わりだ。続きを始めるぞ」
「はいっ! お願いします!」
それからさらに数時間、尊さんの愛のムチ(物理)は続いた。
全てのメニューが終わった頃には、窓の外の陽光はオレンジ色に染まり、時計の針は午後3時を過ぎていた。
「よし、今日はここまでにしよう。よく動いたな」
「ふう……っ、あ、ありがとうございました……!」
◆◇◆◇
「つ、疲れた……死ぬ……」
マットの上に大の字になったまま、俺は消え入りそうな声でこぼした。
「まぁ、お前にしては頑張った方だろ」
すぐそばで聞こえた尊さんの声には、呆れ半分、けれどどこか満足げな響きが混じっている。
「で、ですよね……!」
その一言だけで、単純な俺の心にはパッと灯がともる。
夕暮れ時のリビングには、オレンジ色の柔らかな光が差し込み、二人の影を長く伸ばしている。
「でも、ちゃんと運動するとこんなに気持ちいいんだなって……」
そうぼやきながら、体を起こした。
すると、尊さんが「だろ?」と笑った後に
「少し待ってろ」と軽く俺の肩を叩き、キッチンへ向かっていくのが見えた。