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「それにしても、天魔さんってどんなカタブツ女でも堕としちゃうんですよね? だったらうちの旦那みたいな、ひ弱で流されやすい男を言いくるめるのなんか、朝飯前だと思うんです!」
「なるほどね。因みに沙耶チャンは、旦那を破滅させるっていうけど、どういう感じで考えてるの?」
彼の鋭い目が私を射抜く。ちょっとドキっとして私はカクテルをひとくち飲んで、慎重に答えた。
「やっぱりお金がらみがいいかと思います。投資でかなりの損失を出させるとかどうでしょうか! それで、会社のお金を横領してしまうようなシナリオがいいと思うんですけど」
「そんなぬるい方法のでいいの?」
「いや、けっこう強烈だと思うんですけど……」
「こういうのはどう? 旦那を天魔が堕とすんだよ。本気で。旦那を天魔に惚れさせる」
「え!?」
いや、旦那、男……ですよ?
「そんな……いくらなんでも無理ですよ」
「それをやるのが天魔だよ」
神威さんの容赦なく鋭い目をした顔を見てぞくっとした。
「沙耶チャン。天魔ってトコトンやる男なんだ。そんなヤツが中途半端なことをすると思う? 堕とすって、そういうことだよ。男が男に堕とされるなんて、最高の屈辱だろう?」
神威さんは口元を緩め、不敵な笑みを浮かべる。
「私は天魔さんがどんな方かは知らないのですが、たしかに普通に慰謝料を取って離婚するなら、彼に依頼しなくてもいいお話ですよね」
「ああ。天魔は、本気で人を堕とすことを楽しむ男なんだ」
「本気で人を堕とす……」
ちょっと背筋が寒くなるワードに思えた。
「そう。心も身体も、相手のプライドすらも奪う。つまり、人の人生を奪い取るような男だよ。そんな男に沙耶チャンは、高い金を払って依頼しようとしているってワケ」
神威さんの目は深い確信に満ちていた。
「でも、夫を堕とすなんて、そんなことできるのですか? 相手は男ですよ?」
私の問いに神威さんは肩をすくめてみせる。
「見届けたいなら賭けてみようよ。天魔が君の依頼を引き受けるかどうかをさ」
「賭けですか……」
「そう。もし天魔が君の依頼を引き受けるなら俺の勝ち。もし断ったら君の勝ちってことで、どう?」
私はすぐに返答ができずに俯いた。神威さんはさらに一歩踏み込んで続ける。
「もし君が勝ったら、沙耶チャンがこれからエンビルに来る飲み代を全部タダにしてあげる。俺の勝ちなら……君が本気で天魔に依頼して、容赦なくクズ旦那に復讐をすることを約束してほしい」
神威さんの目が鋭く私を見つめる。私は自分の胸に手を当てて、小さく深呼吸した。
「……わかりました。賭けます」
「なら、天魔が依頼を受けたら、シナリオのタイトル変えなきゃな。『別れさせ屋(男)に夫を堕とさせました』これでどう?」
「――!!」
ぞくり、とした。
面白い。そのタイトルだけで中を見たくなる。
これは――いける!!
「いいと思います。インパクトもあって、最初のタイトルや内容より、ずっと面白くなりそうです!」
私の答えを聞いて、神威さんはゆっくりと微笑んだ。その笑顔にはどこか勝ちを確信した余裕があるように思えた。
それから何日も経ったのに、天魔から連絡は来なかった。毎日が途方もなく長く感じられた。
1週間くらいなら残業の嘘はつけるけれども、それ以上となると厳しい。いつ会いに行っても天魔はいないので、焦燥感が日ごとに強まり、神威さんに何度もメッセージを送ってしまった。
しかし返事は「もう少し待って」というばかりだった。
涼二がまた嘘をついて家を空けたので、その夜は閉店まで粘った。でも、天魔さんは現れなかった。
(もしかして、天魔なんて男は実在しないのかな)
SNSの都市伝説だったりして。今日、エンビルに行っていなかったら、諦めようかな。
でも、もし実在したら?
モモンガのアカウントを見ると、無事に離婚が成立した、と喜びのメッセージが書かれているから、嘘ではないと思いたい。彼のように私も涼二と離婚して、理咲との仲をぶっ壊してから人生やり直したい。
そうよ。ただ離婚するだけじゃ腹の虫がおさまらない!
それにもし天魔に会えなくても、自分で証拠集めて、社会的抹殺の方法も考えてみよう。やっぱり脚本は自分で書かなきゃ面白くない。
神威さんなら、なにかいいアイディアくれるかも。
私は仕事をさっさと終わらせ、エンビルに足を運んだ。
「また来たの?」神威さんは冗談めかして呆れ顔で迎えた。
「はい。天魔さんからの連絡はまだですよね?」
神威さんはシェイカーを振りながら、穏やかにこちらを見つめた。
「そうだね。連絡はまだない……というより、連絡は来ないと思うよ」
彼は微笑みながら静かに言った。
「え……?」
胸の奥がずきりと痛んだ。やっぱりだめだったの? と落胆が顔に出てしまう。私は神威さんに救いを求めるように口を開いた。
「私が、だめだったのでしょうか。やはり、夫と愛人を別れさせるなんて無理なお願いをしたから……」
「そうかもね。賭けは沙耶チャンの勝ちだね。残念」
淡々と言う神威さんを見て、すごくショックだった。やっぱりこんな無理なお願いなんか、聞いてもらえるわけないか。
「仕方ありませんね」
「あれ、簡単にあきらめるの?」
「いえ、他力本願だったな、と反省したところです。自分の夫ですから、自分が復讐しなきゃいけませんよね」
「まあ、そうだな」
神威さんの言うことは正しい。残念だけど、この結果を受け入れるしかないよね。
「実は私、考えてみたんです。これだけ会えないってことは、きっと、彼は私に会いたくないんだろうなって」
「ふうん。でも、もし俺がわざと情報をストップしていたらどうするの?」
「神威さんはそんなことしません」
「どうしてそう言い切れる? 君と俺はまだ出会ったばかりなのに」
挑戦的な態度で神威さんは聞いてくる。
「私の話を、笑いもせずにちゃんと聞いてくれましたから」
私は真剣に伝えた。「だから、あなたが私に対して嘘をつくメリットもありませんし、仮にそうだとしても、私はとても救われたんです。ここに初めて来た日、夫のひどい裏切りを知って、絶望で死にたいとさえ思っていた時でしたから。神威さんに話を聞いてもらって、すごく、心が軽くなりました。だから感謝しています」
「ただお喋りしただけだよ」
「でも、一緒になって怒ってくれました。私は嬉しかったです」
笑顔で心からの本音を伝えた。なんか会えないってちゃんと納得したら、吹っ切れた!
これからは自分で頑張ろう。
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コメント
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第3話、読み終えました。「男を男が堕とす」って神威さんの提案、めちゃくちゃゾクゾクしました……! 沙耶が「自分で脚本を書かなきゃ面白くない」と吹っ切れたラスト、胸が熱くなりました。次が気になる!