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図書館の隅
西日の差し込む窓際で小林多喜二は激しく咳き込んだ
「………っ、ごほっ………はぁ」
口元を抑えた掌からハラリと白い花弁がこぼれ落ちる
それは春を告げる白梅だった
「またか…………」
自嘲気味に呟き、多喜二は卓の上に散った花弁を素早く紙に包む
花吐き病
想い人に触れたい、けれど叶わないという渇望が肺の奥で種を宿し花を咲かせる
多喜二にとってその相手はあまりにも眩しく遠い存在だった
「多喜二、そんなところで何丸まってるんだ?」
聞き慣れた凜とした声
多喜二が肩を跳ねさせて振り返るとそこには腕を組んで首を傾げる志賀直哉が立っていた
「直哉サン…どうしてここに」
「武者が美味しいお菓子があるからお前を呼んでこいとうるさくてな」
志賀は迷いの無い足取りで近づくと多喜二の顔を覗き込んだ
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「いえ、何でも……っ!!」
言いかけた言葉がせり上がる熱に遮られる
志賀の指先が多喜二の頬に触れようと伸びてきたからだ
その親密な動作が多喜二の内側に潜む「病」を容赦なく刺激する
「ごほっ!げほっ………っ」
耐えきれず多喜二は口を覆った
指の隙間から純白の花弁が雪のように舞い落ちる
隠し通しきるのは不可能だった
志賀の声が低くなる
驚きよりも焦燥を含んだ響き
多喜二は呼吸を整えながら力なく笑った
「すみません直哉サン…見苦しいところを」
「相手は誰だ」
「え?」
「この花を吐かせた相手は誰だ」
志賀の瞳には明確な怒りの色が灯っていた
彼は多喜二が誰かを想い、そのために体を蝕んでいるという事実がどうしようもなく癪に障るらしい
「直哉サン、アンタは本当に…」
多喜二は手元に残った最後の一片を見つめた
志賀直哉という男は強引で残酷なほどに優しい
自分が吐いたこの白梅が志賀の象徴であることをに彼は気づいていない