ぐはっと人間らしき悲鳴が倉庫内に響き、その後バタリとその人が倒れたような音が聞えた。
「ちょっと、誰よ! 慎重に行こうとか言った人は!」
「おい、揺らすなよ。慎重に行こうなんて誰が言った?」
「アンタよ、アンタ! もう、本当にこれ大丈夫なの!? もし、ただの作業員さんとかだったら」
「大丈夫だろ。ここしか出入り口はねえんだから」
と、アルベドは悪気なさそうに、先ほど吹き飛ばした扉を指さした。
思えば、あの扉を壊した音が聞えなかったはずではない。と言うことは、初めからヘウンデウン教の奴らに私達の居場所が私達が侵入してきたことがバレていたのではないかと、冷静になって思った。
アルベドは、愉しそうに笑っており、この男絶対に私達のことをからかっていると一発殴りたくなった。
「でも、あたりみたいだったな」
「えっ?」
アルベドはそう言うと、見て見ろよ。と顎で暗闇の方を指した。彼の指した方に視線を向ければ、黒いローブに身を包んだ魔道士、暗殺者と思われる風貌の人達がこちらに向かってくるのが見えた。
アルベドはそれを見ても尚愉快そうにしているので、私はこの男は矢っ張り危険だと、信用してダメだったんじゃないかと思うぐらい鳥肌が立った。何でそんな明らかに殺意を持って狙ってきている人達を見て笑えるのか不思議で、不思議で仕方がない。
(でも、こいつ自身が暗殺者だし、幾らか頭のねじが飛んでいるのは分かるんだけど……)
分かっても、理解はしたくないと思った。
暗殺者に命を狙われすぎて可笑しくなったんじゃないかと思うぐらいに。
「エトワール様、下がって下さい。ここは、私達が」
と、アルバはサッと私を守るように前に出て剣を構えた。彼女が剣を構えている姿を初めて見るものだから美しいと思わず息をのんでしまう。そして、アルバは、グランツに目で合図を送っているようだった。グランツも、腰に下げていた剣を抜いて、戦闘態勢に入る。その様子に、少しばかり緊張していると、後ろから「死ねえ!」と声と共に、黒いローブの男が私に向かってナイフを振りかざした。
「遅えよ」
私は恐怖のあまり目を閉じたが、男のナイフが私の肌に突き刺さることはなかった。
恐る恐る目を開けると、アルベドが、その男の腹部に蹴りを入れており、その衝撃で男は壁にぶつかって気絶していた。
「おい、エトワール。ぼさっとすんな」
「ご、ごめん」
「矢っ張り、お前は連れてこない方がよかったか……」
ぼそりとアルベドは何かを呟いていたようだったが私にはその声が耳に届くことはなかった。
アルベドは、暗殺者のナイフを拾いあげて、そのナイフの柄に刻まれている家紋を見て眉間に皺を寄せていた。
「……俺ン所の家紋」
今度の言葉ははっきりと聞え、アルベドはチッと舌打ちを鳴らしていた。どうやら、先ほどの暗殺者はアルベドの家に仕えているものの一人らしく、ラヴァインの手下であったことが分かったらしい。彼を支持するものが多いのか、ラヴァインが次期当主になるだろうと、彼らは思っているのか。
アルベドは、そのナイフを先ほど壁まで吹っ飛ばした男の胸に投げつけると、懐からまた別のナイフを取り出して、アルバやグランツの加勢に向かった。
(こ、怖い……)
私は恐怖で動くことが出来なかった。
命を狙われること、それはこの間の調査の時が最も酷かった。自分が本当に殺されるのではないかと、息ができなくなるほどに。でも、今のはアルベドの冷徹さや、残虐性を目の当たりにしたせいなのか分からないけれど、私の身体は震えていた。
この世界にきて何度も命を狙われてきたけど矢っ張り慣れたものじゃないなあと思った。血を見るのは矢っ張り苦手だ。
まだ、暗闇で視界がおぼろげなため、はっきりとその人の死に顔や、刺されたところが見えたわけじゃないが、もしはっきり見えていたら吐いてしまうんじゃないかと。ここにいる三人は、そういう人を守る為に人を殺すことになれているような人達だから何とも思わないかも知れないけれど、私は到底慣れることは出来なかった。
(でも、このままじゃ足手まといになってしまう)
だけど、こんな状況の中で、動けずにいたら確実に殺られるのは目に見えていて、私は意を決して動き出そうとしたとき、誰かの心の声が聞えてきた。
『もう少しで船が出航するらしい、それまで足止めを出来れば』
『聖女は、この倉庫の冷凍室に閉じ込めているが、そのまま死ななきゃいいが』
(そういえば、心の声が聞えるようにしておいたんだった)
私は、盲点だったと、自分の能力に感謝した。
そして、その男達の会話を聞きながら私は、あることを思いつき、実行することにした。
その作戦は成功するかどうか分からなかったが、試してみる価値はある。私は、両手を口元に当てると大きく深呼吸をし、アルベドの方へ駆け寄った。アルベドは気づいていないようだったが、ヘウンデウン教の信者達は何かをするのではないかと私の方へ一斉に走ってくる。
「そうはさせません!」
と、標的にされた私を守るように、アルバが暗殺者達の攻撃を防いだ。
私は、それを横目で見ながらも、一直線にアルベドの元へ走った。
暗殺者はすぐに私を殺そうと攻撃を仕掛けてくるが、私に攻撃が届く前に、グランツが暗殺者を切り捨てる。しかし、それでは暗殺者全員の動きを止めることはできない。
私は、走りながら自分に向けて投げられるナイフを光の盾を使って防ぎながら、アルベドの所まで何とかたどり着いた。
「どうした? エトワール」
「トワイライト、トワイライトは、冷凍室にいるって!」
「ハッ、どこからその情報……ッチ」
話をしている間も私達に襲い掛かろうとする暗殺者を相手にしながらなので、アルベドは忌々し気に舌打ちをした。
一体暗殺者達は何人いるんだと思うぐらいに、暗闇から湧いて出てくる。まるで、無限にわき出る敵を相手しているみたいに。
「その情報、本当か?」
「うん、私を信じて」
「そうか……じゃあ、ここは彼奴らにまかせて俺たちはそっちに向かうか。お前一人じゃ心配だしな」
と、アルベドは私を抱きかかえて、アルバ達が戦っている場所から離れようとした時だった。
暗殺者の一人がアルベドに向かって、何かを投げてきたのだ。それが何かは分からないけれど、危険なものだと直感的に思った。アルベドは、私を庇う様に抱きかかえてくれたが、私達がいた場所には大きな穴が開いていた。
アルベドがすれすれの所で避けたおかげで、その大きな穴に落ちなかったのは良かったが、あれが当たったら間違いなく即死だっただろう。
(助かった……それにしてもさっきの物、何だったの?)
私がその疑問を口にする前に、アルベドは私をしっかりと抱きかかえながら走り出した。
「ちょっと、あれ何だったの?」
「小さな亜空間みたいな奴だ。落ちたら穴は閉じて戻ってこれなくなる。つっても、あれを作るには相当の魔力と、命を削ることになる。闇魔法の者だけが作れるな。彼奴らの中には暗殺術だけじゃなくて、魔道士も混ざってるだろう。あれは、魔法の一種だ。お前は使えないだろうけどな」
「仕えても使う予定ないので」
と、私は返して、アルベドにしっかりとしがみついた。
闇魔法は命を削るものもあるのかと、私はまた少し怖くなった。命を削ってまで私達を殺そうとしているのかと。それぐらい、混沌を信仰し、盲目的になっているのかと。
私は、後ろで戦うアルバとグランツに叫んだ。
「トワイライトの居場所が分かった! だから、私が戻ってくるまで持ちこたえて!」
そう、叫べば、アルバとグランツは敵をなぎ払い、はい! と返事を返してくれた。
私は、二人なら大丈夫だとアルベドに捕まりながら冷凍室へ向かった。
***
エトワールが去った後、わき水のようにわき出てくる敵を相手にしながら、アルバはグランツに言葉を投げた。
「グロリアス、また剣の腕を上げましたね」
「……戦闘中に話しかける余裕があるんですね。貴方は」
「エトワール様、貴方のこと気していたので。貴方が傷つくことで、私の主人が傷つく……だから、貴方には無傷で生還してもらわなければ鳴りません。それと、何故、主人を変えたりしたんですか?」
「…………」
「無視ですか。まあ、いいですけどッ! 貴方がエトワール様の護衛を外れたことで、私は最高の主人に会えたので!」
と、アルバは剣を振るいながら言った。
その言葉を聞いたグランツの瞳の奥は揺れ動き、そして、すぐにアルバの事を睨みつけた。
しかし、アルバはそんな視線などお構いなしに、暗殺者達の相手をする。
エトワールにもらった剣を握りしめながら、グランツは彼女の笑顔を思い出していた。忘れるはずもない。自分にだけ向けられた笑顔を。
主人を変えるなど騎士の風上にも置けないと、プハロス団長の娘であるアルバに言われ、グランツは自分でもそんなこと分かっていると、怒りにまかせて剣を振るった。
(俺は、エトワール様を裏切ったわけじゃない。俺は、俺は――――)
――――エトワール様を自分のものにするためなら、本物の聖女だって利用する。
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