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女の少し薄めの唇、その右横にあるホクロを見た瞬間、彼の鼓動が一際大きく跳ね上がり、切れ長で一重の鋭い侑の瞳が僅かに見開いた。
(この女…………九條……瑠衣……)
無音の空間の中、侑と女の眼差しが、ひとしきり静かに絡み合う。
と同時に迫り上がる、侑の情欲。
(九條を抱いたら……どんな反応をするんだろうな?)
侑は唇を微かに弧を描かせながら、女の眼差しを捉えたまま言葉を発した。
「…………俺の相手、お前にしよう」
まさか、新規の客に選ばれるとは思いもしなかったのだろう、女は大きな瞳を更に丸くさせた後、
「……ご指名、ありがとうございます」
と言い、腹の前に両手を添えながら、背筋を伸ばして深々と一礼すると、その様子を見た凛華が侑に声を掛ける。
「わかりました。それでは、愛音とごゆっくりお過ごし下さい」
オーナーの言葉に、綺麗に整列していた娼婦たちが再び丁寧に一礼すると、バラバラに散っていき、愛音と呼ばれた女は侑に、
「それでは、お部屋にご案内致します」
と声を掛けて、二階の客室のフロアへ促した。
(愛音……か)
愛音の後に付いていきながら、侑は戸惑いながら考える。
(愛音……いや、九條。お前……なぜこんな所にいる? 院に進み、音楽の道を歩んだのではなかったのか……?)
背中の大きく開いたドレスを纏った愛音の後ろ姿に、言葉を発せずに問い掛け続ける。
(お前……大学の時、俺に憧れて衝撃を受けて、トランペット奏者になりたいって言ってたのに……この状態は何なんだ?)
そう思っていても、今の侑に、こんな事をかつての教え子に問い詰める資格などない、と思い直す。
彼もまた、音楽の情熱の炎が消え、ずっと抑えてきた情欲の炎が燃えている状態なのだから。