仄暗い廊下を、瑠衣は『愛音』として、初めて訪れた客を案内している。
一歩一歩踏みしめるように、ゆったりとした歩調で、時折、客が後を付いてきているか確認するように後ろを振り返る。
長い直線の廊下の先の角を曲がった突き当たりの部屋が、今回案内する部屋だ。
沈黙が漂い続ける中、瑠衣は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
今日、彼女が相手をする初めての客。
それは今まで出会った事のないタイプの男性だというのもある。
身長は百八十センチくらいだろうか。
緩く癖の掛かった頸が隠れる程度の長めの髪に、頬骨あたりまで伸びた前髪から覗く、一重瞼の眼光鋭い目つき。
ロン毛までとはいかないが、そのヘアスタイルは、セレブリティというよりも、ロックミュージシャンっぽい雰囲気にも見える。
それに、男から漂う威圧感のようなものが凄い。
(どうしよう……凄く……怖い……)
客に気付かれないように、瑠衣は小さく吐息を吐いた。
廊下の角を曲がり、突き当たりの部屋に辿り着くと、瑠衣は緊張がピークに達しているのか、ぎこちない様子でドアを開けた。
長い廊下の角を曲がった突き当たりの部屋は、他の部屋よりも広く、豪奢な家具を揃えた『特別室』と言われている部屋で、瑠衣も初めて使用する部屋である。
主にこの部屋を利用するのは、大企業の社長や御曹司などの太い客が多いが、娼館の常連客の紹介で訪れた新規の客も利用する事がある。
「こちらのお部屋になります。どうぞ、お入り下さい」
「ああ。失礼する」
ドアを開けたまま、男が入室するのを見届けた後、瑠衣は静かにドアを閉め、鍵を掛けた。