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第九章 広い世界
第三話 遠くまで来たな
ある日の昼下がり、ジオとサフィアンは帝都の城下町を歩いていた。
市場通りは賑やかだった。
商人達の呼び声。
焼きたてのパンの香り。
色鮮やかな果物。
様々な魔道具が並ぶ露店。
ジオは黒いフードの奥から、きょろきょろと周囲を見回していた。
「……すごい」
思わず零れた声に、サフィアンが笑う。
「帝都の市場、初めてだもんな」
ジオは小さく頷いた。
ラディスよりも遥かに広い。
人も多い。
知らないものばかりだ。
露店には小さな魔石灯や魔石を使った生活道具が並んでいる。
「魔石って、こんなに色々使われてるんだ……」
「帝国は特に技術が進んでるからな」
サフィアンも感心したように話す。
「この辺は全部、職人色が強いらしい」
ジオは興味深そうに魔道具を眺めていた。
その横顔を見ながら、サフィアンは少しだけ目を細める。
こうして普通に町を歩くジオを見るのが、なんだか不思議だった。
恐れられることもなく。
怯えることもなく。
ただ、年相応の少年みたいに。
「ジオ」
「ん?」
「腹減ってない?」
ジオがきょとんとする。
その瞬間
「おっちゃん! その串焼き二本!」
サフィアンは勝手に屋台へ向かっていた。
「えっ、ちょ、サフィ」
「こういう時は食うもんだ!」
「意味分かんない……」
困ったように笑うジオを見て、サフィアンも笑った。
「ほら、熱いから気ぃつけろよ」
屋台の店主から受け取った串焼きを、サフィアンは一本ジオへ差し出した。
香ばしい匂いがふわりと広がる。
ジオは黒いローブのフードを深めに被ったまま、ちらりと串焼きを見た。
「……ありがと」
相変わらずぶっきらぼうな返事。
けれどちゃんと受け取るあたり、昔より素直になった気もする。
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サフィアンは思わず笑った。
「何?」
「いや、別に」
二人並んで市場通りを歩く。
帝都の午後は賑やかだった。
石畳の大通りには露店が並び、人々の声が絶えず飛び交っている。
香ばしい肉の匂い。
冷やされた果実水。
淡く光る魔石灯。
職人達が扱う、見たこともない魔道具。
ラディスより遥かに大きく、活気に満ちた景色。
ジオは串焼きを齧りながら、変わらず辺りを見回している。
その様子が、なんだか少し面白い。
「……美味しい」
ぽつりと呟く。
「だろ?」
サフィアンは得意げに笑った。
「帝都の屋台はレベルが高いんだよ」
「なんだそれ」
呆れたように返しながらも、ジオはもう一口食べる。
その姿を見て、サフィアンはふと胸の奥が温かくなるのを感じた。
こうしていると、普通の旅をしているみたいだった。
月蝕の子とか。
ジオが抱えているものとか。
そんな重たいものを少しだけ忘れられる。
「なぁ」
「ん?」
「ラディス出た頃のお前、こんな店あっても全然見てなかったよな」
ジオの動きが少し止まる。
「……そんな余裕なかった」
小さな声だった。
サフィアンは苦笑する。
まあ、そりゃそうだ。
ラディスを出た頃のジオは、ずっと周囲を警戒していた。
満月が来る度に苦しんで。
自分の力を恐れて。
「でも今は、ちょっと楽しそうだな」
その言葉に、ジオがこちらを見る。
フードの奥の黒い瞳が、少しだけ揺れた。
「……そう見える?」
「見える見える」
サフィアンは即答した。
「さっきからめっちゃキョロキョロしてるし」
「別に……珍しいだけ」
そう言いながら露店を見て歩いていたその時だった。
「……あ」
ジオの足が止まる。
その視線の先では、大きな機械がくるくると回り、白い綿がふわりふわりと膨らんでいた。
「綿菓子だよー!」
店主が声を張る。
子どもが嬉しそうに受け取り、笑いながら走っていく。
ジオはその様子をじっと見つめていた。
「……食べたことない」
ぽつりと漏らす。
「食べてみたい?」
サフィアンが首を傾げながら聞く。
「……買ってくる」
そう言って店へ近づいていく。
少しだけぎこちない手つきで店主へ硬貨を渡す。
「はいよ!」
渡された綿菓子は、顔ほどもある大きさだった。
ふわふわと揺れる白い綿。
ジオは少し困ったように見つめる。
「……思ったより大きい」
「一人じゃ食べきれないだろ」
サフィアンが笑う。
ジオは少し考えてから、綿菓子をサフィアンの前へ差し出した
「……サフィも」
「え?」
「一緒に食べよ?」
上目遣いの大きな瞳。
ほんの少し照れたような声。
心臓が、変な音を立てた。
一瞬、時が止まる。
だが、それに気付かれないよう、いつも通り笑いながら頷く。
「……もちろん、いいよ」
二人で綿菓子をちぎる。
ふわりと千切れた白い綿は、口へ入れるとすぐ溶けた。
「……甘い」
ジオが少しだけ目を丸くする。
その表情が可笑しくて、サフィアンは吹き出した。
「なんだその顔」
「だって……」
ジオは綿菓子を見つめながら、小さく笑う。
「ふわふわの雲、食べてるみたい」
その一言に、サフィアンは空を見上げた。
青い空に浮かぶ、白い雲。
「ほんとだな」
二人は並んで笑った。
こんな風に過ごす時間が自分にあるなんて、昔は想像もしなかった。
誰かと並んで。
他愛ない話をして。
普通に笑って。
一緒に食べ歩きをしている。
たったそれだけのことが、こんなにも温かい。
ーーもしばあちゃんが見たら、どんな顔をするかな。
そんなことを、ふと思った。
ジオは再び空を見上げる。
澄み切った青空。
帝都の光が、黒いフードの端を照らしていた。
その横顔を見ながらサフィアンは静かに思う。
――遠くまで来たな。
ラディスを出て。
森を越えて。
色んなものを見てきた。
帝国へ来て。
アクセル達と出会って。
世界の真実を知って。
ジオが背負っているものも、少しずつ分かってきた。
正直。
まだ全部は整理できていない。
不安がないわけでもない。
でも。
隣を歩くジオを見る。
今はちゃんと、俺の隣にいる。
それだけで胸がいっぱいになる。
「サフィ」
「んー?」
「さっきから何笑ってんだよ」
「別に〜?」
「絶対なんか考えてる」
怪しむような視線。
サフィアンは笑いながらジオの頭をくしゃっと撫でた。
「うわっ」
フード越しに不満そうな声が上がる。
「やめろって」
「いいだろ別に」
「子供扱いしないで」
そう言いながらも。
ジオは手を振り払わなかった。
サフィアンは少しだけ目を細める。
もうすぐ旅が始まる。
二人だけじゃない旅。
きっとこれから先、もっと危険なこともある。
世界は広い。
知らないことばかりだ。
それでも、今だけは、こうして隣で普通に笑っていてほしい。
サフィアンはそう願いながら、ジオと並んでゆっくりと市場を歩き続けた。
コメント
1件
34話読み終えたよ〜!!😭💕 めっちゃエモい回すぎて胸がいっぱい…!!ジオが普通の少年みたいに市場キョロキョロして綿菓子に「ふわふわの雲食べてるみたい」って言うところ、心臓ぎゅってなった💘 サフィの「遠くまで来たな」が全部を物語ってて、2人の距離感が優しくなってるの本当に尊い…。重たいもの背負ってるからこそ、こんな何気ない日常が沁みるよね。続きも楽しみにしてる!!🌸