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(騒がれたくないならこんなことしなきゃいいのに!)
そう思うのに、一生懸命もがいてもびくともしない圧倒的な力の差が怖くて、身体が萎縮してしまう。
「お前、さっきからちっとも可愛げがねぇからさ。ここで最後までシちまおうと思うんだけど、異存はねぇよな?」
ニヤリと笑って脅迫まがい。私に指輪を見せつけると、それをポケットに仕舞うついでみたいに携帯を取り出してこちらに向けてくる。
直後、カシャッとシャッター音がしたからゾクリと身体が震えた。
「なぁ春凪。リベンジポルノって知ってる?」
下卑た笑いとともにそんな事を言ってきた康平が、「今って便利だよなぁ。スマホ一つで誰でも発信者になれちまう」と恐ろしいことを言う。
「んんんっ!」
やめて!って言いたいのに口を塞がれたままの私はそれさえ言わせてもらえなくて。
口を塞いでいない方の手で押しつぶすように乱暴に胸を鷲掴まれて、嫌悪感と恐怖にギュッと目をつぶるので精一杯。
「世の中にはさ、お前のように乳首の出てねぇ胸の方が逆にそそられるってマニアックな輩もいるみたいだぜ?」
ククッと笑って「俺には分かんねーけどな」と付け加えながら私のお腹の上にスマホを置くと、康平がワンピースの胸元のボタンに手を掛けてくる。
一つ目のボタンを外したところで、片手ではやりにくかったからか、ふと手を止めて「大人しく出来るってんなら撮ったやつ、ばら撒くのだけは勘弁してやるけど。いい子にしてられるか?」と問いかけてきて。
私は必死に頷いた。
ネット上に裸なんて晒されたら、どんなに頑張っても完全に回収することは出来ないって聞いたことがある。
そんなのされたら私、生きていけない。
恐る恐る口から手を離してみて、私がギュッと唇を噛み締めるようにして声を抑えていることに安堵したみたいに、康平が「素直な春凪、好きだぜ?」と付き合ってきた時みたいに頭を撫でてくる。
あの頃はそれだけで酷いことを言われても不思議と許せていたけれど、今はただただ気持ち悪いとしか思えなかった。
ふいっと視線を逸らせた私に、康平が舌打ちをして。
「撮ったヤツさぁ、お前のフィアンセには見せてやってもいいかなって思ってんだけど」
と、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ダメッ!」
私が思わず康平の方を見てそう言ったら、「誰が喋っていいって言った?」と首をグッと締めつけられた。
人に首を絞められたことなんてなかった私は、苦しさよりも恐怖で涙目になって。
(宗親さんっ、助けてっ!)
無意識に、心の中で必死に宗親さんに助けを求めた。
宗親さんが、どのくらい遅れてここへいらっしゃるのかは分からない。
でも、なるべく早く用事を切り上げると言っておられた彼を待たなかったことを、今更のように後悔してみても遅いよね。
***
「これ、春凪の……」
と、路地の向こうからカチャッと金属が触れ合う音とともに私の名前をつぶやく声が聞こえてきて。
私からは死角になっていてお姿は見えないけれど、即座に
(宗親……さんっ⁉︎)
だと思った。
好みのどストライクだと、初対面で脳が即座に認識した彼の低音イケボを、私が聞き間違えるはずがない。
カフェ『Red Roof』で住むところを失ったショックに打ちひしがれていた時、宗親さんにあのキーを手渡して、愛車を運転して頂いたことがある。
真っ赤なハートのチャームを手にした宗親さんに違和感を覚えたのを思い出した私は、あの特徴的なキーホールダーのお陰で、彼が道端に転がったそれが私の持ち物だと気付いて下さったんだと確信した。
そのことに勇気づけられた私は、首絞めの恐怖で声が出せない代わりに、足をジタバタさせて懸命に〝ここにいます!〟と訴える。
首を絞められているせいで、意識が朦朧としてきた所で、私の上から康平が押しのけられる気配がした。
一気に流れ込んでくる空気とともに、固い地面からふわりと抱き起こされて。
「春凪っ!」
そのままギュッと強く抱きすくめられて、作業服に顔を押し当てられた私は、嗅ぎ慣れた大好きなマリン系のコロンの香りを胸一杯に吸い込んで、安堵感に包まれる。
「宗親、さ……」
(急いで来るっておっしゃってたけど……着替えもせずにいらしたんですね。ホント、どこまでこの人は私にべったりなの)
ショックが強すぎたからかな。
そんなどうでもいいことを思いながら恋焦がれた愛しい人の名前を呼んだら、緊張の糸がプツリと断ち切られたみたいに一気に涙腺が崩壊した。
涙に滲む視界の中。康平が宗親さんに突き飛ばされたその足で、路地の奥の方。こちら側とは反対の通りに向けて逃げて行くのが見えて。
それを目の端に捉えた私は、ヒクヒクとしゃくり上げながら「康、平、待っ、て!」と必死に手を伸ばした。
宗親さんがそんな私をしっかり抱きしめて、逃さないみたいに腕の中に閉じ込めると「春凪、あんな男のことはいいからっ」っておっしゃるの。
けど……私、康平を追いかけなきゃいけないんだよ。
だって、私、彼に大切な指輪を奪られたまま――。
返してもらえていない。