コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◻︎上手な嘘のつき方
「昨夜は、子どもに向かって偉そうなことを宣ってしまった私です」
溜まっていた仕事が終わったので食事でもどうですか?と雪平さんに誘われたのは昨日。
遥那と晶馬と晶馬の姉スミレと三人で話した後だった。
「美和子さんの考察は、なんていうか深いですね。隠し事と嘘は別物というくくりも面白い。世の奥様方は、ご亭主のことへの興味は少ないと思います。奥様方が興味あるのはきっと、ご亭主のお財布の中身でしょうね」
「私は特に夫の財布には興味ないですけどね。もう教育費というものも必要なくなりますし。生活費をきちんとしてくれてたら、あとはご自由にって思います。そうしないと私も使うのに躊躇しますからね」
美味しそうな海鮮料理が運ばれてきた。
漁師の直営店だというこの店は、住んでいる街から車で1時間ほどの海沿いにある。
今朝水揚げした魚介を、活き造りやなめろうや塩焼きや、いろんな料理にして出してくれる。
雪平はサザエの壺焼きをくるりと綺麗に出して、皿に乗せてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「おたくさんら、ご夫婦で?仲良くていいね」
「はい、これからも長い付き合いですから仲良くしてます」
そう答えたのは雪平さんだった。
ね?と同意を求めて私を見たので、うん、と小さくうなづいた。
ひとしきり海の幸を堪能したあと、雪平さんが小さな声で訊いてきた。
「たとえば僕は、美和子さんの定義でいくとどちらになりますか?おそらく隠し事ですよね?」
どう答えればいいか考えながら話す。
「雪平さんとこんなふうに食事をしたりするのは隠す必要はないですから、雪平さんの存在は私にとって隠し事にはなりません。誰かに訊かれたら、そういう仲の良い友達だと答えます」
「ほぉ、それから?」
「実際に、私には雪平さんを紹介してくれた瑞浪君みたいな男友達は何人かいますし」
「そうでした、彼が引き合わせてくれたんでしたね」
「忘れてましたけどね。だから、友達や家族に訊かれても、そういう友達として隠さずに話せます。わざわざこちらから言ったりしませんが」
「美和子さん、男友達が多いんですね」
「まぁ、こんな性格だから女友達は少ないかも?」
「それから?」
「“闇鍋したことがある”ということだけは隠しますよ、完璧に。怪しまれることもないように」
「怪しまれませんか?」
「それもあって、他の男友達とも食事したりしてます。ほら、あれですよ、木を隠すなら森にってやつ」
「なんか違う気がしますが…」
「やっぱり?」
二人して、フフッと笑う。
食事を終えて、海岸に歩いて行く。
「雪平さん、上手な嘘のつき方って知ってますか?」
「美和子さん流に言うと、完璧にってことですか?」
「えー、少し違うかな?完璧に嘘をつくってものすごく大変なんですよ。一個の嘘で百の事実と違うことを作らなくちゃいけなくなる」
「じゃあ、どういうことですか?」
「大体のことは事実を話すんです、で、大事な一点だけ嘘をつく。雪平さんとのことはいざとなればほとんど全部話して、一点だけ“闇鍋”だけ嘘をつく」
「なるほどね」
「私の…というか二人の記憶だけに残っていればそれでいい。現場を見られてなきゃそれでオッケーみたいな」
あははと笑いだした雪平さん。
「え?」
「あの暗闇じゃ、当人たちもよくわかってなかったなと思い出したので」
ほぼ真っ暗な中、したことを思い出した。
「…ですね」
私もつられて笑い出した。