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「お久しぶりです。アーカード様。カピリス丘での決戦以来ですな」
村人の脳を虫に食わせて操り。帝国に牙を剥いた反逆者。
カピリスの丘でハガネに首を刎ねられたバルメロイが笑う。
なぜ生きている?
疑問を置き去りにして、オレは初手必殺を選択。
前髪をずらし、茨の魔眼を発動した。
「【獣の数字《セブンス・ネイロン》】」
初手必殺の第七奴隷魔法による強制隷属をものともせず、バルメロイは首を振る。
「驚かせてしまいすみません。私がなぜ生きているのかはお答えできませんが、今日は戦争ではなくお話をしにきたのです。そこについてまず信じていただきたい」
「……大方、戦争開始前に女神に不死の呪いでもかけられたのだろう。先の大戦で皇帝ジークに使用したものと同じものだ」
女神ならば、不死の付与も魔眼への耐性を獲得することも可能だろう。
オレを敵に回した以上、対策していない方が不自然だ。
「いやぁ、流石に賢いですな。流石はアーカード様。バルメロイ感服致しました」
「要件を言え。何が望みだ」
不老ならぬ不死を選んだ先にあるのは皇帝ジークと同じ結末だ。死ねず、どこまでも老いる、生きた屍となる。
人生を捨て、お前は何を望む?
「当然、人権の確立です。奴隷制度を廃し、あらゆる命が平等な世を実現することです」
歯の浮くような綺麗事。
くだらないにも程がある、そんな世界はありえない。
「そんなことはありません。人権の確立は可能です。それはあなたが証明している」
陶酔の瞳が燃え上がり、オレを見つめる。
「あなたは理想郷からやってきた。奴隷制度を克服し、税と福祉によって弱きを守る。あらゆる命が平等な世界からやってきた」
「そこに暴利を貪る強者はなく、餓えて重なる恨みもない。救いの世界。まさに理想郷だ」
「差別なく、嫉妬なく。強権の濫用も汚い金の流れもなく。適切な医療と職業選択の自由がある。政治は民衆の選挙によって行われ、戦争すら起きない。誰もが幸福な世界。そこからあなたはやってきた」
だというのに。
だというのに。
「何故、何故なのです。何故あなたはあの素晴らしい制度を広めようとしない。あなたほどの頭脳があればできるはずなのに、何故!」
バルメロイの叫びが喧しかったのだろう。奴隷たちが何事かと寄ってきた。
オレは「何でも無い、仕事に戻れ」と追い返す。
泣き崩れながら訴える老人の胸には希望が灯っていた。
煌々と輝くその光は、かけがえのないもので、バルメロイの真実なのだろう。
だが、オレは知っている。
誰もが平等な世界。そんなものは。
「バルメロイ。そんな世界は存在しない。ありえないんだよ」
かつてオレがルナに語った事が歪曲されて伝わったのだろう。
バルメロイがこうなった原因はオレにある。
「どんなに新しい概念を生み出しても、奴隷の代替となる機械を作っても、差別に対抗しても、人間から愚かさが消えることはなかった」
「愚鈍な民衆が選ぶのは愚かな政治家で、利権に群がる豚どもは法の抜け穴をかいくぐって富を貪る。格差はどこまでも広がり、貧困は野放しで、弱者を守るべき法があることをそもそも弱者は知りもしない。知ったところで使い方がわからない。何が理想郷だ。笑わせるな」
オレは石の瞳でバルメロイに告げる。
生前オレが親に言われたことを、そのまま告げる。
「結局の所、金なのだ。金を稼ぐ他ない。金を稼ぐには労働力が必要だ。多くの労働者を雇えば、それだけ多くの人間が飯を食える。更に金を稼げば医療を受ける余裕が出る。結婚し、子供を育てる余裕も金から生まれる」
「平和だの平等だの、綺麗なだけの言葉は何も生まない。ただありあまる金だけが人の心を豊かにし、貧困を駆逐する。生活を支援するのも文化を醸成するのも金だ。金なくして世界は成り立たない」
「守りたいものがあるなら金を稼げ。その為に人を使い潰すことに躊躇するな。すべてを守ることなどできはしない。必要な犠牲と割り切り、感情を捨てろ。この世は不平等で弱肉強食だ。それでも世の理を捻じ曲げたいと願うのならば、力を示せ」
バルメロイの総身が逆立つ。
村人を操り死兵とし、殺す選択をしたお前ならば理解できるはずだ。
「なるほど。そう、ですか」
「ああ、ああ! つまり。ああ! 素晴らしい。本当に素晴らしい」
よかった。
邪悪な敵は感化され、立派な拝金主義者になるだろう。
これで新たな戦力が。
「でも、アーカード様。あなたは間違っています」
は?
「やはりあなたが居た場所は理想郷で、我々が到達すべき未来なのです! 平等な世界は作れる! 差別も貧困も減らせる! そうしていけばいずれゼロになる!!」
夢見るようにバルメロイが続ける。
「必要なのは新たな概念の確立だ! 機械化による奴隷産業の崩壊! 民主化による王政の破壊! 民衆蜂起! 数の暴力による利権の粉砕!! さ、最高だ!! これで何もかもぶち壊せますよ!!」
い、いや。待て。
現産業と体制が崩壊すれば、社会が混乱する。膨大な失業者と死者がでるぞ。
奴隷商人のオレも商売あがったりだ。
「必要な犠牲です! 一度みんな死んだらいい!」
オレは絶句した。
この老害、今生きている奴隷のことを何だと思っているのだ。
ちっ、見所があるかと思ったのは勘違いだったようだ。
この独善は鼻につく。
ここまでストレートな国家反逆罪もあるまい。
死なぬなら拘束するまでだ。
【動け《アクシル》】
対オーク用に仕掛けた鉄の矢がバルメロイの脚に刺さる。
一瞬隙を作れれば十分だ。
【絆よ。今、ここに集え《ヴィンクラ・オ・ライラ》】
鉄の矢を同時展開。
一気に制圧しようとすると、バルメロイの身体が砂となって崩れ出した。
「おっと、もう時間のようです。本当はもっとお話したかったのですが、またの機会にしましょう」
「それではお元気で、さようなら」
第四土魔法【生霊よ。泥に降りよ。《グレイ・クレイマン》】による泥の分身が自己崩壊を起こしているのだ。
ここまで精巧な分身を作れるのは……。
「イリス……お前、生きていたのか」