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お迎えに来てくれた猫型獣人と共に、焔と五朗、そしてソフィアの二人と一冊は昨日に引き続き冒険者ギルドにやって来た。
真っ直ぐ昨日と同じ部屋に通され、応接用のソファーに座って待つ様に指示を受ける。リアンが眠ったままでいる部屋はギルド側の計らいでもう一泊出来る様に手配してもらった。運良く事が運べば、リアンも焔と共に元の世界へ戻るだろうから宿屋に置いていっても問題ないだろうという算段だ。 ——実際にそうなるかどうかは、また別の問題として。
「本日もお越し頂きありがとうございます」
受付担当のナツメが焔達の座るソファーの対面に座り、深々と頭を下げた。目の下にはくっきりとクマが出来ており、ほとんど眠っていない事が窺い知れる。服は昨日と同じ物の様だし、綺麗な髪もざっくりと無造作に束ねており、死ぬ気で報告書をまとめあげて王国側やギルドの上層部に提出した事が本人からわざわざ聞かずともわかるくらい、ひどい顔色でもあった。
「えっと……大丈夫っすか?まずは休んだ方が良いんじゃ……」
五朗が気遣い、ナツメにそう声を掛けたが「いえいえ!このくらい平気ですよ。まぁ……久方ぶりの激務ではありましたが」と、空元気丸出しの笑顔で彼は答えた。
「さてと。お時間もあまり無いでしょうから、要点だけ手短に報告を」
その言葉を合図としたかの様に、お手伝い係の猫達が大きな巻物や紙の束を部屋の奥から運んで来た。そして大きな巻物を焔とナツメの間にあるテーブルの上にサッと広げると、世界地図が焔達の目の前に現れた。紙の束はナツメに直接渡し、さっさと退室して行ってしまう。まだまだ彼らも忙しいのか、お茶やお菓子などといったサービスは省略した様だ。
「本来ならば勇者御一行にお願いするクエストを、今回は特別に召喚士である“権兵衛”様に依頼する事に決まりました。勇者が一向に育たない現状や、四聖獣の神官達による麒麟の神子への性的虐待問題を提起して頂いた功績を認めての決断となります。単純に『勇者ではなくとも、最高レベルなら魔王を倒せるのでは』という期待も正直あります」
(『権兵衛』って、何度聞いても主人さんの事だってピンとこないっすねぇ)
遠い目をしつつ、五朗がこっそりと思う。
冒険者ギルドでクエストを受注する際にどうしても名前が必要だった時、思い付きで『名無しの権兵衛』から取ってつけた名前なのでテキトウ感か半端無い。だが彼が他人に名前を教えたくない以上致し方ないのだが、もっと違う名前は思い付かなかったのか?とは、五朗的にはどうしても考えてしまう。自分だってとんでもない名前を持っているくせに。
「偵察部隊からの報告では魔王の城は過去類を見ない程に手薄な警備らしく、狙うなら今のタイミングが最適だそうです。英断でしたね!」
猫型獣人達から手渡された書類を確認しつつ、ナツメが焔達へ笑顔を向けた。
「こっちとしてはすんげぇ助かるっすけど、その原因はわかってるんですか?……焦れた魔王軍側の、罠って可能性は?」
「理由に関しては正直さっぱりです。各地で侵略行為が悪化している訳でも無く、戦闘が激化している訳でも無いので、全く検討がつきません。ただ一つ言えるのは『各地に散らばっている魔物や、魔族側に加担する獣人達は、まるで何かを探している様だった』との事でした。罠の可能性に関しては、行ってみないとわからないとしか」
「そっすよねぇ」と納得しつつ「んーっ」と唸り、五朗が首を傾げる。
「探しものっすか……何だろう?魔族達って、空気も読まず、RPGお決まりのルールガン無視で勇者速攻殺すマンだし、魔王を倒せる伝説の聖剣とかそんな感じの物っすかねぇ?」
「無くはない話です。私共も発見しておりませんので、ならば先に入手しようと考えるのは安全管理的にも適切な行動ですよね」
「勇者なら、順当にいけばそのうち自然と見付けられる物なんですもんねぇ」
「おや、お詳しいですね。五朗様のおっしゃる通りです。此度はそれも無しに魔王討伐に向かってもらう事になるので、我々としては出来る限りのバックアップをしようと、色々手配させて頂きました」とナツメが言うと、廊下側と繋がる部屋の扉が開き、猫型の獣人達がゾロゾロと大きな箱を抱えて室内へと入って来た。
「……大きな箱だな」
焔が何だこれは?と不思議に思っていると、血色の悪い顔色をしたナツメがニコリと笑い、説明を始める。
「聖剣も無しに挑まれるお二人に、せめてこのくらいはと国王様からの贈り物です。宝物庫から選りすぐりの装備を用意させて頂きました」
「おぉぉ!マジっすか」
嬉しそうに喜ぶ五朗の横で「……必要か?」と焔が水を差す。
「え?めっちゃありがたいじゃないっすか!古代遺跡系のダンジョンに行っても箱の中はいっつも空っぽかゴミクズばっかだったし、かといって装備を自作するには高レベル品だと必要素材がオニなものばっかだしで、最近じゃ店で付属効果が少ない完成品を仕方なく買う事の方が多かったからレベルの割に装備がちょっとしょぼかったんでマジ大助かりっすよ!」
「そうか。じゃあ、お前はそれを受け取るといい。俺には必要無い」
「まさか主人さん…… その、防御力ゼロの着物のまま突貫する気なんっすか?」と言い、無遠慮に着物を指さす。
「リアンのくれた宝石を、普段着ている衣類からひっぺがしてきたから、一応は多少の装備をしているぞ?」
「いやいやいや!宝石を懐に入れてるだけだと『装備してる』とは言えんし!持っていても微々たる上昇でしかないっすから!ってか、本来装備から引きちぎっちゃいけませんから!ちゃんと作業台を使って、分解行為をしてぇっ」
「その言い分はわかる。きちんと分解作業をしなかった事も反省しよう。だが、俺はリアンのおかげで『俊敏』が最大値になっているから、あまり装備に拘る必要は無いと思うぞ。『当たらなければどうという事はない』と、誰かが言っていたらしいしな」
「確かに主人さん角あるけど。赤要素もあるけども。それとこれとでは話が違うと思うっすよ?」
「だけどな五朗。考えてもみろ、この機会で運良く元の世界へ戻ったとする。その時に、いかにも異世界からやって来ました風な格好では恥ずかしいとは思わないか?」
「……やべ、一理あるっ!このままの格好で戻ったら、コスプレ中にしか見えないっすよね。んな目で見られたら自分もう外歩けないっすわ!帰還予想ポイントである神社から家までは離れているし、ヤバさしかない!」
焔を説得するつもりが、逆に納得出来る一言を言われてしまい、ぐうの音も出ない。だが五朗は焔と違って素の能力的にも防御はあまり高くない為、ありがたく新品の後衛向け装備を一式貰い受ける事にした。
「装備の件はこれで完了ですね」
贈り物である装備一式を早速装備した五朗はご満悦である。腰装備に装着しておける薬瓶の数も増えたし、おかげで戦闘中の行動選択の幅も広がりそうだ。
「はい。気炎万丈!って感じっす。ありがとうございます、ナツメさん」
「いえいえ。喜んで頂けて何よりです。——さて、次はですね、大変申し訳ないのですが、魔王城へはお二人のみで向かって頂きます」
(うん、知ってた!RPGの鉄板っすからね!)
五朗はそう思いつつ「了解っす!」と答えた。ナツメはホッと安堵しつつも、ゲームではよくある事なのだと知る由もない彼は、少し申し訳なさそうにしている。
「本来ならば大軍勢を率いて攻め入るべきなのでしょうが、今は魔王城の警備が手薄な為、少数精鋭での戦闘が望ましのではないかと。その代わり、我々冒険者ギルドは各地に散らばる全冒険者達へ緊急クエストを発信し、城へ帰還しようとする魔族達の足止めに徹する事に決まりました。各国の軍も同じ目的で進軍し、そちらに敵が押し寄せる事の無いように尽力させて頂きます」
「城に戻ろうとするって確信があるのは、何か理由があるんっすか?」
「……魔族達は、魔王が大好きなので」
「……(そんな理由なん?)」
ナツメと五朗がスンッと微妙な表情になった。
「まぁ、好かれるのは悪い事では無いな。配下に好かれるのはいい上役の証拠じゃないか」と、焔だけは好意的に受け止めた。
ごほんと咳払いをし、ナツメが気を取りなおす。
「とにかくですね、魔王城が大群から襲撃を受けたとなれば一瞬で伝達され、魔王を守る為一気に軍勢が集結して手に負えない事態になるでしょう。なので少数で侵入し、出来るだけギリギリまで、敵には侵入したと気付かれない様に城内を進んで下さい。先程お知らせした通り、我々は出来るだけそちらに敵が向かわないよう尽力しますので」
「わかった」と焔が頷く。返事をしたはいいが、正直自信は無い。猪突猛進で真正面からの突撃ならば『任せろ』と断言出来るのだが……。
「幸いにしてゴロウ様は魔毒士です。『城塞落とし』の異名を持つ職業ですからね、勝算はあるのではないかと」
「は、はは、初耳っすよ、何ですかその異名。これから少人数で侵入をするってのに、めっちゃ重荷になる響きなんですけど。うぅ……最終決戦の勝敗が自分の手に委ねられていると思うとかなり緊張するっすぅ」
顔を手で覆い五朗が項垂れる。きちんと自分の能力を活かせるかどうか不安でならない。
「城塞落とし?なかなかスゴイ異名だな。頼りになりそうじゃないか」
「更に重圧がっ!」
「城内の地図が、簡単な物ですが一応はありますので、お持ち下さい。ただ詳細は実際に行ってみないと……。随分昔に竜タイプの獣人をスパイとして侵入させた事もあったのですが、早々に敵方に寝返ってしまって。その後も何度か侵入を試みたのですが、結局全て戻って来ず、城の詳しい情報を得られていないのです。どんな伝手を駆使してるのやら、何故かあちこちに点在する商人ギルド達も魔王の城は流石に対象外ですので途中での補給も出来ません。一度進めばもう、お二人だけでどうにかしてもらう事になり、本当に申し訳ありません」
「ナツメさんは悪くないっすよ。……でも、戻らぬ人かぁ。商人も無しかぁ……怖いなぁ」
「まぁ、何とかなる」
「この根拠はわからんけど、主人さんがそう言うとなんだかそんな気がしてくるのが不思議っすわ」
断言する焔に対して、うんうんと五朗が頷いた。
持ち得る限りの回復薬をお互いの荷物の中に詰め込み、もらった地図も、操作パネルを出現させるかソフィアを開けば確認出来る様にした。不要だと焔が断った贈り物の装備は念の為全て受け取り、持ち物の中に。携帯食料も持ったし準備は万端だ。
「城までの移動手段として白狼をご用意させて頂きました。雪道でも早く走れるので、一番の適材かと」
冒険者ギルドの前でナツメが二頭の白狼を紹介してくれた。雪道の中を走るのを得意とするだけでなく、白い毛のおかげで目立ちにくいという利点もある。変化の術で姿を変えたリアンと比べると相当小さいが、小柄な二人を運ぶには十分だろう。
「ありがとうございます、ナツメさん」
「いえいえ。他にはもう何もなかったですか?」
「んー……多分あるとは思うんすけど、今は何も思い付かないっすねぇ」
「じゃあ無いんだろ」
「んんーっ。最終決戦が目前なのに、主人さんに緊張感が無い!」
「まぁまぁ、ゴロウ様。パーティーのリーダーはそのくらいドンッと構えている方がいいですよ」
「そんなもんっすかねぇ……」
「えぇ、そんなもんですよ」と言ってナツメが笑う。今は冒険者ギルドの受付をしている彼だが、怪我で引退する前までは前線で戦う戦士だった過去のある彼の実感こもる笑顔を見て、五朗が『そんなもんか』と納得した。
「それじゃあ、行きますか!主人さん」
「あぁ。いつでも行けるぞ」
「……んと、マジで着物姿で行くんっすか?」
「そうだと何度も言っているだろうが」
「うーん……」とこぼし、五朗が視線を逸らす。柘榴柄の入る紺色の着物を焔は着ているのだが、白狼に跨るとブーツだけを履いた細い素脚が丸見えだ。今ここにリアンがいたのならば、その脚を見てしまった五朗は速攻で目潰しを喰らっていたかもしれない。
まぁ当人が気にしていないならどうこう言っても無駄かと割り切り、出発するように指示を出す。白狼はもう目的地を把握しているそうなので二人はただその背に乗っていれば問題無いそうだ。
事前の調べでは魔王城の周辺の森も今は敵も少ないらしく、進路を選べば戦闘無しで向かえそうだ。出来うる限り慎重に目立たない様にする為、ナツメは白狼に跨る焔達にそれぞれ真っ白いマントを差し出した。
「防寒の為にもこちらを上に羽織って下さい。白狼達は結構早いですから、マイナス何十度にもなる風は相当冷たいですよ」
防寒耐性のある装備を受け取り二人が素直に着込む。腰よりもちょっと長いくらいの丈なので白狼の邪魔にはならなさそうだ。
「ありがとう、この恩は忘れない」
「いえいえ。……魔王討伐、成功する事を心から願っております」
焔とナツメが頷き合い、分厚い雲が空を覆う地域に視線をやった。
「じゃあ、さっさとやり遂げて、帰ろうか。元の世界へ」
「うっす!やってやりましょう!」
そう声をあげ、白狼に跨る二人は魔王の住まう『トイフェル城』に向かい走り出した。