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※すみません、少し修正させていただきました。
土曜日が来るのを待ちきれない気持ちで、陽太は毎日を過ごした。仕事では新しいアイデアが次々と浮かび、クライアントからも高評価を得ることができた。何かが変わった気がした。何かが始まる予感だった。
約束の土曜日、陽太は早めに「時の葉書店」に向かった。店に入ると、前回と同じように古書の香りが彼を迎えた。しかし、今日はその香りにどこか異質なものを感じた。まるで時間が止まっているような、あるいは複数の時間が混ざり合っているような不思議な感覚だった。
店内の古い柱時計は12時15分で止まっていた。陽太の腕時計は午後2時を指していた。その違和感に気づきながらも、彼は店内をぐるりと見回した。美月の姿はまだ見えなかった。
「お待ちですか?」
見覚えのある声に振り向くと、前回と同じ店主が立っていた。店主の姿はどこか曖昧で、光の加減によって若くも年老いてもみえるような不思議な存在感があった。
「はい、友人と待ち合わせています」
「そうですか」店主は微笑んだ。その表情には何かを知っているような含みがあった。「よろしければ奥のスペースでお待ちください。お茶をお出ししましょう」
陽太は店の奥のスペースに案内された。そこには小さなテーブルと椅子が二つ、窓際に置かれていた。窓の外は晴れた秋の午後だったが、太陽の光が不自然に静止しているように見えた。まるで時間が流れていないかのように。
店主は紅茶を持ってきてくれた。湯気が立ち上る様子さえ、どこかゆっくりとしていた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」店主は静かに微笑んだ。「この店では、出会うべき人が必ず出会えるんですよ。時間がどうであれ…」
その意味深な言葉の意味を考える間もなく、入り口のドアが開く音がした。振り向くと、美月が立っていた。彼女は白いブラウスに黒いスカートという装いで、髪を一つに結んでいた。
「お待たせしました」
彼女の姿を見た瞬間、陽太は胸が高鳴るのを感じた。それは単なる好意以上の、何か深い繋がりを感じさせるものだった。
二人は紅茶を飲みながら、前回の続きから会話を始めた。仕事の話、好きな本の話、子供の頃の思い出話…話題は尽きることがなかった。
「最近のニュースって信じられないですよね」美月が言った。「首相の突然の辞任宣言とか」
陽太は眉をひそめた。「首相の辞任?それはもう去年のことじゃないかな。今は新しい首相になって…」
二人の間に小さな違和感が流れた。しかし、それはすぐに次の話題に流れていった。
しばらく話した後、陽太は勇気を出して切り出した。「実は、あなたとの出会いについて不思議に思っていることがあるんです」彼は少し躊躇いながら続けた。「僕、数ヶ月前から同じ夢を見続けていて。古い書店であなたに会う夢なんです」
美月は驚いたように目を見開いた。「私も…同じような夢を見ていました。でも、それは夢じゃなかったのかもしれません」
彼女は鞄からスマートフォンを取り出し、カレンダーアプリと日記を開いた。「私の日記によると、2022年9月16日、つまり先週の土曜日にもここであなたにお会いしていました」
陽太は驚いて目を見開いた。「2022年?それは去年のことだよ。僕にとって去年の9月、このプロジェクトはまだ始まっていなかった」
美月は混乱した表情で眉をひそめた。「去年…?何を言っているんですか?今は2022年9月です。先週の出来事がどうして去年のことになるんですか?」
陽太も困惑した。「いや、今は2023年だよ。9月23日」
二人は互いの顔を見つめ、言葉を失った。美月はスマートフォンの日付表示を陽太に見せた。確かにそこには「2022年9月23日」と表示されていた。陽太も自分のスマートフォンを取り出した。「2023年9月23日」と表示されている。
「これは…」陽太は言葉を詰まらせた。
「信じられない」美月も呆然としていた。
「でも、確かにお会いしました」美月は再び日記に目を落とし、自信を持って言った。「あなたは広告のアイデアに行き詰まっていると言っていました。スポーツドリンクのキャンペーンについて。日記にそう書いてあります」
陽太は震える手で自分のスマートフォンのメモを開いた。彼がそのプロジェクトについて初めて記録したのは、確かに今週の月曜日、つまり2023年9月18日だった。しかし美月の日記によれば、彼女は2022年9月16日に彼と会い、そのプロジェクトについて話していたという。
「これは一体…時間がずれているってこと?」陽太の言葉は半分疑問、半分気づきだった。
二人の困惑した表情を見て、店主がそっと近づいてきた。彼の足音は聞こえず、まるで空間を滑るように移動していた。
「時には、時間が重なることがあるんです」店主は静かに語り始めた。その声は不思議な響きを持っていた。「この書店は、時間の隙間にあります。異なる時間を生きる人々が出会える場所なんです」
「どういう意味ですか?」陽太が尋ねた。彼の声には恐れと好奇心が混じっていた。
店主はテーブルに置かれた二つのスマートフォンを見た。「あなたたちは異なる時間軸を生きています。木村さんにとっての2023年9月23日は、佐藤さんにとっての2022年9月16日なのです」
美月と陽太は顔を見合わせた。二人の目には同じ疑問と驚きが浮かんでいた。
「信じられない…」陽太が呟いた。彼は自分の手を見つめ、それから美月の手を見た。「でも、どうして?どうやって?」
「時間は私たちが考えるほど固定されたものではありません」店主は穏やかに説明した。「時間は流れであり、ときにその流れは交差します。あなたたち二人は、そんな交差点で出会ったのです」
「でも、それなら私たちはどうやって会えているんですか?」美月が不安そうに尋ねた。彼女の手は小刻みに震えていた。
「この書店は特別な場所です」店主は窓の外を指さした。窓からは書店の前の通りが見えるはずだったが、そこには霞がかかったような風景が広がっていた。「ここでは時間の流れが交差し、普段は会えない人々が出会うことができるのです。私はこの店の番人として、そういった出会いを見守ってきました」
店主はテーブルの上に古びた本を置いた。それを開くと、無数の名前と日付が記されていた。「あなたたちだけではありません。時間を超えて出会った人々は、この本に記録されています」
信じがたい話だったが、二人はなぜか納得していた。それは彼らがお互いに感じていた既視感や不思議な親近感を説明していた。陽太は美月の顔を見つめた。異なる時間に生きる人なのに、どこか懐かしく、親しみを感じる顔。
「では、私たちは書店の外では会えないんですか?」美月が不安そうに尋ねた。彼女の目には悲しみの色が浮かんでいた。
「必ずしもそうではありません」店主は応えた。彼は窓辺に立ち、外の霞んだ風景を見つめながら続けた。「強い絆で結ばれた魂は、時間の壁を超えることもあります。ただし、それには条件があります」
「条件とは?」二人は同時に尋ねた。
店主は振り返り、二人を見つめた。彼の目は深く、まるで時間そのものを見通しているかのようだった。「それは自分たちで見つけ出さなければなりません。答えは、あなたたち自身の中にあります」
そう言うと、店主は静かに立ち去った。彼の姿は本棚の間に消えていった。
美月と陽太は長い沈黙の後、再び向き合った。
「信じられないけど…」美月が言葉を選びながら言った。「あなたの話す未来のことを聞いてみたいです」
陽太も微笑んだ。「美月さんの…過去の話も聞きたい」
その日から、陽太と美月は毎週土曜日に「時の葉書店」で会うようになった。彼らはお互いの世界について語り合った。
陽太は美月に、2022年の秋以降に起こる出来事を語った。大きなニュースから流行の移り変わりまで。美月はそれを驚きと興味をもって聞いた。「本当に予言みたい」と彼女は目を輝かせた。
一方、美月は陽太に2022年の出来事を詳しく語った。陽太はそれを懐かしさとともに聞いた。彼にとってはすでに過ぎ去った過去だったが、美月の視点で語られるそれらの出来事は、新鮮な輝きを帯びていた。
「あの映画の続編、実は大失敗するんですよ」ある時、陽太が教えた。
「えっ、そうなの?でも予告編が素晴らしくて、みんな期待してるのに!」美月は驚いた。
「だから僕も残念だったんだ。でも、その代わり別の作品が思いがけず大ヒットするから」
美月は興奮した。「じゃあ、私は両方見ることができるわけね。予備知識を持って」
時には本を交換し合った。美月が訳したばかりの本をまだ出版されていない段階で陽太に読ませたり、陽太が美月の「未来」で話題になる本を紹介したりした。
「この作家の次の作品は傑作だよ」陽太が言うと、美月は目を輝かせた。
「それは楽しみ!今から待ち遠しい」
二人の間に芽生えた感情は、時間の隔たりを超えて深まっていった。それは不思議な状況下での出会いだったが、二人の心は確かに共鳴していた。
店の片隅では、店主が静かに本を読みながら、時折二人に視線を送っていた。彼の微笑みには、何かを知っているような、そして何かを期待しているような表情があった。