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◆
「あんた来月誕生日じゃなかった?」
給湯室を横切ろうとすればタイムリーな話題が耳に届いた。
どうやら営業課の女子社員がコーヒーを淹れる合間の会話だったみたいだ。
「ニュープリンスの屋上プール貸切にして、ナイトプールでバースデーパーティーとか理想」
「めっちゃ映える、それ最高」
今どきの子達はそんな誕生日を過ごすのか。
私がパーティーなんか開いても友達は1人しか来ないだろうし、ホテルの最上階とは縁のない人生だ。
結局、一昨日は常葉くんと一緒に夜ご飯を食べに行ったくらいだ。休日だったけれど、常葉くんは昼間仕事が入っていたし、出掛けたりは出来なかった。
好きな人と一緒に過ごせるだけで幸せだったけれど、もっと甘えるくらいの可愛げが欲しかったなぁ。
…………いやこの年で甘えるとか痛いだけか。常葉くんは年下なんだし。
「眞鍋さん?」
あれ以来接点のない彼女に戸惑っていれば、「ちょっとこっちに」と、眞鍋さんは強引に私の足を動かす。
いつか二人で入ったミーティングルーム。あれ以来、彼女の仕事態度は別人のように代わり、社長の娘だから、七光りだから、と、付き纏っていた噂は全く聞かなくなった。
……でも、眞鍋さんが一体どうして。
前髪を触りながら気まずそうにする眞鍋さんに違和感を感じつつも、出方を伺う。
「ちょっとお願いがあるんです」
「……お願いですか?」
「穂波さんって、常葉樹と仲良いですよね」
桃色の唇が零したのは、思いもしない名前だった。
柿原さんに気付かれるのは半分諦めていたけれど、まさか眞鍋さんにも気付かれている?……そういう事?
「ま、まぁ……わ、悪くはないですね」
物々しい雰囲気に気取られないよう、咳払いをひとつして言ったのに、結局挙動不審に答えてしまった。不覚だ。
怪しまれないかな、そう思ったのは結局杞憂な事で、答えを聞いた瞬間眞鍋さんは私の手を掴み真剣な眼差しで見つめる。
「あの、私、常葉樹と食事に行きたいんですよね」
……はい?
「……食事?」
心と同じタイミングで口から零れた。
「はい、それで……穂波さんが常葉樹のこと誘ってくれません?」
「…………私が?」
「私が誘っても来てくれなさそうなんですよね」
「それは、どういう……」
「常葉樹のこと……軽く気になってるんです!でも、今更じゃないですか!友達に言っても煽られるばかりなんで、穂波さん、お願いします!」
…………あぁ、そういう、事。
そこまで言われるといやでも気づく。
柿原さんが常葉くんに近寄るのは好意が無かったから。眞鍋さんは好意があるから近寄れないんだ。
……好きなんだ、常葉くんの事。
初めて見た時、お似合いだと思った。
彼の隣にいるのが相応しい子だと、純粋に。
聞いた事のない音で胸が傷む。だけど絶対に気づかれたくなくて、眼鏡を人差し指で直した。
余裕、余裕……年上の余裕……。
「わかりました」
出した声はやっぱり震えたけれど、私の返事に眞鍋さんは愛らしく微笑んだ。
それを見れば、再び心臓は不協和音を鳴らして軋んだ。
『分かりました。言うだけ言いますね』
……とは言ったものの。
本当に言えるのだろうか。
一瞬で幽霊に取り憑かれたみたいに肩が重くなった。取り憑かれた経験は無いのだけど、きっとその時はこんな気分だろう。
言ったからには伝えないと。
きっと、行かないと言ってくれるだろう。……それでも、常葉くんが了承したらどうしよう。
好意を寄せる女の子と二人きり……。やっぱりそれは嫌だな。
余裕が欲しいのに何処を見つけても見当たらない。
頭の中で出口の見えない討論を短い間に何回も交わして、深いため息を落とす。自分のテリトリーの階にたどり着くと、何故かオフィスの前の廊下が騒然としていた。
「あっっ!穂波さんーーー!遅いですよぉ!!」
「はい?どうしました?」
「コピー室に蜘蛛が出たんです!蜘蛛!穂波さん平気でしょ!?捕まえて森に返してください!!」
く、蜘蛛……!?なぜ私が……!!
脳内にモザイクを掛けたその姿が登場しただけで背筋が震える。だけど、誰もそんな私には気付かない。
「頼むな、穂波!」と、課長までもが私の背中を押す。
「え、ちょ、なんで」
「今ちょうどスプレー切れてて、あー穂波が居てくれて助かった!」
「ちょっと、あの」
私の有無は言わせず、5畳ほどのコピー室に身を投じられるとすぐ様ドアが閉まった。
う、嘘だ……悪夢だ……。
「穂波さん!」
脳内を彼でいっぱいにしていると、名前が届き振り向いた。
そこに居たのは、まさに、ホテルの最上階から観る夜景だとか、ホームパーティーだとか、キラキラした枠組みがピタリとはまる可愛らしい子だった
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