テラーノベル
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前を歩く雄斗は、一度も後ろを歩く瑠華に振り向かない。
(お茶を淹れたら美味いって褒めてくれて、笑顔も見せてくれたのに)
百日紅の館で過ごしている間、瑠華はずっと雄斗の役に立てるよう、たくさんのことを勉強した。でも現実は、努力の甲斐なく雄斗を怒らせてばかりいる。
情けないけれど、怒っている理由がわからないから、どこを直せばいいのかわからない。
瑠華の全てだった彼は、生きていくために必要な知識を瑠華に与えた。けれど、いざ一人になってみると、瑠華は何も知らずに生きてきたことを思い知らされた。
本当にお前は無知すぎると、郭の女将には随分と怒られ、最後には呆れられてしまった。
高緒は瑠華に何も期待していなかったのか、怒ったことは一度もない。ただただ優しく、そのままでいいよと言い続けてくれた。けれど瑠華は、その言葉に甘えたくはない。
雄斗には、たくさん聞きたいことがある。どうして、出会って間もない自分に、ここまで親切にしてくれるのか。どうして、こんなに心配してくれるのか。
ひと月ほど前に男に刃を向けられた後、ものすごく怒られた。でも表情は、憤怒ではなく、まるで痛みを堪えているような顔だった。
こんな表情をする人を、瑠華は一度も見たことがなかった。そして同時に思う。雄斗が、自分の探し人だったらいいのにと。
故郷を壊す直前、瑠華の全てだった彼は、瑠華に美しい夢を見せた。
満開の夜桜の下で、ほのかに光る太刀を構える魔祓師。顔は見えないけれども、しなやかな身体を持ち、老人でもなければ幼子でもない。若い男だった。
黒い着物を着た魔祓師は、きっちりと襟が合わさっているのにもかかわらず、なぜか肩から胸にかけて袈裟懸けに傷があるのが見えた。
(……どうして?)
不思議に思った瞬間、瑠華は夢から覚めた。
「あれが、お前が探す男だ。忘れるなよ」
目が覚めたばかりの瑠華を見下ろして、瑠華の全てだった彼は静かに言った。
彼の言葉は絶対だ。疑問に思うことなんてあってはならないのに、瑠華はその時に限って問いかけた。
「違う人を選んだら駄目なの?」
「っ……!いいさ、かまわないさ」
目を丸くした瑠華の全てだった彼は、膝をつき瑠華を抱き寄せた。
「お前が、決めていい。こいつだと思ったら、迷わず選べ」
優しい言葉を紡いでくれた彼は、寂しそうであり、どこか嬉しそうだった。
それから瑠華は、たくさんの男の人とすれ違い、言葉を交わし、探し続けた。
雄斗が助けてくれたとき、「この人だったらいいな」と思ったけれど、それは一時の気の迷いかと、瑠華は自分を疑った。
でも一緒に過ごせば過ごすほど、雄斗を選びたい気持ちは日増しに増えていく。
雄斗は魔祓師とはまったく縁のない仕事をしているし、襟の詰まった服装では、肩から胸にかけて傷があるのかもわからない。
(一つでも、夢の中の人と共通点があればいいのに……)
彼は、選択権を瑠華に与えてくれた。それは好きにすればいいという自由でもあるが、大きな責任が伴う。
だから瑠華は、ずっと雄斗を選んでもいい理由を考えていた。今日はせっかく銀杏堂に連れてきてもらえたのに、考えすぎて頭が疲れて昼寝をしてしまった。情けない。
夢の中でも、瑠華は悶々と悩んでいて──そうしたら、夢の中で雄斗が出てきた。あまりに嬉しくて、飛びついたら、なぜか彼は固まってしまった。
#怪異
41
#ハッピーエンド
当麻月菜
912
ヂ二ヂ二
15
どうしよう、怒ったかな?何度謝っても雄斗は固まったままで、途方に暮れた瑠華は耐え切れずに奥の手を使ってしまった。
自分ひとりの力ではどうしようもない時に口にする言葉。瑠華の全てだった彼の名前──充芭。
今までその名を呼ぶと、どんな危機も回避できた。雄斗の笑顔を見れないからといって危機的状況にはならないが、瑠華の心は間違いなく途方に暮れていた。
だから奥の手である充芭の名を紡ぎ、目を覚ました。瞬間、半目になった雄斗が覗き込んでいた。使い方を間違えてしまったのだろうか。
「──……あっ」
考え事をしていたせいで、瑠華の歩調はだいぶ遅くなっていた。雄斗のすぐ後ろを歩いていたはずなのに、随分と距離が離れてしまっている。
慌てて小走りになるが、距離はいっこうに縮まらない。
(どうしよう。このままだと、置いて行かれる)
不安に思った途端、黒いもやもやとしたものが瑠華の背後から忍び寄る。
(……だめ。今、振り向いては、ぜったいに駄目)
闇に覆われてしまう。身も心も。それは、とてつもなく痛い。そして、すぐ後ろにいるものに捕らわれたら、瑠華は二度と立てなくなる。
だから、雄斗の背に向かい願う。
どうか、振り向いてください。ほんの少しでいいです。あなたの心をほんの少しだけ、こちらに向けてください。
私が闇に捕らわれないように、捕まえていてください。
そう瑠華が願い続けた結果、小石につまずいた。
コメント
1件
うわ、この話……めちゃくちゃ切なかったですね。瑠華が「選んでいい」と言われた自由の重さに押し潰されそうになりながら、それでも雄斗を「選びたい」と理由を探し続ける姿が、もう胸に刺さりました。特に、夢の中で飛びついたら固まっちゃったシーン、可愛いけど切なすぎる……。それと「充芭」という名前の存在。瑠華の全てだった彼の名前であり、奥の手でもあるって、構造がもう巧みすぎる。雄斗の肩から胸の傷、絶対伏線ですよね。次が気になりすぎます。