テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第29話「10のこわい話」
「……10こ、話せる?」
ユキコがそう言ったのは、寝る前だった。
お泊まりの夜、雨もふらず風もない。
外からは虫の音がかすかにするだけだった。
ナギは布団の中で、天井を見ていた。
天井にはひびがあって、そこからふるい夜の気配が垂れてきていた。
ナギはTシャツのまま、目をこすった。
服はクリーム色で、ところどころに何かのシミがついていた。
ユキコのおばあちゃんの家で借りたものだ。
下は、誰かが昔はいていたパジャマのズボン。ゆるくて、片足だけ裾を踏む。
ユキコは隣の布団にいた。
着ていたのは白地にうす桃の花が咲いた寝間着。
髪はまだ乾いておらず、枕にしっとりと貼りついていた。
「10こ……こわい話?」
「うん。ナギちゃんのなかの、“ほんとにこわいもの”を、10こ」
1こめは──
「自分の声を録音で聞いたとき、誰かの声に聞こえたこと」
2こめは──
「夜、家族がぜんいん寝てるはずなのに、階段の音がしたこと」
3こめは──
「教室で名前を呼ばれて、返事をしたら“ちがう”って言われたこと」
4こめは──
「おぼえてないはずの夢の続きを、別の夜に見たこと」
5こめは──
「“元に戻れなくなる”という言葉を、誰かに言われた記憶があること」
6こめは──
「ずっと一緒にいたぬいぐるみが、ある日“顔がちがう”と感じたこと」
7こめは──
「ひとりごとを言ったつもりが、“うん”って返事が返ってきたこと」
8こめは──
「鏡に映る自分が、ほんの少しだけ“遅れて”動いたこと」
9こめは──
「もう会えないと思っていた人に“また会えるよ”と言われたこと」
10こめは──
「ユキコの顔が、たまに“誰かを重ねているように見える”こと」
話し終えたとき、ユキコは笑っていた。
でもその笑顔は、泣きそうなときにしか見せないものだった。
「……わたしの、10こも話す?」
ナギは首をふった。
「いい。きっと、わたしの知ってるものばっかりだと思うから」
しばらく、ふたりは黙っていた。
天井からなにかがこぼれそうな夜だった。
言葉じゃなく、気配の粒が降ってくるような。
スタンプ帳の今日のページには、
丸いスタンプが10こ、並んでいた。
ひとつだけ、上下が逆さまだった。
それはたぶん、“ほんとうのこわい話”だったのだと思う。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!