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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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カシューは腰を屈《かが》め、事切れた兵の横に投げ出された合成弓を手に取ると矢蔵《やぐら》から顔を覗かせた。途端に激しく弓矢が矢蔵の側面を撃ち抜き、隠した顔の目前で鈍く映《は》えた矢尻《やじり》が止まる。


喇叭《らっぱ》を鳴らし襲撃を知らせた代償に、命を寄越せと言わんばかりに矢羽根《やばね》が次々と月夜に打ち上がり、頭を下げ自らの身を案ずる事しか出来なかった。


合成弓とは複数の材料を張り合わせる事で射程と破壊力を向上させた複合弓の事である。威力については、肘まで弦を引いただけで、胸の位置まで引いた長弓と互角か、それ以上の威力を持つ。


戦闘で使用する時には、弦を耳の位置やそれ以上まで引く事の出来る弓懸《ゆがけ》(キナーナ)を使用する為、さらに威力が増した。強化された合成弓は、長距離用の矢を約600メートル先まで飛ばし、この時代の最長の射程を誇るとされた。


「クソッ――― 」


四方から差し迫る狂気は止む事を知らず、続け様に放たれた火矢が矢蔵を襲う。自らの命を守る為、カシューは弓矢を走らせ応戦を余儀なくされた。その中の1矢が1人の怪しい男の胸を貫く―――


「―――ぐぁっ!! 」


「なっ⁉ おいフェルド、しっかりしろ、クソっおいフェルド!! 」


「ガハッ、マード俺…… は…… ゴブッ…… もぅ」


「ふざけんな立てフェルド、ダメだしっかりしろ、おいダメだ俺を見ろ」


「ガハッ、見えない…… 何も…… マード…… 何処にいる…… 」


鋭い矢は急所である胸の近くを深く貫いてしまっている。一見してもう助からない事は容易に理解出来た。虚ろな瞳を浮かべる友を抱き寄せ、見る見る染まり行く温かい血潮に、諦めきれない後悔の念だけが脳裏を掠《かす》める。だが、これしか他に選択肢は無かった。この戦乱の世で唯一稼げる仕事と言えば人を殺める事を指し、生きて行く為に多くの親の無い未熟な少年達は、戦士に成るべく訓練を施され、戦場へと駆り出されていた。


「そいつはもぅダメだ、行くぞ撤退だ」


「ふざけんな置いてなんて行けない‼ 」


「勝手にしろ、どうせお前等は使い捨てだ。その代わり秘密は死んでも守れ」


マードとフェルドは物心ついた頃から親は無く、貧しい村に捨てられていた。フェルドは病弱な妹の為、薬代を稼がなければならず、軍に入れる年齢までは様々な犯罪に手を染め、それこそ、たった1日を生き抜く為にその幼さ残る身体でさえも大人達に売り、生計を立てていた。


―――軍に入れれば薬が買える……


『俺が稼がないとレイラは助からない』


13歳に成るとフェルドは迷わず軍の招集に身を投じた。愛する妹を守る為に金が必要だった……。 そんな幼馴染のフェルドは、マードにとってもまた大切な唯一の家族であり、屋根も無い裏通りで支え合い乍《なが》ら、夢も希望もないこの世の中で、3人寄り添い必死に生きて来た。


―――小さな明日を生き抜く為に……


マードにとって、フェルドとレイラは、守らなければならない唯一の家族だったのだ。そう、決して失っては成らない大切な家族だった。


「おい頼むよフェルド、お願いだ目を閉じるな」


「さ…… 寒いよ…… マード…… ガハッ レイ……ラを、レイラを…… 」


「あぁ、フェルド…… ダメだ、ダメだ、レイラを1人にするなフェルド…… グズッ 頼むよぉ、お願いだぁ。あぁぁ――― 」


守るべき大切な1つの命が、心の支えだった1つの命が、マードの胸の中で今逝《ゆ》いた。生きる意味を失った心の中が瞬く間に業火に包まれる。


「フェルド―――――‼ あぁぁぁぁぁ――― 」


悲痛な叫びが夜空を劈き、フェルドを抱いた慟哭は恨みを孕み、感情から芽吹きし悪魔は全てを対価に捧げる覚悟をマードにさせた。


「クソッ、クソッ、あぁフェルド…… あぁ何で何でだ…… 神様どうして…… 何で俺達から全てを取り上げるんだ。返してくれ、フェルドを返せ‼ 」


―――殺してやる―――


多くを望んでは居なかった。3人でその日を生きて行ければ、他には何も要らなかった。共に泣き笑い、生きる為に、1つの毛布に3人肩を寄せ合い励まし合って生きて来た。そんなたった1つの願いすらも叶わずに、希望を奪われたマードは、血の涕を流し、鮮血に染まり震える両手で剣を取る。まるでフェルドと過ごして来た日々を取り戻さんとするかの如く。


―――己の命を対価に、奪われた命を奪い返す……


火矢により、炎に包まれようとする矢蔵へと憎しみを放ち走り出す。既に板で被われた壁面《へきめん》にも炎は生き物の様にその存在を誇示し、風に煽られる度、畝《うね》りを上げ燃え広がり始めている。堪らず行く末を見守る1人の少女は嘆きの声を露《あら》わにした―――


≪いいかいナディラ、僕にこれから何が有ったとしても此処から出ない事。いいね? ≫


「ダメ‼ お願いカシューさん逃げて、お願い早く逃げて――― 」


カシューが今正に矢蔵の梯子《はしご》を降りようと振り返った時だった。突然男が煙の中から剣を振り翳《かざ》し、カシューの肩口にその刃を突き立てた―――


「ぐはっ――― 」


楔帷子《くさびかたびら》の一部が、その激しい斬撃により突き破られ肌を掠めると、燃え盛る炎《ほむら》の中に血潮が舞った。不意に襲った恐怖の波が、カシューの心に渦を巻く。立ち上がらんとする間に、焔《ほのお》を淡く返す刃が更に脇腹に重く食い込んだ。


「がぁぁ――― 」


矢蔵の床に命の証《しるし》を吐き出し倒れ込むカシューに、激しい殺意が牙を剥く。誰《た》が為に怨敵《おんてき》を仕留めなければならないのか、マードは今一度心に問いかけ、覚悟を以《も》って涕を流し振り下ろす。奪われた命を、不生不滅《ふしょうふめつ》の魂を、その心に取り戻す為に。


「フェルドを返せえええええ―――‼ 」


満身創痍の中で訪れた僅かな隙を狙い、振り下ろされる刹那を掻い潜りカシューは這い蹲《つくば》り乍《なが》ら全体重を懸け体当たりをする。弾き飛ばされたマードは手摺《てすり》に激しく背中を叩き付けられ、唯一の武器であった剣を落下させてしまった。


「くそっおぉぉぉぉ――― 」


脇腹を抑え床に手を突くカシューの顔面が蹴り上げられる。激しい恨《うら》みの衝撃が脳を容易《たやす》く揺らし、身体は無残に天を仰ぐと手摺に撥《は》ね返され、倒れた床に衝撃が響き渡った。


「―――がぁぁぁぁぁ」


男は倒れたカシューを横目に、床の中央に掛けられた梯子を地上へと蹴り落とす。燃え盛る炎は勢いを増し、打ち上る熱風に髪の焦げる匂いが立ち籠《こ》めると、お互いにこれが最後だと心に覚悟をさせた。


「ぼっ僕を…… 殺すんじゃ無かったのかい?」


「あぁ…… お前をゆっくり殺してから俺も逝く。お前は俺の大切な物を奪った」


髪を摑まれ顔面を何度も殴られる。殴られる程に既に感覚は無く、折れた前歯は砕け散り、相手の拳に遺恨《いこん》を残した。そろそろだと言わんばかりに、カシューは後ろから首を絞められ、虚《うつ》ろな瞳で神に最後の祈りを捧げた……。


「 ―――かはッ」


薄れゆく意識の中で見上げた月は、徐々に真朱《しんしゅ》に染まって行く。鼓膜から響く鼓動がその役割を終えようとすると、遠く記憶が霞んで行った。零《こぼ》れ落ちる友への想いが幻月《げんげつ》の輪郭を幾重にも滲《にじ》ませると、手を伸ばす幼き日のグランドが笑顔で笑っていた……


―――ごめんなさいグランド。

君との想い出は先に僕が持って逝くよ―――






荒れ狂う紅蓮の劫火《こうか》は全てを焼尽と化す。命代《いのちがえ》に祈願《もとめねが》ふは、情《なさけ》の依《より》にして面影を乞ひ願ふ。孤城落日《こじょうらくじつ》なれば寂しさ溢れ終焉に友を思ふ。

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