*****
「ゲームねぇ……」
私は帰宅した真と蒼に、百合さんと侑との会話を話した。
「賢い奴の考えはわかんねぇな」
今日は季節外れのすき焼き。
「でも、咲はそう思うんだろ?」
私が蒼の取り皿に手を伸ばすと、「自分でやるからいいよ」と言われた。
「うん」
「てことは、ラスボスは?」と言いながら、真が卵をかき混ぜる。
「そんなもの、初めからいなかったのよ。それをいるように見せかけたことが、宮内のゲーム」
私は豆腐と長ネギを自分の皿によそう。
「じゃあ、こっから先はどうする?」
「それなんだけどさ……」と、蒼が神妙な面持ちで切り出した。
「俺、開発に異動することにした」
「開発?」
「ああ。半年前までお世話になっていた徳田社長が、取締役会までの三か月間、自分にくっついて経営について学べって言ってくれてさ」
徳田社長……。
取締役会でも蒼を擁護する発言をしていた。
「で、ついでに社員寮に入る」
「お前が寮生活?」
「明日にでも移るよ」
明日……。
「真さんは? フィナンシャルに残るんですか?」
「和泉さんに誘われたんだけど、とりあえずちょっと休暇を取ろうと思ってる」
「咲は?」
「充さんの第一秘書の休暇が終わるまでは今のまま。その後のことはまだ……」
真が、心配そうな表情で私を見た。私は『大丈夫よ』と笑顔を向けた。
「そっか……。侑と百合さんは?」
「二人には引き続き内藤社長の動きを見張ってもらうわ」
「あ、俺もう行くわ」と、真が立ち上がった。
「今日は帰らないから! 蒼、またな。開発で頑張れよ」
慌ただしく真が出て行く。
「気ぃ使わせたか?」と、蒼が白滝をちゅるちゅると吸い込む。
「着替えを取りに来たのを、私が引き留めたのよ」
「そっか」
「蒼は? 明日から異動なら、今日は帰る?」と、私は蒼と目を合わせずに聞いた。
あ、この言い方は可愛くない……。
「帰って欲しい?」
「帰って欲しいって言ったら、帰るの?」
「まさか。咲は帰れなんて言わないだろう?」
泣きそう……。
でも、泣いちゃダメだ。
前は自分から蒼を突き放したくせに、蒼が自分から離れていくことを寂しいと思うなんて、勝手すぎる。
私は立ち上がり、キッチンに向かう。
「寂しい?」
「え?」
「しばらく会えなくなるの」
私は冷蔵庫からビールを二本取って、テーブルに戻る。一本を蒼に渡す。
「俺は寂しいよ」と、ビールを持つ私の手に自分の手を重ねて、蒼が言う。
「でも、行くんでしょう?」
「行くよ。今のままじゃ、あの指輪を咲の指に戻せないから」
「え……?」
指輪……?
「咲と付き合ってたった四か月なのに四年くらい一緒にいる気がするよ」と言って、蒼はビールの栓を開ける。
「きっと会えない三か月は三年以上に感じるんだろうな……。三週間会えなかった時も、三か月以上に感じたし」
蒼は栓を開けた缶を私の前に置き、開いていない缶を開けて、一口飲んだ。
こういうさりげない優しさが、嬉しい。
「でも、今の宙ぶらりんの状態でお前のそばにいても役には立てそうにないし、俺は俺のやるべきことをやるよ」
やっぱり……蒼のこと好きだな。
改めて思い知らされる。
「まだ、全面解決ってわけじゃないし、宮内のこともすげー気になるけど……」
「蒼……」
「ん?」
「好きよ……」
蒼はキョトンと呆けた顔をした。
「大好き」
見ていると、蒼の顔はみるみる赤くなり、すぐに耳まで真っ赤になった。
私は思わず笑ってしまった。
「笑うな!」と言って、蒼は手で顔を覆った。
「火! 止めて!」
「はっ?」
「いいから!」
私は言われるがまま、コンロの火を止めた。
蒼が私の手を握り、リビングを出る。
「蒼?」
「三か月分、朝まで覚悟しろよ!」
「あははっ」
蒼は私の部屋に入るなり、私にキスの雨を降らせた。
熱を帯びた蒼の唇が私の唇を放さない。私の口の中を味わうように、蒼の舌が私の舌を絡めとる。
激しいキスとは相反して、蒼の手は私を抱き締めるだけ。早く触れて欲しくて、身体が火照る。
「触ってないのに、身体熱くなってる……」
意地悪く焦らす蒼のワイシャツの襟をグイッと掴むと、ベッドに押し倒した。
「お、積極的」
蒼に覆い被さり、今度は私が彼の舌を絡めとる。同時に彼の足の間に自分の足を入れて軽く動かす。すぐに、蒼が感じて硬くなるのがわかった。
「咲……」
蒼が私を抱き締め、身体を起こす。私は蒼に跨る格好になり、硬くなった蒼の股間を押し付けられた。
「こんなこと、他の男にするなよ」
「どんなこと……?」
蒼が私の服を脱がせ、私が蒼の服を脱がせる。触れ合う素肌が心地よい。
「なぁ、咲……」
「ん……?」
「しばらく会えなくなるからさ……餞別代りに教えて欲しいことがあるんだけど」
蒼が私の胸に顔をうずめ、上目遣いで私を見た。
「なに……?」
「咲の一番感じる体位は?」
私は夢心地から一気に現実に引き戻された。
「前にも……そんなこと聞かれた覚えが……」
「うん、聞いた」と、蒼が私の胸に舌を滑らせる。
「いや、聞かないでよ」
「なんで? 知っておきたいだろ」
蒼がスーツのベルトを外す。下腹部の辺りがぞわぞわと疼く。
「明日から寝る前に思い出す咲を、今夜のうちに記憶しとかなきゃいけないし」
スーツを脱いだ蒼は、片手で私の感じる部分を愛撫し、もう片方の手で器用にコンドームをつける。
「教えない……」
蒼の首に腕を回し、唇を重ねる。そのまま、蒼を私の中に挿入た。
「毎晩私を思い出して……考えて……」
「さ……く——」
蒼が顔を歪ませ、私の腰を深く沈ませる。
蒼の感触を忘れてしまわないように、私はゆっくりと腰を揺らし、こみ上げる快感に身を仰け反らせた——。
*****
蒼は言葉通り朝まで私を抱いて、一睡もせずに数時間前に脱ぎ散らかしたスーツに再び身を包んだ。
「皺になっちゃったね」
私はあえて、ベッドから出なかった。
「寮の近くでクリーニング屋を探さなきゃな」
「寮なら……美味しいご飯が食べられるよね」
蒼がベッドに座り、私の頬を撫でた。
「それでも、咲の手料理が食いたくなるんだろうな……」
「そんなこと言って……全然寂しそうじゃないね」
「自分で決めたことだからな」と言って、蒼は笑った。
「そうね……」
蒼が『開発に異動することにした』と言った時、寂しさを覚えた半面、頼もしさを感じた。
『徳田社長に誘われた時、私と会えなくなることに少しは躊躇した……?』
私は聞きたい言葉を飲み込んだ。
代わりに、返事のいらない言葉を口にした。
「キスして……?」
蒼の唇が私の唇にゆっくりと近づき、私は目を閉じた。なのに、蒼の唇の感触を感じられない。
「キスを待ってる咲の顔、可愛いな」
私が目を見開くと、蒼が楽しそうに私を見下ろしていた。
「ひどいっ!」
「ごめん、ごめん」
蒼がケラケラと笑いながら、唇を寄せてきた。私は枕に顔を押し付ける。
「もう、しない!」
「ごめんて。もう待たせないから……」
蒼の指が私の首筋に触れる。背筋に電流が走ったように、痺れを感じた。
耳元に蒼の息を感じる。
「咲を待たせるのは、これが最初で最後だから——」
キスのこと……?
それとも——。
考えるよりも先に、私は蒼の指に誘われるままに枕から顔を離した。
すぐさま、蒼の唇が私の唇に重なる。
触れるだけの、甘く優しいキス。
「浮気するなよ?」
そう言って、蒼は部屋を出て行った。
見送った彼の背中に迷いはなくて、力強くて、たくましかった。
アイロンくらいかけてあげれば良かった——。
そう思うと、涙が溢れた。
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