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冬の夕方、駅のホームに少年と父親が立っていた。 少年はまだ小学生。父親は大きな荷物を抱えていた。
「仕事で遠くに行くんだ。しばらく帰れない」 父親はそう言った。少年はうつむいて、靴の先を見つめた。
「どれくらい?」 「…長い間だ」
電車が近づいてくる音がした。ホームの空気が震え、冷たい風が吹き抜けた。少年は父親のコートの裾をぎゅっと握った。
「行かないで」 小さな声だった。父親はその声を聞きながら、何も答えられなかった。
電車が止まり、ドアが開いた。父親は荷物を持ち直し、少年の頭をなでた。 「強くなれ。母さんを助けてやれ」
少年は涙をこらえながらうなずいた。父親は電車に乗り込み、ドアが閉まった。窓越しに見える父親の顔は、笑っているようで、泣いているようでもあった。
電車が動き出す。少年は走った。ホームの端まで走り、必死に手を振った。父親も窓から手を振った。けれど、電車はどんどん遠ざかっていった。
やがて姿が見えなくなった。ホームには少年ひとりが残された。冷たい風の中で、少年は立ち尽くした。
それから何年も父親は帰ってこなかった。少年は成長し、母を支え、働き始めた。父親からの手紙は時々届いたが、会うことはできなかった。
ある日、母が静かに息を引き取った。少年は母の枕元で泣きながら、父の名前を呼んだ。けれど返事はなかった。
葬儀の後、駅のホームに立った。あの日と同じ場所。冷たい風が吹き抜ける。少年は目を閉じ、あの日の父の声を思い出した。 「強くなれ。母さんを助けてやれ」
少年は涙を流しながら、心の中で答えた。 「やったよ。母さんを守ったよ。でも…父さんに会いたかった」
電車が通り過ぎる。窓に映る人影の中に、父の姿を探した。けれど、どこにもいなかった。