テラーノベル
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第38話:迷いの森。村の結界は超えられない
シロの放った『神聖なる逆光(物理破壊)』によって、テレビ局の500万円の放送用カメラがただの鉄くずに変わってから、数時間が経過した。
古民家の縁側は、何事もなかったかのように平和な午後を取り戻していた。
「……ふぅ。これで邪魔者もいなくなったし、ゆっくり昼寝の続きができるな」
俺は縁側でゴロンと横になり、シロとキツネ兄弟の『もふもふ団子』に背中を預けた。
「お兄さん、本当にあんな追い返し方でよかったんですか? 相手、全国ネットのテレビ局ですよ?」
小春ちゃんが、少しだけ不安そうに聞いてくる。
だが、俺は元限界社畜だ。ブラック企業でコンプライアンスの闇を見てきた俺にとって、あんなチンピラまがいのディレクターなど恐るるに足らない。
「大丈夫さ。アポなし、不法侵入、撮影強行。向こうの落ち度が多すぎるからな。これ以上何かしてくるようなら、俺たちには世界中から集まった『最強の弁護団(視聴者の大富豪たち)』がついてる」
『任せろ!! 帝都テレビごと買収してやる!!』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト)=”I’m ready to file a lawsuit! I’ve secured top lawyers!“(訴訟の準備はできている! トップ弁護士を押さえたぞ!)』
『主の背後には250万人のリスナーと世界のVIPがいることを忘れるなww』
チャット欄の心強い(そして物理的な火力が高すぎる)コメントを見ながら、俺は安心しきって目を閉じた。
しかし。
俺たちは、あの傲慢なディレクターの『数字(バズ)への執着心』を、少し甘く見ていたのかもしれない。
――その頃、村の入り口の雑木林。
「クソッ……! ふざけやがって、あの田舎モンが!!」
村はずれにレンタカーのミニバンを停め、ディレクターの男は苛立ちに任せてタイヤを蹴り飛ばしていた。
「ディ、ディレクター……もう帰りましょうよ。カメラも壊れちゃいましたし……」
若いADが震え声で進言するが、ディレクターは血走った目で彼を睨みつけた。
「バカ野郎! 手ぶらで帰れるか! 500万のカメラ壊されて、ハイそうですかって引き下がったら俺のメンツが丸潰れだろうが!」
彼はポケットから最新型のスマートフォン(高画質撮影機能付き)を取り出し、ギラギラと目を光らせた。
「あの白猫、絶対に裏でCGかトリックの仕掛けがあるはずだ! 正面からダメなら、裏山から忍び込んで、あのインチキな生活の裏側を隠し撮りしてやる!」
「ええっ!? で、でも、完全に不法侵入ですよ!?」
「バレなきゃスクープだ! 行くぞお前ら!」
ディレクターは嫌がるスタッフたちを無理やり引き連れ、道なき道……古民家の裏手へと続く、鬱蒼とした裏山の森へと足を踏み入れた。
しかし、彼らは知らなかった。
この村の裏山が、すでにただの自然の森ではなく、『神獣のテリトリー』として完全に統治されていることを。
カサッ……。
森に入って数分後。ディレクターたちの周囲を覆う空気が、ふっと冷たくなった。
「なんだ……? 急に霧が出てきやがったぞ……」
「ディレクター、なんか薄暗くて不気味です……。それに、さっきから同じところを歩いてるような……」
ADの言葉通り、彼らの周囲には、いつの間にか乳白色の濃い霧が立ち込めていた。
方向感覚が狂い、スマートフォンを取り出してGPSを確認しようとするが、『圏外』の文字が冷たく表示されている。
その時だ。
『……コンッ』
霧の向こうから、高く澄んだ鳴き声が聞こえた。
「ん? キツネか……? おい、スマホ回せ! 動物の映像でもインサートで使えるかもしれねぇ!」
ディレクターが命じた瞬間、霧の奥に『黄金色の影』がゆらりと現れた。
シロの第一眷属(舎弟)にして、エキノコックスすら浄化された最高純度のキタキツネ、コン吉である。
だが、普段俺たちに見せている愛らしい姿とは違い、その目は鋭く光り、尻尾の先からは、まるで狐火のような『黄金のオーラ』がチロチロと漏れ出していた。
「な、なんだあのキツネ……光って……?」
ディレクターが後ずさった、その直後。
ズゥゥゥゥン……!!
地響きと共に、コン吉の背後の霧が晴れ、信じられないほど巨大な『黒い塊』が姿を現した。
「ヒィッ……!?」
スタッフたちが一斉に尻餅をつく。
立ち上がった身長は3メートル近く。丸太のような腕と、鋭い爪。
かつてシロの圧倒的な覇王色の前に平伏し、完全なる服従を誓った裏山の元・絶対王者――『土下座ヒグマ』である。
『グルルルルル……!』
ヒグマは、神の聖域を荒らそうとする不届き者たちを見下ろし、大気を震わせるような低い咆哮を上げた。
「く、クマァァァァッ!? 出た、ヒグマだァァァッ!!」
「ディレクター! 逃げましょう! 殺されます!!」
「ひぃぃぃぃっ! 来るな、あっち行け!!」
パニックに陥ったテレビ局の連中は、悲鳴を上げながら、来た道を無我夢中で引き返し始めた。
背後からは、ヒグマの足音と、キツネの奇妙な鳴き声が追いかけてくる。
彼らは木の根に躓き、泥だらけになりながら、ただひたすらに命からがら走り続けた。
「ハァッ……ハァッ……! 助かったか……!?」
数十分走り続け、霧が晴れてきたのを見て、ディレクターが息も絶え絶えに足を止めた。
視界の先には、アスファルトの道路が見える。
「よかった、森を抜けましたよ……! これで助か……あれ?」
先頭を走っていたADが、道路に出た瞬間に呆然と立ち尽くした。
「どうした! さっさと車に……」
ディレクターも追いつき、周囲を見渡して、絶望に顔を歪めた。
「……なんでだ。なんで、村の入り口に戻ってきてるんだよ……!?」
彼らが必死に森を抜け、古民家に向かっていたはずなのに。
たどり着いたのは、自分たちが最初にレンタカーを停めた、村の入り口の雑木林だった。
「クソッ! 狐に化かされたか!? もう一回だ! 絶対にあの家を暴いてやる!」
狂乱したディレクターは、スタッフの制止を振り切り、再び別のルートから森へと突入した。
だが。
何度森に入ろうとも。どれだけ真っ直ぐ進んだつもりでも。
霧の中で現れる『黄金のキツネ』と『巨大なヒグマ』の影に追い立てられ、10分後には必ず、元のレンタカーの前に戻ってきてしまうのだ。
「ヒィィィッ! まただ! またここに戻ってきたァァァッ!」
「ディレクター、もうやめましょう! この村、絶対におかしいです! 呪われてます!!」
「嫌だ……俺は帰る……もう東京に帰るんだぁぁぁっ!!」
5回目のループを経験した時点で、スタッフたちの精神は完全に崩壊していた。
彼らは泣き叫びながらレンタカーに転がり込み、タイヤを空転させながら、逃げるように村から去っていった。
――一方、古民家の縁側。
「……ん?」
俺は庭の隅から、トコトコとご機嫌な様子で歩いてくるコン吉に気がついた。
その口元には、ちゃっかりと裏山で見つけてきたらしい山葡萄が咥えられている。
『キュン♪』
コン吉はシロの足元に山葡萄を献上すると、再び誇らしげに『もふもふ座布団』へと変形した。
「おや、コン吉、どこ行ってたんだ? おかえり」
「お兄さん、なんかさっきから、村の入り口のほうで車のエンジン音が何度も聞こえませんでしたか? ブオーンって」
小春ちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「ああ、聞こえたな。たぶん、道に迷った車がウロウロしてたんだろう。十勝の道は真っ直ぐすぎて、逆に方向感覚が狂うことがあるからな」
『主の現実逃避が今日も絶好調ww』
『絶対コン吉が何かしただろww』
『さっきまでコン吉いなかったしなww』
『テレビ局の連中、迷いの森(物理)にぶち込まれた説』
俺はカメラに向かって、真顔で解説を始めた。
「皆さま、北海道の森を甘く見てはいけません。広大な原生林の中では目印がなく、同じところをぐるぐると回ってしまう『リング・ワンダリング』という現象がよく起こります。無断で森に入るのは非常に危険です」
「……お兄さん、コン吉くんの足元、泥じゃなくてなんかコンクリートの破片みたいなのついてますけど? 絶対に村の入り口まで行ってましたよね?」
「それは……その、森の磁場が狂っている証拠だな! 恐るべし、北海道の大自然!」
「苦しいです! 今日の言い訳は無理がありすぎます!!」
小春ちゃんの鋭いツッコミに、チャット欄が『www』の弾幕で埋め尽くされる。
『リング・ワンダリング(キツネとクマの物理的誘導)』
『主、ついに磁場のせいにし始めたぞww』
『適応力バグおじさんの辞書に「妖怪」の文字はない』
『帝都テレビ、完全に狐につままれて敗走www』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$1,000ギフト)=”Fox magic! The forest is protecting Shiro! Amazing!“(キツネの魔法! 森がシロを守っているのね! 素晴らしいわ!)』
世界中が、見えざる森の防衛戦線(コン吉とヒグマの暗躍)に喝采を送っている。
俺は苦笑いしながら、縁側で幸せそうに丸まる三匹の頭を順番に撫でた。
「まぁ、何事もなくてよかったじゃないか。俺たちの平和は、今日も守られたってことだ」
シロの『神の結界』と、眷属たちによる『迷いの森』。
この限界集落の古民家は、もはやどんなメディアの悪意も、権力者の財力も届かない、正真正銘の『絶対不可侵の聖域』と化していた。
秋の陽だまりの中、俺たちのバグった日常は、誰にも邪魔されることなく、ただひたすらにのんびりと続いていくのだった。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第38話……帝都テレビ完全に敗走してて笑ったww コン吉とヒグマが「迷いの森」でしっかり誘導してたの、ちゃんと主を守ってて尊い……。でも小春ちゃんの「コンクリート破片ついてますよ」からの主の「磁場の狂い」理論、苦しすぎて好きです(笑) あのディレクター、5回もループして精神崩壊してたけど、そりゃそうなるよなあ……。この古民家、本当に誰も侵入できない聖域になってて、逆に安心感すごいです。今日も平和でよかった🌙
ゆうき あきや
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259
#心理描写重視