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平和は、あまりにも脆い砂上の城だった。
再建された街に流行病が蔓延し、かつての反乱軍の残党による呪術的な毒が水源を汚したとき、元貴の「慈愛」は限界を迎えた。
「……また、救えなかった」
死にゆく子供の冷たくなった手を握りしめ、元貴は独り、王邸の地下室で膝を突いていた。
彼の術式は「癒やし」に特化していた。だが、それは対象の苦しみを自らの内側に引き受けることで成立する、自己犠牲の連鎖だったのだ。数千の人々の絶望、怨嗟、そして死に際の恐怖。それらをすべてその身に流し込み続けた元貴の心は、内側から黒く塗り潰されていった。
「ひろぱ……。どうして、僕には救う力しかないの? 壊す力があれば、この呪いを元から絶てたのに」
部屋に入ってきた滉斗が見たのは、かつての温かな光を失い、翡翠の瞳を濁らせた愛する人の姿だった。元貴の周囲には、枯れ果てたはずの椿が、どす黒い紅蓮の色に染まって狂い咲いている。
「元貴、もういい。術を解け。お前の命が削られている」
「……離して。僕が触れたら、君まで汚れてしまう」
元貴が拒絶するように手を振ると、かつては優しく弾けた光が、鋭い「棘」となって滉斗の頬をかすめた。
数日後、街の人々が目にしたのは、玉座に鎮座する「漆黒の王」の姿だった。
元貴の纏う空気は、かつての清冽な風ではなく、すべてを腐食させる重苦しい瘴気へと変わっていた。彼は自分を苦しめた世界を憎み、救えなかった絶望を「支配」という形で塗り替えようとしていた。
「もう誰も死なせない。……僕がすべての時間を止めて、永遠に閉じ込めてあげる」
元貴が指を鳴らすと、街中の植物が異常な成長を遂げ、黒い蔦が家々を飲み込み、人々を繭の中に閉じ込めていく。それは「救済」という名の、終わりのない埋葬だった。
かつて元貴を守ると誓った滉斗は、今、凍てつく剣を手に、再び王邸の最上階へと向かっていた。
重厚な扉を蹴破った先にいたのは、紅い椿の玉座に深く腰掛け、虚ろな笑みを浮かべる元貴だった。
「……来たんだね、ひろぱ。君も僕と一緒に、この静かな永遠の中にいてくれる?」
元貴が手をかざすと、黒い蔦が蛇のように滉斗を襲う。
滉斗はそれを一閃して切り捨てたが、その瞳にはかつての冷徹さではなく、引き裂かれるような悲痛な決意が宿っていた。
「元貴……お前をこんな風にした世界を、俺は許さない。……だが、お前を一人で地獄へ行かせるわけにもいかない」
滉斗の氷剣が、かつてないほどの青白い輝きを放つ。それは、元貴の黒い炎を鎮めるための、悲しい抱擁のような冷気だった。
「やめて! 来ないで! ……僕は、君を傷つけたくないんだ!」
元貴の叫びと共に、部屋中に黒い花弁が舞い散る。かつて「結婚しよう」と笑い合った聖域は、今や互いの命を削り合う断頭台へと変貌していた。
「ひろぱ、痛いよ……心が、壊れそうなんだ」
崩れ落ちる元貴を、滉斗は自らも蔦に身体を焼かれながら、強く抱きしめた。
首元の翡翠が、二人の流した涙を受けて微かに光る。
「眠れ、元貴。……お前の犯した罪も、抱えた絶望も、すべて俺が一緒に背負ってやる。地獄へ行くなら、俺も一緒だ」
最強の盾は、闇に堕ちた王を斬ることはなかった。
ただ、自らの体温のすべてを捧げ、猛り狂う元貴の魔力を凍らせ、共に深い眠りへと沈んでいくことを選んだ。
王邸は、巨大な氷の結晶の中に閉じ込められた。
その中心で、黒い服の王と白い軍服の剣士は、二度と目覚めることのない静寂の中で寄り添い続けている。
人々はそれを、呪いと呼ぶべきか、あるいは究極の純愛と呼ぶべきか、誰も答えを出せないまま、季節だけが通り過ぎていった。
何か、二人とも死んじゃったけど、短編集なんで続けますよ!