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角名side
あの後、稲荷崎は試合で圧勝して、明日も戦える権利を勝ち取った。
今日はもう試合が無い為、俺は(名前)のチームの試合を後ろの立ち見席から眺めていた。
「(名前)ちゃん、男やったんやな」
治は俺の隣に来ては、壁に寄りかかりながら俺に話を振ってきた。
「…そうだよ」
「付き合いたいとか言うてたから、てっきり女かと勘違いしとったわ」
「まぁ、普通はそうだと思うよね。
でも俺、男が好きなわけじゃ無いんだよ。気づいたら(名前)の事が好きになってて…とか言っても、第三者から見たら普通にキモいよな」
「別になんとも思わんよ。今は多様性の社会やからな」
おちゃらけながら治は笑った。
相談、してみようか。
治ならキモがらずに、必要以上の干渉をせずに聞いてくれそうだ。
「…拗れて、治らないくらいまで傷が入った関係って、どうしたら治るかな」
相談なんて滅多にしない俺が急にこんなことを言うのだから、治は一瞬驚いた顔をした。
でも何も言わずに、また試合が行われているコートを見ながら、悩んでいる様な唸り声を溢した。
「…とりあえず素直になるとか。
お前ら多分、素直やないから拗れんねん。プライド捨てて本心言いまくれ。
そんで、共に飯を食え」
そう言う治は終始コートを見つめていた。
…素直になる。
単純だけど、一番難しい。
でも、今の俺には一番重要なことだった。
「ありがとう治。なんか覚悟ついた気がする」
「そりゃ良かった」
治は変わらずコートを見ていたが、そう言いながら少し微笑んでいた。
「最後の飯は重要?」
「一番重要」
◻︎
コートから試合の終わりを告げる笛の音が鳴り、選手達が客席に向かってお礼をした。
(名前)のチームの試合が終了したのだ。
「良かった、(名前)勝ってる」
「せやな。ほな、(名前)ちゃんとこ行って来い」
選手たちが続々とコートを後にしたのを見ると、治はそう言った。
言葉の意図が理解できずに何も言わないでいると、治は続けてニヤリと口角を上げる。
「素直に謝りに行くんやろ。
今までごめんな〜(名前)、また仲良くしてほしい!好きやでっ!…てな」
「ちょっと待って。心の準備が…」
俺を誇張した治のモノマネにツッコむ余裕は持ち合わせていなかった。
「そんなもんいらんわ、早よ行け」
治に力強く背中を押された勢いのせいか、心の準備ができたのか、俺の足は迷いなく(名前)の元へと向かっていた。
選手用通路の脇で、エナメルバックの中身を整理する(名前)を見つけた。
「(名前)、試合お疲れ様」
上から降ってきた俺の声にピクリと肩を動かす(名前)は、手を止める事なくエナメルバッグを中身を整理していた。
俺は気にせずに口を開く。
「少し話したい事あるんだけど、今時間ある?」
「無い」
「そっか…話聞いてくれるだけでいいんだけど」
(名前)は無言のままだった。
このまま、一方的に自分の思いをぶつけても良いのだろうか。
(名前)の今までの気持ちに寄り添わずに、ただ素直に自分の気持ちだけを投げつけて良いのだろうか。
そんな思いが俺の脳みそで渦を巻いて、何度も口を開閉する事しか出来ずに沈黙が流れた。
「…今日の九時以降なら、時間ある」
さっきまで整理していたエナメルバッグを肩にかけて立ち上がった(名前)は、小さく口を動かした。
「俺も、九時以降空いてる…!」
「そっちの宿まで行くから地図送っておいて」
「え、(名前)俺の事着拒してなかったっけ」
「…調べるの面倒くさいから、今日だけ外すよ」
そう言ってチームメイトの元へ戻っていく(名前)の耳は少し紅くなっていた。
嬉しい事が重なりすぎて、心臓が悲鳴を上げそうだ。
俺も稲荷崎の荷物置き場へと戻りながら、宿先の地図のURLを(名前)に送った。
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