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ゆずき
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春が来た。
社会人となった私も碧斗も、それぞれに新しい毎日を過ごし始めたが、ゴールデンウイークになって、早速碧斗は帰省してきた。
帰省日前夜の電話で、着いたら土産を渡しに行くから、私の予定を知りたいと言う。
仮に私が不在でも、両親のどちらかに渡してくれればいいのにと思いながらも、その日は家にいる予定だと答えた。
碧斗が訪ねて来たのは、帰省当日の夕方近くだった。
玄関のドアを開け、そこに立つ碧斗の姿を目にした途端、なぜか私はどきりとした。
彼と会わなかったのは、たったのひと月程度だ。大きな変化などあるはずがないのに、私のよく知る碧斗だとは思えないほど、やけに凛々しく見えたのだ。
碧斗は私の動揺と視線に気がついた。初めは怪訝な顔をしていた彼だったが、その口元ににやりとした笑みを浮かべて、からかい口調で言う。
「俺に見とれてるのか?」
私は赤面し、慌てて否定する。
「そ、そんなはずないじゃない」
「なんだ、違うのか」
碧斗はやっぱりからかうように言い、それから紙袋を私の前に差し出した。
「これ、土産。皆で食べて」
「わざわざありがとう。ね、寄って行くでしょ?」
「今日はここで帰るよ」
「え?そうなんだ」
「今夜、高校の時の友達と飲むことになっててさ。この後店に向かうんだ」
「帰省早々忙しいね」
「別に忙しくないよ。予定はそれくらいで、明日からは何もないしさ。詩乃はどうなんだ?もしこの連休中、特に予定がなければ、俺とどこかに出かけないか?例えば、明日はどうだ?」
「明日は、空いてるよ」
「じゃあ、どこかに行こう。天気が良かったら動物園、悪かったら映画を見に行くのはどうだ?」
「動物園?もしかして、柚乃と三人で行った中学以来じゃない?うん、いいね。だけど、今夜は飲み会でしょ。盛り上がって二日酔いになっちゃうんじゃないの?別に明日じゃなくてもいいんじゃない?」
「そんなになるまで飲まないよ。それに、こっちにいる間はできるだけたくさん……」
碧斗はそこで急に言葉を切った。
どんな言葉を続けるつもりだったのかが気になり、私はその先を促す。
「できるだけたくさん、何?何かしたいことがあるの?」
碧斗は笑顔でごまかす。
「いや、こっちの話。それじゃあ、明日な。昼はどこかで食べることにしようぜ。迎えに来る前に連絡入れる」
「分かった。お土産、わざわざありがとう」
私は門の所まで出て碧斗を見送った。
その夜、入浴を済ませた後、翌日の準備をした。天気予報は晴れだから、動物園に行くことになりそうだ。
ひと通り持ち物を揃え終えて、そろそろ布団に入ろうと思った時、電話が鳴った。テーブルの上からスマホを取り上げて見た画面に、碧斗の名前があった。
「もう飲み会が終わったのかな」
明日の確認かしらと思いながら、通話に切り替えた。
途端に、碧斗ではない男の声が聞こえて来て驚いた。思わずスマホを耳から離してしまったほど、その声は大きくてうるさい。
『藤川さ~ん、元気ぃ~?俺、吉井って言うんだ~。俺、藤川さんのファンだったんだよ~。会いたいな~』
彼の方は私のことを知っているようだったが、私には「吉井」という名にまったく心当たりがなかった。
「すいません、どなたですか?碧斗のスマホからかけてますよね」
『こらっ、吉井!ちょっと待てって!』
男を叱る碧斗の声が電話の向こうで聞こえた。
『詩乃、ごめんな。吉井が勝手に電話しちゃって……。ほんと、悪い!』
済まなさそうに言う碧斗に、私は苦笑まじりの声で返す。
「びっくりしちゃったよ。碧斗からの電話だと思って出たら、全然知らない人が話し出すんだもん」
『ほんと、ごめん。きっちり叱っておくよ』
「まぁ、ほどほどにね。ところで吉井って、誰?その人も高校時代の友達なの?」
『あぁ。ちなみに吉井も俺たちと同じ中学だったんだ。詩乃と柚乃は、やつと同じクラスになったことはなかっただろうけど』
「だから私の記憶にない人だったんだね。だけど、その人は私のことを知ってるみたいだったなぁ」
『二人は有名人だったからな。可愛い双子がいるって』
初耳だった。
「そうだったんだ。全然知らなかった。でも、皆、目が悪かったんだねぇ。柚乃は確かにそうだったけど、私なんか全然なのに」
『そんなことないよ』
「え?何が?」
私に訊き返されて、碧斗は一瞬黙り込んだ。再び話し出した声は、どこか落ち着かなげだった。
『ま、まぁ、それで、だな。たまたま中学時代の話になって、吉井のやつが、なんだか急に、詩乃と話したいとか言い出したんだよ。俺とお前が幼なじみだってこと、やつは知ってるからさ。俺、ちょうどその時たまたまスマホを見てたんだけど、それを吉井に奪われてさ。勝手に俺のスマホから電話したんだよ。ホント、驚かせて悪かった。この詫びは明日するよ』
「そんなのはいらないけど、とりあえず、あんまり飲み過ぎないようにね」
『あぁ、もちろん』
そこに割り込んできた声があって、どきりとする。
『碧斗君てば、どうして電話なんかしてるの~?早く切って、あたしと話そうよぉ~』
『あっ、こらっ!何勝手に人のスマホ……!」
碧斗の慌て声は中途半端な所で途切れた。それを最後に通話が終わる。
私は呆気に取られて、待ち受け画面に戻ったスマホを見つめた。
「今の子も高校時代の友達なの?」
碧斗が誰と飲もうが私に口を出す権利はない。それなのに、どうしてか苛立ち始め、なかなかその気持ちを消すことができなかった。