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ゆずき
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昨夜感じた苛立ちは一晩寝たら消えていたが、その代わり、別の心配が生まれていた。
誘われるがままに、二人で外出することに頷いたが、碧斗は本当に私とでいいのだろうか――。
これまでの口ぶりから、碧斗の好きな人は比較的彼の近くにいると感じている。碧斗との関係性など何も分からないが、その人が今もこちらに住んでいるのなら、何かしらの口実を作って彼女と会えばいいのにと、世話焼き的なことを考えてしまった。
だから、これから迎えに行くと碧斗から電話が入った時、私はおずおずと切り出した。
「動物園なんだけどね。ふと思ったの。どうせなら、私じゃなくて例の好きな人を誘ってみたらどうかな?」
『急に何を言い出したんだ?』
きっと碧斗の目の前にいたら、彼の眉間に相当深く刻まれたしわを見ることになっただろう。
『俺は、詩乃と行きたいの。だから、お前を誘ったんだよ?』
「それは嬉しいんだけど、でも、ほら、碧斗の恋が早く進展するように、その人との時間を持つことを優先した方がいいんじゃないのかな、って思って……」
言い出したのは私自身なのに、胸の中がもやっとした。
碧斗の盛大なため息が耳に入る。
『とにかく、俺は今日、詩乃と動物園に行くって決めてるんだ。これから迎えに行くから、準備して待っとけよ』
碧斗はきっぱりとした口調で言い、私に反論の余地を与えまいとするかのように、すぐに電話を切った。
余計なことを言ってしまったと後悔したが、迎えに来た彼は至って普通で、私を見てにっと笑う。
「お待たせ。行こうか」
「う、うん」
その様子にひとまずほっとして、私は彼の後に続いた。せっかく久しぶりに碧斗と外出するのだ。今日はもう何も考えずに純粋に楽しもうと決める。
私たちはバスを乗り継いで動物園に向かった。入場する前に、近くのファミレスで昼食を済ませた。
園内は広さがあるから、ごったがえすというほどではなかったが、さすがゴールデンウイーク、人が多かった。特に人気の展示エリアは人が大勢集まり、混んでいた。
「そう言えば、去年の冬に、ホッキョクグマの赤ちゃんが生まれたんだよね。今は時間を決めて展示してるらしいよ。この時間だと見られるかな」
私は碧斗に話しかけながら、ホッキョクグマの展示エリアに向かった。
ガラスの前には、多くの子供連れの家族がいた。わいわいと賑やかな様子を微笑ましい思いで眺めながら、私は彼らの隙間から動物の様子を見ようとして首を伸ばした。
「いたいた」
小グマは親グマと一緒に水の中を泳いでいたが、パシャっと水面に顔を出して、それからのそのそと岩場によじ登り始めた。
「可愛いねぇ」
碧斗を見上げて話しかけたその時、片方の脚に軽い衝撃があった。私の傍を走り抜けようとした子供がぶつかって行ったのだ。身構えることができなかったために、体のバランスを崩してしまった。よろめいた体を支えようとして、掴まる何かを探して咄嗟に手を伸ばした。掴まったそこが碧斗の胸であることに、すぐに気がつく。
「ご、ごめん!」
体勢を戻し、慌てて碧斗から離れようとした。けれど、離れられなかった。彼が私を抱き止めていたのだ。
「あ、あの、碧斗?もう大丈夫だから」
「え?あ、あぁ」
碧斗はぎくしゃくとした動きで私から手を離した。
「えぇと、転ばなくて、良かった」
碧斗の横顔に照れたような色を見つけた。
それを見てしまったせいで、私まで照れてしまった。胸がどきどきし始めたことに戸惑いを覚えながら、私は彼を促す。
「え、えぇと、先に進もうか」
「そうだな。そうしよう」
ぎこちない笑みを交わし合い、どちらからともなく歩き出したが、私たちの間には、それまでにはなかった微妙な距離ができていた。
動物たちをひと通り見て回った後、私たちは園内のカフェに入った。端の方にある二人掛けの席が空いていたから、そこに座る。
碧斗はテーブルの上に置かれたメニューを私の方に向けた。
「何頼む?俺はアイスコーヒーって、もう決めてるんだけど」
「そうねぇ……。私はレモンスカッシュにしようかな」
碧斗は椅子から腰を上げた。
「俺、頼んでくる。詩乃はここで待ってて」
「ありがとう。お願いします」
しばらくして、碧斗が両手にカップを持って戻って来た。私の前にレモンスカッシュを、自分の前にアイスコーヒーを置く。
「だいぶ久しぶりに来たけど、楽しいな」
「うん。動物たちに癒されるしね」
私はふふっと笑い、乾いた喉を潤すためにストローに口をつけた。甘すぎない中、程よいレモンの酸味が舌に美味しい。
「これ、今まで飲んだ中で、いちばん好きかも。フレッシュなレモンっていう感じがするの」
私の感想にただ何かしらの言葉を返してくるだけだと思っていた。ところが碧斗は身を乗り出した。
「え?」
気づいた時にはもう、目の前に碧斗の顔が迫っていた。近すぎる距離に慌てて体を引いた時には、碧斗の唇がストローを咥えていた。
「ちょ、ちょっと、碧斗……」
碧斗はストローから口を離し、舌先で唇を舐めながら、にこりと笑う。
「ごちそうさま。本当にうまいや。あ、こっちのアイスコーヒーも飲んでみる?香ばしくて美味しいよ」
「だ、大丈夫」
私は碧斗から目を逸らし、レモンスカッシュを飲もうとした。けれど、はっとして動きを止める。このままでは、碧斗が使ったストローで飲むことになってしまう。
ストローに口をつけることをためらっている私に、碧斗はにやにやしながら訊ねる。
「飲まないの?まさか、今のは間接キスだとか思って、それで躊躇してるのか?」
「そ、そんなんじゃないわ」
あえて意識しないようにしていたのに、碧斗が口にした「間接キス」の言葉に不覚にも赤面してしまった。
「あれ、赤くなった」
「だ、だからっ、そんなんじゃないってばっ!」
ムキになって否定する私を、碧斗は愉快そうに見ている。
私はむっとした顔を彼に向けた後、意を決するような心地でストローを咥えた。
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