テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#追放
13,434
アメリアの政治的中心、ジョージ。
その中心にそびえる白き王宮――白亜館に、プレジデント・ドワイドはいた。
「……会うべきか」
執務室に落ちた問いに、ダレスは即座に答えた。
「会わずにおくべきかと」
「理由は?」
「観劇の予定が入っている、としておきましょう」
ドワイドはしばし沈黙した。
机上には、ケルパ革命政府代表、フィデロ来訪の報が置かれている。
一国の指導者として遇するか。
それとも、ただの反乱上がりとして退けるか。
その判断は、言葉よりも雄弁だった。
「……よかろう」
プレジデントは、ダレスの意見に従った。
フィデロは、白亜館の門をくぐることすら許されなかった。
アメリアで彼が受けた扱いは、客人へのものではなかった。
まるで、泥にまみれた犬を玄関先から追い払うようなものだった。
その屈辱を、フィデルは忘れなかった。
帰国後、彼は群衆の前に立ち、宣言する。
アメリア系会社の解散、没収。
砂糖産業、鉱山、港湾、銀行の国営化。
その報は、すぐにドワイドへ届いた。
アメリアはただちにケルパとの貿易を停止した。
砂糖は買わぬ。港は閉ざす。
それは、宣戦布告ではなかった。
だが実質的には、国交断絶に等しかった。
そんな折――
サイラスのもとへ、一通の手紙が届いた。
差出人は、エルネスト。
乱暴な筆跡だった。
だが、無駄な言葉は少ない。
ラウルのもとに、ヴァンガルドの男が来ている。
名はニキータ。
皇帝セヴェリウスの使いらしい。
そこまで読んだところで、サイラスの眉がわずかに動く。
ヴァンガルド帝国。
エウロピア最大の軍事国家。
カイル戦争後、アメリアと冷たく睨み合うもう一つの怪物。
その使者が、革命軍に接触している。
手紙は短かった。
武器と食料、加えて砂糖の買い取りを約束すると言っている。
フィデロは乗り気だ。
ラウルも悪くない話だと思っているらしい。
そして最後に、一文だけ添えられていた。
――これは、信じてよいものだろうか。
サイラスは手紙を閉じた。
窓の外では雨が降っている。
薄暗い部屋の中で、湯気の消えかけたコーヒーを口に運ぶ。
苦い。
いや、不味い。
「……お前、ほんとは分かってるだろ」
小さく呟く。
「信じていいわけ、ねえじゃん」
ヴァンガルドが小国を助ける時。
そこには必ず、鎖がついている。
だが――
アメリアに喉を締め上げられた今のケルパに、
その鎖を拒む余裕など残されていなかった。
サイラスは冷えたコーヒーを飲み干す。
嫌な時代になった、と。
ただ、それだけを思った。
エルネストの招きを受け、
サイラスは海を渡った。
名目は、新兵の視察。
だが実際には、それだけではない。
ケルパ革命軍はいま、戦場よりも危うい場所に立っていた。
外交――。
勝てば国が残り、誤れば国そのものが呑み込まれる。
港へ着いたその日、
サイラスは休む間もなくラウルのもとへ通された。
薄暗い執務室だった。
地図と書類が乱雑に積まれ、寝ていないのが一目で分かる。
「……分かっておるのです」
ラウルは、疲れた声で言った。
「ですが、それしか道はなかったのです」
先ほどまで、サイラスはヴァンガルド皇帝セヴェリウスについて質問を受けていた
どんな男か。
何を望むのか。
ラウルはわずかに視線を落とす。
「ですが、セヴェリウス皇帝も農奴制を解放されたお方です」
「我々の窮状も、理解していただけているかと」
サイラスは表情を変えなかった。
「……条件は?」
「国内にあるアメリア会社の破却です」
「なるほど」
短い返答だった。
つまりは完全な決別。
もう後戻りはできない。
「フィデロ議長は何と」
「生き延びるのが先決だと」
「なるほど」
サイラスはそこで、ようやく全体を理解した。
革命政府は、すでに選んでいる。
自由のためではない。
まず、生存のために。
「ニキータ殿は今どちらに」
「アメリアへ向かったとのことです」
その瞬間。
サイラスの中で、盤面が切り替わった。
――戦場が、外交へ移った。
密林でも山岳でもない。
これから始まるのは、大国同士の威嚇による戦争だ。
一歩間違えれば、ケルパは革命どころか、
世界そのものの火薬庫になる。
サイラスは静かに息を吐いた。
「なるほど……厄介なことになりましたな」
その呟きを、ラウルは聞かなかったふりをした。
エルネストは、疲れを一切見せなかった。
目の下には隈がある。
咳も増えている。
それでも彼は、まるで気づいていないかのように笑っていた。
新兵の視察が終わると、その夜は小さな酒席が設けられた。
粗末な机。
安酒。
油の少ない料理。
だが若者たちの熱気だけは、妙に明るかった。
「我々は独裁者バティスタを追い出しました、
つぎは真に自由な国をつくるのです」
若い将校が拳を握る。
「そのために産業を興し、国を富ませる」
「アメリアにできたことが、我々にできないはずがない!」
歓声が上がる。
皆、若かった。
若い人間の理想と行動力というのは、
いつの時代も眩しい。
サイラスは酒を口に運びながら、
ぼんやりと思う。
(……俺も年寄りの部類か)
「産業相も、もう少し経済への理解を持つべきでは?」
歳若いペレスが、
酒の勢いもあってエルネストへ噛みついた。
場の空気が少しだけ止まる。
だがエルネストは笑った。
「報酬目当ての労働は、
革命の意義に反するのではないか」
軽く返したつもりだったのだろう。
しかし今度は脇にいたアルティメが口を開いた。
「だが金と自由なくして、国は発展しません」
「……」
「正直、最近の議長のやり方は――」
そこで言葉を切る。
口にはしない。
だが誰もが理解していた。
統制。
粛清。
国営化。
そしてヴァンガルドへの接近。
革命は、確かに国を変えた。
だが同時に、
別の何かへ変わり始めてもいた。
エルネストは黙っていた。
反論もしない。
否定もしない。
その沈黙が、かえって重かった。
「さあさあ!」
空気を裂くように、
オリーブが豪快に杯を掲げた。
「我が国には、まだ酒を飲む自由がありますぞ!」
どっと笑いが起きる。
彼はそのまま酒を一気に飲み干した。
空気が緩む。
誰も、それ以上は踏み込まなかった。
サイラスは静かにエルネストを見る。
(こいつは誰よりも、人の痛みを知っている)
貧しさを知っている。
飢えを知っている。
見捨てられる人間を知っている。
だからこそ、
誰よりも率先して動く。
だから人が慕う。
だが――
(打倒バティスタで一枚岩だったこの政権は、
もう漂流を始めているんじゃないか)
理想は、勝った後から難しくなる。
敵がいるうちは簡単だ。
敵を倒した後、
人は「どこへ向かうか」で争い始める。
そして、その時。
(お前は、どうする)
サイラスは杯を傾けながら、
心の中だけで問いかけた。
宴は朝まで続いた。
革命を信じる若者たちは、
最後まで明日の話をしていた。
夜明け前。
サイラスは新兵たちと一人ずつ握手を交わす。
皆、希望に満ちた顔をしていた。
それが少しだけ、
眩しすぎるように思えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!