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#切ない
橘靖竜
2
革命は、勝利したはずだった。
だが、勝利の翌日から、ケルパは別の戦場に立たされていた。
アメリアの妨害は執拗だった。
港には圧力がかかり、商人は手を引き、
砂糖を買う船は日に日に減っていった。
かつてケルパの甘き富と呼ばれた砂糖。
それを買ってくれる国は、もはやヴァンガルド帝国だけだった。
だが、救いの手は、いつまでも救いの手ではなかった。
「当初の約定とは違う」
そう抗議する者もいた。
しかしヴァンガルドの使者は、表情ひとつ変えなかった。
「ならば、他に売ればよい」
その一言で、交渉は終わった。
革命政府は、安値で砂糖を差し出すしかなかった。
国庫は痩せ、民の暮らしは豊かになるどころか、
むしろ苦しくなっていった。
外からはアメリア。
内からは反フィデロ派。
アメリアの金と武器を受けた者たちは、各地で蜂起した。
昨日まで同じ王を倒すために戦った者たちが、今度は革命政府に刃を向けた。
討伐が行われた。
裁判が行われた。
そして、処刑が行われた。
広場に銃声が響くたび、革命は少しずつ別のものになっていった。
自由のための革命。
民のための革命。
弱き者のための革命。
そう叫ばれていたはずのものが、
いつしか国家を守るための装置へと姿を変えていく。
そして、ついにフィデロは決断する。
国内に残るすべての企業を、国家の管理下に置く。
地主も、商人も、工場主も、銀行家も。
その財産は、革命の名のもとに接収された。
拍手する者がいた。
震える者がいた。
黙って国外へ逃げる者がいた。
その日、革命政権は完成した。
同時に、革命は終わった。
ケルパに生まれたのは、自由な共和国ではなかった。
それは、フィデロを頂点とする、新たな独裁政権だった。
フィデロ政権に反対する者たちは、次々と祖国を捨てていった。
革命に失望した者。
財産を失った者。
家族を処刑された者。
あるいは――次は自分だと悟った者。
彼らはわずかな荷物だけを抱え、夜の海を渡った。
小舟。
密航船。
漁船。
沈んだ者もいた。
海賊に襲われた者もいた。
それでも人々は海へ出た。
祖国に残るより、生きられる可能性が高かったからだ。
彼らの行き先は、アメリア南端――フロイデ港。
港には、連日難民が押し寄せていた。
泣き叫ぶ子ども。
毛布にくるまる老人。
祖国の土を瓶に詰め、抱きしめる女。
かつて革命を歓迎した者たちまでもが、
疲れ切った顔で列に並んでいた。
「自由の国へようこそ」
アメリアの役人は、そう微笑んだ。
だが、その光景を遠くから眺める男だけは、別のことを考えていた。
ダレスである。
埠頭に吹く潮風の中、彼は無言で難民たちを見つめていた。
革命に家族を奪われた者。
故郷を追われた者。
フィデロを憎む者。
――これだけいる。
ダレスの口元が、わずかにつり上がる。
「なるほど」
低い声だった。
「かつて打倒バティスタを叫んだものは」
彼の視線は、難民ではなく、その奥を見ていた。
憎悪。
復讐。
祖国奪還。
それらは時に、正規兵よりも優秀な兵士を生む。
「次に打倒フィデロを叫ぶか」
そう呟いた瞬間、フロイデ港に集められた難民たちは、
ただの敗残兵ではなくなった。
彼らはやがて――
アメリアがフィデロ政権へ向けて放つ、もう一つの計画となる。
冬の冷たい風が、ジョージの大通りを吹き抜けていた。
白亜館前の広場は、人で埋め尽くされている。
雪混じりの空の下。
人々は固唾を呑み、新たな時代の到来を見上げていた。
壇上に立つのは、若きプレジデント。
老いた政治家たちとは違う。
戦争を知り、敗北も知り、それでも未来を語ろうとする男だった。
静寂の中、彼は語り始める。
「今、この場所から、世界に伝えよう」
低く、よく通る声だった。
「今世紀に生まれたアメリア人の新しい世代に、たいまつは受け継がれた」
群衆が耳を傾ける。
「世界に知らせよう。自由が生き延び、成功するために――」
言葉が、冬空へ放たれていく。
「われわれはいかなる代価も払い、
** 負担にも耐え、**
** 困難に立ち向かい、**
** いかなる友邦も支援し、**
** 敵には対抗すると」**
その瞬間だった。
広場の空気が変わる。
それは演説ではなかった。
宣言だった。
アメリアという巨大な国家が、再び世界へ乗り出すという宣言。
「アメリア国民よ。国家が君たちのために何を成し得るかを問うな」
若きプレジデントは、一人一人を見据えるように語る。
「君たちが国家のために何を成し得るかを問いたまえ」
歓声が爆発した。
旗が振られ、拍手が渦となる。
「世界の人々に言いたい」
彼はさらに続けた。
「あなた方のために、アメリアが何をするかを問うなかれ」
その青い瞳が、まるで海の向こうを見据える。
「人類の自由のために、
** われわれが共に何を成し得るかを問い掛けよう」**
歓声は、雷鳴のようだった。
新聞は翌日、この演説をこう記した。
――ニューフロンティア宣言。
それは、停滞した時代の終わりを告げる言葉だった。
若きプレジデントは、理想を語った。
自由。
繁栄。
人類の未来。
だがその頃、海の向こうのケルパでは、別の若者たちが別の理想を掲げていた。
革命。
平等。
世界変革。
やがてこの二つの理想は、世界を二分することになる。
誰もまだ知らない。
その衝突が、あと少しで世界を焼き尽くしかけることを。
ダレスは――
ケルパ侵攻を、諦めてはいなかった。
革命政府の成立。
アメリア資本の没収。
ヴァンガルドとの接近。
そのすべてが、彼には耐え難かった。
当初、ダレスは若きプレジデントを動かそうとした。
経験も浅く、理想ばかりが先走る青年。
押し切れると考えていた。
「今ならまだ間に合います」
「放置すれば、ケルパはヴァンガルドの軍港となる」
「いずれアメリア本土へ刃を向けるでしょう」
静かな口調だった。
だが、その言葉は明確に“戦争”を求めていた。
しかし――
プレジデントは首を縦に振らなかった。
革命政府への嫌悪はあった。
だが、それ以上に、
自らが開戦の引き金を引くことを恐れていた。
ダレスは失望した。
同時に、理解もした。
――ならば、自分でやるしかない。
表向き、アメリアは動かない。
その裏で、
ダレスは別の戦争を始めていた。
ケルパから流れ着いた難民たち。
革命で土地を失った者。
家族を失った者。
フィデルを裏切り者と罵る者。
彼らを選び、隔離し、武器を与えた。
軍事教練。
上陸訓練。
破壊工作。
“祖国解放軍”という名目だった。
だが実態は、
アメリアが作り上げる私兵に近かった。
難民たちの中から、
ダレスは三人の指導者を選ぶ。
ぺロス。
アルティメ。
オリーブ。
選考基準は単純だった。
自由主義を、どこまで信じているか。
ヴァンガルドを憎んでいるか。
私有財産を認めるか。
そして何より――
フィデルを殺せるか。
ダレスは彼らを見ながら思う。
理想家は扱いやすい。
“自由”を掲げる者ほど、
自分が正義だと信じて疑わないからだ。
やがて彼らは、
祖国奪還の英雄としてケルパへ上陸する。
――少なくとも、本人たちはそのつもりだった。
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