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#追放
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「王子、こちらです」
「君は――」
「僕を信じてください。こちらへ」
移動中の馬車が、唐突に止められた。
一人の少年が駆け寄ってくる。
周囲を、物々しい装備の警備兵たちが取り囲んだ。
「王都で何かあったようです。
安全のため、エスカリオ塔へ避難するようにと――
グロスター公からの命です」
「叔父上が……」
王子は一瞬だけ考え、すぐに頷いた。
「わかった」
「私もご一緒いたします」
エスカリオ塔へ移った後は、
グロスター公の言葉どおり、応援が送られてきた。
マイルとカスター。
二人の少年は、傭兵見習いだという。
歳の近い者を寄こしたのは、
おそらくグロスター公なりの配慮だろう。
僕たちはすぐに打ち解けた。
特にマイルの「強い敵から逃げる方法講座」は傑作で、
王子も腹を抱えて笑い転げていた。
――あの時は、まだ知らなかった。
この笑いが、最後になるかもしれないことを。
そのとき。
扉が、開いた。
扉が開いた。
入ってきた男は、騒がしさとは無縁のように静かだった。
年の頃は四十前後か。
華やかさはない。だが、整えられた衣服と所作には一切の無駄がなく、
それだけで只者ではないとわかる。
その目が、部屋の中を一度だけなぞる。
誰がいるか。
誰が動くか。
誰が従うか。
――すべてを測り終えたような、そんな一瞬だった。
男はゆっくりと王子の前まで進み、深く一礼する。
「お初にお目にかかります、殿下。
グロスター公に仕えております、
ケイツビーと申します」
声は穏やかで、よく通る。
だが、その声音には熱がなかった。
「王都の情勢が不安定となっております。
殿下の安全を最優先とするよう、
厳命を受けております」
顔を上げる。
その表情は、礼を尽くした臣下そのもの。
しかし――
その目だけが、まったく笑っていなかった。
「つきましては、以後の警護と行動につき、
すべて私どもにお任せいただきたく存じます」
背後では、無言の兵たちが一歩も動かず立っている。
逃げ場はない。
選択肢もない。
ただ――
「安心してください」
と、ケイツビーは言った。
「すべては、殿下のためでございます」
(ここからは、大人の世界なんだ……)
カルドは、ぼんやりとそう理解していた。
国王崩御の報せが届く。
グロスター公はすぐに動いた。
リヴァース伯をはじめ、
ウッドヴィル家に連なる要職の者たちを――
次々と逮捕していった。
僕らは、港町へ戻った。
「よう、ご苦労」
リチャードはそう言って、僕を座らせた。
酒を注ぐ。
「よくやった」
「あの……聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「王子は、どうなるんですか」
「国王になるに決まってるじゃないか」
「ほんとに?」
「ほんとだ。それ以外あるか?」
なぜだか、ほっとした。
胸の奥にあった、何かがほどけた気がした。
だが――
「カルド、覚えておけ」
リチャードは、杯を揺らしながら言う。
「王ってのはな、駒の一つにすぎん」
「……え?」
「リヴァースの野郎はな、王の駒を持ってるだけで
勝ったつもりになっていやがった」
「それが失敗だ」
その言葉の意味を、僕はまだ理解できなかった。
「俺は護国卿になる。兄との約束だからな」
リチャードはそう言って、ふっと笑った。
「王都に行く。お前も来るか?」
「行く! 行く!」
うれしくて、僕は酒をあおった。
そのとき。
扉が静かに開いた。
入ってきたのは、
バッキンガム公だった。
リチャードのもとへ歩み寄り、何かを耳打ちする。
一瞬。
リチャードの表情から、すべての色が消えた。
「……ほんとにやらなきゃダメか?」
低く、押し殺した声。
「――十二歳では、国は保てません」
短い答えだった。
それだけで、すべてが決まったように思えた。
ああ……だめだ。
眠い。
酒のせいか、それとも――
僕は、ゆっくりと意識を手放した。
目を開けると、毛布が掛けられているのが分かった。
聞けば、リチャードはもう王都へ出発した後だった。
枕元には、短いメモが残されていた。
読むと、どうやら僕はこれから
王都と港を行き来する仕事を任されるらしい。
「呼ぶまで港で働いていろ」
――それだけが、ぶっきらぼうに書かれていた。
その後、ギルドの長、サッシャーさんに呼ばれた。
そして僕は、グロスター公絡みの取引を任されることになった。
扱う金額を聞いた時は、さすがに足がすくみそうになった。
これを失敗したり、ましてくすねたりでもしたら、
たぶん殺される。
そんなことを思いながらも、僕は同時に
「どうやってこれを増やすか」を考えていた。
分からないことは山ほどあった。
だから、ギルドの学校を出た連中に教えを乞うこともあった。
もちろん、ただではない。
「何事にも対価はいる」
そうだ。
それを――代償と呼ぶこともある。