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#追放
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三人が向かい合っていた。
部屋の空気は重く、言葉を選ぶ余地すらない。
リチャードが低く問う。
「どうしてもか」
「どうしてもだ」
バッキンガム公は迷いなく言い切った。
「あれは兄の子だぞ」
リチャードの声には、わずかな苛立ちが混じる。
「いや、ウッドヴィル家の子だ」
バッキンガムは首を振った。
「あの一族は、貴族の恨みを買いすぎた。
あの王では、王国はまとまらん」
沈黙が落ちる。
そこへ、スタンリーが一枚の紙を差し出した。
「これを」
リチャードが受け取り、目を落とす。
「……本当か?」
「はい。婚姻は、正しく直されていなかったようです」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてリチャードは、紙を机に置き、低く言った。
「わかった」
短い言葉だった。
だがその一言で、すべてが決まった。
「……だが、幽閉までだ」
二人が顔を上げる。
「ことが済んだら、理由をつけて出してやれ」
それが、リチャードなりの一線だった。
誰も、それ以上は何も言わなかった。
「失礼します」
カルドは、少しだけ間の悪い顔で扉を押した。
ここでよかったのか――そんな迷いが、まだ残っている。
「おう、来たな」
リチャードが軽く手を振る。
振り返ると、バッキンガムとスタンリーが無言で退出していくところだった。
部屋には、二人だけが残る。
「呼んだのはこれだ」
リチャードは紙を一枚、無造作に放った。
「今日からお前さんは、男爵様だ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「王都で仕事するには、あったほうがいい。
まあ、領地はないけどな」
「俺が……男爵?」
「そうだ」
あまりに軽い調子だった。
だが、その一言で、身分が変わる。
リチャードはさらに紙を引き寄せ、
ペンを走らせた。
乱雑に、だが迷いなく。
「領地の代わりに、これをやる」
差し出された紙には、数字が並んでいた。
「俺の港の商会の取り分だ。
儲かった分の2割は、お前のものにしろ」
カルドの目が、わずかに細くなる。
「……ほんとに、くれるのか?」
「なんだ、男爵よりやっぱそっちか」
リチャードが笑う。
「ああ、やるよ。人はタダでは働かない」
少しだけ身を乗り出す。
「俺をもうけさせてくれ。
張り合いが出るだろ」
カルドも、わずかに口元を上げた。
「ああ、いいな。そういうのは嫌いじゃない」
そのあと、カルドは帳簿を広げた。
港での取引、価格の動き、船の出入り、
どの商会がどこに投資しているか。
覚えていることを、片っ端から話す。
「たまごは一つの籠に盛るな、ってね」
「いっぱしのこと言いやがる」
リチャードは面白そうに聞いていた。
王ではなく、商人の話を。
金の流れを。
人の欲を。
すべてが、王国を動かすものだと知っている顔だった。
話がひと段落したとき、リチャードがふと思い出したように言った。
「そうだ」
軽い調子だった。
だが、その目は笑っていない。
「塔のエドワード達に、今の話を聞かせに行ってくれ」
一瞬、間が空く。
カルドは何も言わない。
ただ、紙を畳み、帳簿を閉じた。
「……わかりました」
静かに答える。
リチャードは満足そうにうなずいた。
「頼んだぞ」
カルドは一礼し、扉へ向かう。
手をかけたところで――
「男爵様」
背中に、声がかかる。
振り返らない。
ただ、ほんのわずかに笑った。
「……はい」
そして、扉の向こうへ消えた。
「ご即位おめでとうございます」
「ありがとう」
エドワードは、まっすぐに笑った。
「即位式はまだだけどね」
その言葉に、どこか軽い影が混じる。
「こちらは?」
「僕、リチャード。よろしく」
「カルドと申します」
(兄弟で美形だな)
思わず、そんなことを考える。
「即位式まで、何事もないといいけど」
エドワードがぽつりと言う。
その声音は明るい。
だが、どこか遠くを見ていた。
「議会も貴族ももめていると聞いております。
ですが、グロスター公は陛下の忠実な家臣です。
きっとうまくまとめてくださると思います」
「そうだな」
エドワードはうなずいた。
「父上も、頼りになる弟だと言っていた」
僕は港の話をした。
船のこと。
金のこと。
どの商人がどんな顔をしているか。
二人とも、楽しそうに聞いていた。
(笑っても美形だな)
どうでもいいことを、また考える。
調子に乗って、
“金持ちの客を見分ける講座”なんてものまで披露した。
大うけだった。
やった。
帰り際。
エドワードは、少しだけ寂しそうに笑った。
「また来てくれるか?」
「ええ」
カルドはうなずく。
「今度は、お土産を持ってきますよ」
「楽しみにしてる」
弟のリチャードも、無邪気に笑った。
扉を出たとき、
カルドはほんの一瞬だけ、足を止めた。
何かが、引っかかる。
だが、それが何なのかは、わからない。
(まあ、いいか)
そう思って、歩き出した。
カルドは、後年こう語っている。
「俺は、運命も神様も信じねえんだがな」
酒をあおりながら、ぽつりと言った。
「きれいなものは、神様がそばに置いておきたくて、
連れていくって話だけは――」
少しだけ、言葉を探す。
「……あれは、正しい気がするんだ」
グラスの中を見つめる。
「だからな、この世の美しいものを見るときは、
神様がのぞいていないか、探すようにしてる」
短く笑う。
「――このときは、見つけ損ねたがな」