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◻︎偶然?
「雪平さんの事情、知りませんでした」
雪平を紹介してくれた瑞浪も、そんなことは言ってなかったからだ。
「言えませんよ、男はプライドが高い生き物ですから、そのことを理由に女性を誘って甘えてるように見えるのは、不本意ですから」
言われてみればそうかもしれない。
この人、家庭が複雑だから相手してやって!なんて紹介されたら逆に逃げたくなる。
悩んでいたり不幸だと思い込んでる人の近くにいると、こちらまで感情をそっちに持っていかれそうな気がするからだ。
「男性でもそんなふうにおっしゃる方がいるんですね。少し安心しました。ただのわがままだと怒られるかと思ってました。離婚してからすぐ夫は再婚したそうですが、3年もしないうちに倒れて亡くなったそうです。最期を看取ったのはその再婚相手で。その話を聞いた時、私だけが一人ぼっちだと痛感して、だから余計にあの人に会いたくなっていたのかもしれません」
まだスマホを抱きしめている。
「お相手の方も、会いたくなったのかもしれませんね。“じゃあ、また”ってその言葉を信じてみるのはどうですか?もしかしたらまた会えるかもしれないし。たとえば偶然にでも。そうしたら、一人ぼっちじゃないと思えるし」
「そう…ですね、もしかしたら?ですね。そうすれば明日が来ることが楽しみになりそうですね」
遠くから、夕方5時を知らせる電子音の“夕焼け小焼け”が聞こえてきた。
「まぁっ、もうこんな時間!ごめんなさい、長々と付き合わせてしまって。話を聞いてくださってありがとうございました。久しぶりにたくさんおしゃべりをして、気持ちが軽くなりました」
ぺこりと頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「お二人、とてもお似合いですから、末永く続きますように祈ってますね」
「はい」
じゃあと、手を振って帰っていく。
もう一度振り返った里子を見送っていたら、そっと雪平さんに抱きしめられた。
「え?どうしたんですか?雪平さん」
「家庭がどうとか、そんなことは関係ありません。僕はただ美和子さんのことが好きになった、それだけです」
耳元で囁くような雪平さん。
「はい、ありがとうございます」
私も雪平さんの背中に手をまわす。
それぞれの家庭の話などほとんどしたことがない。
それは二人にとっては知らない方がいいだろうし、関係ないことだとお互いに思っていたから。
高校生らしい自転車が、二人の脇を通り過ぎようとして慌てて回していた手を離した。
「もしも。もしもずっと将来の話ですが、歳をとって病気になったり認知症になったりしたら、僕はすぐに美和子さんに話します。そしてそれを最後にします。だから、美和子さんもそうしてください。それが二人の約束にしてください」
最後はそうなるのだろうと、どこかで予想はしてた。
でも、ずっと将来だと雪平さんは言う。
もしかしたらそれは明日かもしれないけれど、ずっと将来だと思っていた方が気が休まる。
「わかりました、約束します」
顔を見合わせて、微笑み合う。
「行きましょうか?」
「そうですね」
二人で里子とは反対方向に歩き出した時、ゆっくりと近づいてくる車があった。
それは、二人のすぐ横に停まって助手席の窓がゆっくり開いた。
「あの、すみません、お聞きしたいことが…」
白髪頭のおじいさんが話しかけてきた。
「ここに俺と同じくらいの女、いませんでしたか?」
「え?どんな?」
「すらっとしてて、多分、髪は短くて背は高めの」
私は雪平さんと顔を見合わせた。
_____もしかして?
「もしかしたら、さっきまでここにいた人かも?」
「どっちへ行きました?」
「あっちへ歩いて行きましたよ」
「そうか…あっちか。いや、ありがとう」
「どういたしまして」
車はそのまま私たちの横を通り過ぎて、里子が帰って行った方へ走って行った。
「ね、あの人ってもしかして…?そうだよね?」
「うん、僕もそう思う。約束したわけじゃないみたいだけどね」
「偶然かな?」
私はまるで自分のことのようにワクワクしていた。
「お互いが会いたいと強く願っていたのかも?それが通じたとか?」
「20年も愛し合ったのなら、そんなふうに気持ちが通じてることもありそうですね。里子散に追いつけるかな?」
「追いついて欲しいですね。そして話をして欲しいです。この10年、どんなふうに過ごしていたのか」
「そうですね、すれ違ったままだと悲しいですもんね」
私は自分と雪平さんだったら?と考えていた。
雪平参加は、歩き出す私の肩をまたそっと抱き寄せた。
「どうしたんですか?雪平さん」
「…どうしたんでしょうか、自分でもわかりません」
「え…?」
そのまま歩いた。
もう夕暮れ時で、すれ違う人の顔も分かりにくい時間だ。
私はそっと頭を寄せる。
ぴこん🎶
「あ、私のスマホ?」
ポケットからスマホを取り出し、通知を見た。
《みんなで晩ご飯食べに行こうって、お父さんと聖が言ってるよ》
遥那からのLINEだった。
今日は珍しく家族が揃う日らしい。
_____帰らないと。帰りたくないけど
了解!スタンプを送っておく。
「そろそろ帰らないといけないみたいです」
「そうですか。では、また…また会ってくれますよね?」
「もちろんですよ。また会ってください」
「里子さんの話を聞いたらなんだか、センチメンタルな気分になってしまって。らしくないですね」
はにかんだような雪平さんの仕草が、可愛くて愛しかった。
「そうですね、私もちょっと考えちゃいました、将来のこととか。でも、まだまだ先のことですよ。それまでどうぞよろしくお願いします」
「はい。あ、もう少し先のパーキングに車をとめてあるから、そこまで一緒に」
「私も多分同じところにとめてます」
パーキングに向かって歩いていたら、またクルマが横にとまった。
「さっきは、ありがとうございました」
里子のことを尋ねたおじいさん、いや男性と言わないと失礼かな…だった。
「探してた女、いました。でも、今日はそんな気分じゃないとかで、追い返されてしまいました。また改めて待ち合わせするつもりです。じゃ!」
それだけ言うと行ってしまった。
「そんな気分じゃないって、里子さんらしいね」
「そうですね、きっと、会うのならばお洒落もしてデートみたいに会いたいんでしょうね」
「10年越しですからね」
待ち合わせて話をしたとして、あの二人がこれから先どんなふうになるのかわからない。
でも、人生を終わりから逆算してしまう年齢になったら、後悔はしたくないなぁと、並んで歩く雪平さんを見て思った。