テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◽︎ウワサも片付け
「涼子ちゃん、こちらは?」
「えっとね、伊万里の同級生のご両親でね。PTAの役員でお世話になった池崎さん」
「池崎?あー、あの池崎さん。その節は色々お世話になりました。なんかうちのやつが、ご迷惑をおかけしたんですよね?一度ちゃんと謝っておかないといけないとは思ってたんですが……こんなタイミングになってしまいました」
お鍋やボウルやフライ返しが並んだそのコーナーで、謝罪の弁を述べる光太郎。
「あ、いや、その、迷惑だなんて……」
光太郎が頭を下げてきて、それを前にうろたえる池崎夫。その隣で驚いた顔で私たちを見る池崎妻。それもそうだろう。もう何年も前のことだけど、この池崎夫と私が不倫していると、父兄の間に噂が広まったことがあったのだから。
池崎夫と私は子どもたちが同じクラスだということと、PTAで同じ広報担当になったことからよく一緒に行動するようになった。でもそれは必要だったからで、特に意味はなかったのだけど。
広報誌を作る時やその写真の編集をする時に、何度か喫茶店で待ち合わせて話し合ったことがあった。それから大きなイベントのあとは、労いとして居酒屋で乾杯したこともあった。どうやらそれが誰かの目に留まり、“あの2人は怪しい、不倫しているに違いない”と噂になったらしい。
周囲の不穏な空気を感じて、その理由がわかった時、私はことの次第を夫である光太郎に伝えた。
「涼子ちゃんのタイプじゃないよね?」
広報誌に載っていた池崎夫の写真を見て、光太郎が言った。
「タイプもなにも、役員の仕事がなきゃ話もしなかったかも。でも、色々大変なことやってるとさ、同志みたいな感覚にはなったよ」
「下手に言い訳するのもなぁ。事実はなにもないし噂だけならほっといた方がいいかもしれないね」
そのうち、役員の任期も終わってそれからは特に関わりを持つことはなかった。光太郎が言った通り、噂はいつのまにか消えていた…とそんなことを思い出した。
「本当になにもなかったんですよね?」
不意に池崎妻の声がした。その問いかけは私や池崎夫ではなく、私の夫の光太郎に向けられていた。
「ありませんよ、だって……こう言っては失礼ですが、涼子ちゃんは当時韓国の俳優の追っかけをやってましてね。その、なんていうか……涼子ちゃんの好きなタイプとお宅のご主人は似ても似つかなくて。絶対何もなかったですよ、だから安心してください」
「ちょっ!そんなこと言わなくても」
思わず、光太郎の腕を掴む。
「だって本当のことだろ?」
「もう、いいから。じゃ、すみませんね、失礼します」
私は慌てて光太郎とその場を離れた。
「だって、そう言ってたじゃん?涼子ちゃんが……。だから、絶対ないなと思ってた。それにしても同性だといい友達で異性だとすぐにそうやって見られるのも、なんだかな」
「そうね、噂って、テキトーだからね」
___ホントはね、口説かれたことがあったんだよ、一度だけ。冗談で笑い飛ばしたけどね
そのことだけは、光太郎にも話さず墓場まで持って行く。
それにしても、何年も前のことをまだ気にしてたのだろうか、あの夫婦は。
「あなたなんか、なんの気にもしてませんよって言えたからよかった」
なんだか清々しい顔の光太郎。
「どういうこと?」
「今だから言うけどさ、ほんのちょっとだけ気になってたんだよね。何もないってわかっててもさ、ハッキリしたかったんだ、ずっと。それが今できた、スッキリした」
「えーっ!疑ってたの?」
「いや、ほら、噂ってオヒレが付くからさ。ほんのちょっとだけね」
もうとっくに終わったことだと思っていたけど、光太郎の心には少しだけ引っかかるものがあったようだ。それが今、綺麗になくなったのだろう。
「なんかさ、心の中のちいさなトゲのようなものがなくなってさっぱりしたよ」
「人間関係も、整えていかなきゃいけない年代なのかもねぇ」
そんなことを話しながら、炊飯鍋を物色する。
「これからは、美味しいご飯と楽しい時間だけで、毎日を埋めていけたらいいね」
「だよね、私も何か楽しいことを探してみるよ」
軽いけど割れにくいというご飯茶碗も買った。これからは、使いやすくて飽きのこないものに入れ替えていこうと思った。
そう、人間関係も。