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鈴子が定正の秘書として働いてから3年が過ぎた
その頃には定正は有能で痒い所に手が届くような細やかな仕事をする鈴子をすっかり気に入って、どこへ行くにも鈴子を連れて行きたがった
仕事となると何事も一人で決定権を持ちたがる定正だが、鈴子が傍にいるようになってからは定正の戦略的思考をよく鈴子に話して聞かすようになった
スポンジの様に定正の仕事の仕方を吸収し、成長していく鈴子を見るのを彼は楽しんでいる様でもあった
鈴子は驚くほど頭の回転が速く、時を経ずして彼女は誰よりも定正の仕事を知るブレーンになっていた、しかしそれはあくまでも定正の秘書としてのビジネスの間柄は相変わらずだった
しかしある日、二人の距離をぐっと近づける出来事が起こった
定正が口頭筆記を鈴子に頼んで遅くまで二人で会長室で仕事をしていた時だった
今月も銀行家や、弁護士、それに貿易船長や組合指導者・・・負けず嫌いで自尊心の強い定正は自分のした細かい取引で感じた事を口頭で話し、鈴子に「口述筆記」でメモに残させていた時だった
思いがけず二人は仕事の以外のプライベートの話に花が咲いた
「君は今の仕事が好きみたいだね」
鈴子はニッコリ微笑んだ
「ええ、好きですし、今は勉強中だと思ってます、こんな大きな企業のトップ集団の元で事業がどう展開していくのかを間近で見させていただけるなんて、本当に光栄に思っています、普通の生活をしていたらこんな景色は絶対見れません、そう思いになりませんか?」
定正は話す鈴子の生き生きと輝いていている顔を見つめて微笑んだ
「確かに普通では見れないね、ところが一つ造ると次から次へと新しいのが造りたくなるものでね、企業というのは滑車の中を走り続けるハツカネズミみたいなものだよ」
クス・・・
「たしかにおっしゃる通りですね・・・いつ終わるのかしらと思う時もあります」
鈴子はもう話に夢中になって話していた、定正は終始微笑んで彼女の話を熱心に聞いてくれた
「さぁ、今夜はここまでにしよう、さすがに君も腹が減っただろう」
いつもの無い雰囲気に鈴子も心が温まっていた、なので思わず自分らしくない事を言ってしまった
「あのう・・・先日新しく出来たこの隣のビルのお寿司屋さんに他の秘書とランチに行ったんです・・・赤酢で珍しい魚介類の軍艦がとても美味しくて・・・きっと会長もお気に召すと思います・・・もしよかったら・・・今から私と一緒に・・・」
定正が驚いた顔で鈴子を見ている、それもそうだろう、鈴子の様な親子ほども離れた小娘なんかに誘われたのは彼は初めてなんだろう
彼がいつも連れている女性はもっと洗練した大人の女性だ、後で考えたら自分でも思い切ったことを言ったもんだと思った、でも鈴子は彼とこれっきりにしたくはなかった、定正が優しく微笑んで言った
「それは・・・ちょっと遠慮させてもらうよ・・・平日の夕食はなるべく家で食べるようにしてるんだ」
「いっ・・いえっ・・・とんでもございません・・・厚かましくてすいませんでした・・・」
バカなことを言ってしまった・・・途端に鈴子は気落ちして、悲しくなった、そしてどうしてかわからないが涙が溢れそうだった、まるで手痛い失恋をしたようだった
「ほっ・・・本当に・・・すいません・・・戯言でした・・・忘れてください・・・」
鈴子がふさぎ込んでいるのを見て、やがて定正がそっと鈴子に近づいてきて彼女の瞳を覗き込んでから言い直した
「だから飲み物だけにしよう」
途端に鈴子の心は希望に満ちた