「功徳アプリ」が街中で急速に広まってから数週間が経った。美咲も健太も、毎日のようにポイントを貯めていた。ポイントが貯まると通知が届き、嬉しい気持ちになれる。だが、美咲は何かが変だと感じ始めていた。
ある日、昼休み、美咲は健太に「このアプリ、おかしい気がする」と話しかけた。健太は笑いながら「そんなことないだろ? ゲームだよ」と言って笑い飛ばしたが、美咲の胸の中には得体の知れない不安が渦巻いていた。
その晩、美咲は布団に入り、スマホをいじっていた。ふと、功徳アプリを立ち上げたときに、これまで気にも留めなかったボタンが目に入った。「規約を見る」と書かれていた。
「今まで読んでなかったな…」と、美咲はそのボタンをタップした。すると、スクロール可能な長い規約文が表示された。目を細めながら読み進めるが、最初は「個人情報の使用に関する条項」や「ユーザーの責任」といった文言ばかりが続いていた。
しかし、スクロールを続けるうちに、美咲の指が止まった。ある一文が目に留まったのだ。
「ポイントが一定数に達した時、ユーザーは自動的に“償い”を行う義務を負います。」
「償い?」美咲は首を傾げ、さらに読み進めた。
「償いは、ユーザーの行った価値に応じて決定されます。善行のバランスが崩れた場合、アプリは代替の行動を促し、その行動が完了するまでポイントは加算されません。」
「代替の行動…?」美咲は、ここで背筋に寒気が走った。まるで、アプリが人々を何かに縛りつけようとしているかのようだった。
その時、スマホの画面が突然暗くなり、通知音が鳴った。美咲の心臓がドキリとした。
「次の善行を行うまで、ポイントの加算は停止されます。詳細は規約文の最下部をご確認ください。」と表示された。
美咲は慌ててスクロールを再開した。最下部には、血のように赤い文字でこう書かれていた。
「ユーザーが善行を怠る場合、アプリは彼らの“命”を代償として求めます。」
美咲はスマホを落とし、息を詰めた。冷たい汗が額ににじむ。「何これ、冗談でしょ?」震える手でスマホを拾い上げたが、そこには変わらずその文が表示されていた。
その瞬間、部屋のドアがガタガタと鳴った。美咲はびくっとし、ドアを見つめた。暗い部屋の中で、何かが動いているような気配がした。
「美咲、いるの?」母親の声がしたが、彼女の声はどこか冷たく、異質だった。美咲は恐る恐るドアを開けたが、そこには誰もいなかった。
「何が起こっているの…?」
その夜、美咲は眠れなかった。アプリがただのゲームだと思っていたが、それが命を奪う罠だということに気づいたとき、彼女はすでにその罠にかかっていた。
翌日、学校に向かう途中、美咲は不気味な視線を感じた。街中を歩く人々が、皆スマホをじっと見つめている。彼らは「功徳アプリ」に夢中になり、まるででロボットのように動いていた。
「健太に話さなきゃ…」美咲は急いで教室に駆け込んだ。
だが、教室に入った途端、彼女の目に飛び込んできたのは、健太の異様な姿だった。彼の目は虚ろで、無表情のままスマホの画面を凝視している。手元の画面には、「次の善行を行ってください」とのメッセージが点滅していた。
美咲の恐怖はピークに達した。
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