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その声は、ヤンキーの赤石でさえ、押し黙ってしまうほど低く冷やかだった。
「な、なんだよ、付き合ってねぇんじゃなかったのかよ…!」
「今ものにしてる最中なんだよ。邪魔するな」
ケンカ慣れしてないとは言え、身長も体格も蒼の方が痩せぎすの赤石よりはるかに上だった。
なにより、傍観している私でさえ緊張を覚えるほどに、怒りの気迫がすさまじかった…。
「…ちっ、わかったよ」
赤石は捨て台詞をはくと、蒼の手を振り払って化学室を出て行った。
「大丈夫か、蓮」
「蒼…」
茫然としながらその整った大人びた顔を見上げると、どうしたわけか…視界がぼやけてきた。
思わずうつむくと、
「あ…」
すくい上げられるように抱きしめられた。
「だからお前は無防備だって言ってんだよ。これ以上、俺を困らせるな…」
「……」
どうして…。
どうしてなんだろう…。
赤石と同じ、男の人の腕なのに、抱き締められた途端、安堵して身体中から力が抜けてしまう。
なんなの…この気持ち…。私、昨日からおかしくなってしまった…。
「あんなヤツとふたりきりになるバカがいるか。ったく…俺が来なかったら、どうなってたか…」
抱き締める腕の力がもっと強くなる…。
昨日のことが甦ってきて…安堵感の中に不安がにじみ始める。
「そ…蒼こそ、どうして私がここにいるってわかったのよ」
「偶然だよ。俺はここに用事があって…」
「用事?」
「……」
これ以上訊かれたくなさそうに口をつぐむと、蒼はおもむろに私を離した。
寂しいような、ほっとするような矛盾した気持ちになりながらも、私は理性を働かせる。
助けてくれたとは言え、もう蒼に隙は見せられない。
『あんなやつとふたりっきりになるな』って言うけど、そう言う蒼が一番キケンなんだから。
逃げなくちゃ…と、ドアへ意識を集中させていると、
「てかおまえ、昨日ちゃんと寝た?」
思わぬ質問をされて、思わずきょとんと見上げた。
「目が腫れてる。あれからも、いっぱい泣いたんだろ」
思わず、顔が熱くなる。
じ…自分では全然気づかなかったけど、そんなに腫れてる??
また『泣き虫』とかってバカにするつもりなの??
と身構えたけれど…
「昨日は、悪かった」
思いもよらぬ言葉を言われて、拍子抜けした。
「泣かせるつもりはなかった。必死だったから…ついカッとなってしまった」
必死…?
あれで?
昨日は、全部の言動に余裕が溢れてて…別の女の子にやったことあるんじゃないか、って思うくらいで、どこにも必死そうな感じは無かったけど。
「蓮、俺はさ―――」
けど、言いかけて蒼ははっとしたようにドアを見た。
「蒼くん?来てるの…」
姿は見えないけど、こっちに向かっているような女の子の声が聞こえてきた。
「隠れろ、蓮」
「え?」
「早く。その下に」
と、無理矢理大机の下に隠れさせられる。
え、なに?
なに?
「あ、蒼くん、ここにいたんだ」
女の子の声が、化学室に響いた。
「ああ…鍵開いてたんだ。突然呼び出してなんだよ、仲川」
仲川?
もしかして、そうにオムライスをプレゼントしていた、あの仲川里奈さん?
「こんなところに呼び出されたってことは…どういうことかわかるでしょ?蒼くん、モテモテだもんね」
おどけた調子で言う仲川さんだけど…声が少し震えている。
緊張している…。
これは…この雰囲気は…まさか。
私でもわかるよ。
告白の場面だ…!
どうしよう私、なんて場所に居合わせてしまったんだろ…。というか…この化学室はそういうのに持って来いの教室なのかなぁ??確かに、校舎の隅にある地味な教室だから、こっそりなにかをするには使いやすそうだけど…。
それにしても、みんな告白したりされたり…青春しすぎ…!
まぁ、私もその当事者のひとりだけど…。
「悪いけどさ」
蒼は少し間を置くと、静かに口を開いた。
「俺、好きなやついるから、応えられない」
「それって、もしかしてあの幼なじみ?」
「…」
ドキ…。
息を殺していた私の胸が、大きく弾ける…。蒼は黙ったままでいた。
それが、素直な返答だった。