古く、小さな小屋。
本当に小さな木の家。5メートル×10メートルくらいの平屋。
そこに一人の青年が何かを書いていた。
小説。
黄ばんだ方眼用紙。
作文を書く紙のあれだ。
青年は部屋の角にぴったりくっついている小さな机に向かって一生懸命だ。
あぐらの姿勢で猫背。
横には沢山積まれた紙。
全て文字が書いてあった。
すると、いきなり青年が床に寝転がった。
「で、出来た………」
青年は一つの作品を書き上げたらしい。
青年は寝転んだ勢いでそのまま寝てしまった。
目のクマがひどい。
寝ずに書き続けていたのだ。
理想と幻想を。
朝になると青年は起きてすぐ、慌てたように立ち上がった。
急に立ち上がったから目が霞んだみたいで、ふらっと、また座ってしまった。
何日も徹夜をしたにもかかわらず、そんなことはお構い無しにまた立ち上がり、
昨日完成させた小説を風呂敷に包み、
木の戸を勢いよく開けてそのまま外に出てしまった。
青年は前だけを見て全力で走っている。
ぼろぼろの草履の紐が今にでもちぎれそうなくらい。
でも、青年は風呂敷を両手で握りしめ、
キラキラした目である場所に向かっていた。
城下町を過ぎて、とある狭い路地に入った。
だんだん速度を落として、息を整える。
青年は下を向いて深く息をはいた。
そして前を向いて笑みを零した。
「ただいま」
青年がそう言うと、青年の前から声が帰ってきた。
『おかえり』
少女だ。
青年より少し年下に見える。
身長が青年の方が高かったからだ。
青年は少女の傍に駆け寄り、風呂敷を下ろした。
「書いてきたよ!見て!」
『うん、ありがとう』
青年が風呂敷から小説の束を取り出し、少女に5枚程度ずつ渡して読ませた。
全て読むのに一時間程度かかっていた。
最後の一枚を読み終えたのか、少女が顔を上げて言った。
『すごい、すごいよ!すごく面白い!!私、今、すっごくわくわくしてるわ!』
「ほんと!?やったあ…!」
青年は少女が小説を読んでいる間、ずっと近くの家の壁に寄りかかりながら座って、少女を見つめていた。
わくわくした期待の目で。
青年は想像通りの反応と言うばかりに「そうだろう!」と自信に満ち溢れた声で応えた。
すると少女が言った。
『この主人公の子、一人称が妾なのね。前に、彪吾くん、言ってたね。』
『この子、彪吾くんの好きな人?』
「あー、特徴は似せたかも?」
青年は苦笑いを浮かべた。
図星のようだ。
『なるほど、、、ふふっ』
少女がそう笑って一言。
『妾、 また彪吾くんの作品、待ってるね』
「うん、待ってて!」
「次はどんな作品にしようかな」
『じゃあ、妾の理想を書いて』
少女が青年の言葉を意識したのか、わからない。
だが、
小説に影響されたことは間違いない。
音は同じだがら、青年には普段と変わらぬ会話になった。
『あ、もう夕暮れ。家に帰った方がいいんじゃない?』
少女が青年に心配の目を向ける。
すると、青年は黙った。
なにか言いたそうな顔だ。
そして、なにかを決心したように少女の綺麗な紫色の瞳を見つめ、提案をした。
「なぁ、██。やっぱり、俺の家に来ないか?」
「ずっと、そこに居るんだろう?その、藁一枚で冬はきっと越せない」
「一緒に暮らそう」
青年が少女に手を伸ばした。
少女は目の前に差し伸べられた手をまじまじと見つめ、目を閉じ、また開けた。
『大丈夫だよ』
少女は笑う顔を見せた。
青年は「でも───」と口を挟もうとしたが
『ありがとう、大丈夫だよ』と返されてしまった。
『また、小説を読ませて』
そう少女が青年に告げて、路地の奥に行ってしまった。
青年は険しい顔をしている。
そこに一匹の猫がやってきた。
『ニャー』
なんて細々しい鳴き声だ。
青年は猫を見つめてから、しゃがみ、猫を抱いた。
「どうか、██を頼んだよ。」
『ニャー』
猫はさっきよりも頼ましい声で応えた。
そう聞こえた。
家に帰ると青年は、角の小さな机に向かって、また一生懸命に小説を書いた。
少女のために。