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―――サラサラ
なんとも心地よい音が、辺り一帯で響いている。
瞼を開かなくともわかる。
美しい。
そうだ。
私は昔から、音楽が大好きだった。
ピアノが欲しいと母におねだりをしたこともあった。
勿論、叶うことなど無かったが。
―――しばらく耳を傾けていると、ふといい匂いを鼻先で感じた。
間違いない。柊(ひいらぎ)だ。
私は鼻と耳が敏感。庭で植物の匂いによく癒やされたことだ。
思わず目を開ける。
そこには、驚くべき光景が繰り広げられていた。
青く澄み渡った空。
冬の植物たちが果てしなく並び、美しい景色を織り成していた。
遠くには、薄霧がかかった山々もある。
ここにはもう、縛られた現実など存在しない。
両手を広げたくなるほどの開放感に包まれていた。
………だが、ここはどこなのだろうか。
少し前、空腹で耐えられなくなり、私は意識を失くした。
そして目覚めると、気づけばここに居たのだ。
死ぬのが幸せかも知れないと考えながら落ちていった直後、ここに辿り着いた。
―――もしかして、天国?
そんな考えが脳裏によぎった時だった。
寝転がっている私の頭に、ふと温かい何かが触れた。
ゆっくりと視線を移すと、そこには誰かが居た。
人だ。
「ふえっ!?」
私は思わず飛び起きてしまった。
この世界に人などいないと、勝手にイメージしていたからだ。
それはあくまでも、私の勝手な想像に過ぎなかった。
「(まさか人が居たなんて……)」
頭が真っ白になり、パニック状態に陥っていると
その人物が口を開いた。
「こんにちは」
「僕は怪しい者ではありません。安心してください」
その言葉は、甘く優しかった。
何気ない言葉なのに、私の心に深く響いた。
こんなに優しい口舌を耳にしたのは いつぶりだろう。
私は、気づかぬ内に心を開いていた。
そしてやっと落ち着いてきた所で、私はまじまじと彼を見つめた。
明るい橙色で、サラサラとした髪。
整った輪郭。
興味津々とこちらを見つめる、赤く燃えた瞳。
その全てが一瞬にして、私の心を鷲掴みにした。
彼を一言で表すと“太陽”だろうか。
情熱的な光のような存在。
私とは違う。
ただひと目見ただけなのに、そう感じてしまった。
そして心の距離が離れていく。
私の勝手な想像だけれど、それでもいい。
彼に近づいてはいけないような気がした。
だが彼は私に近づく。
パーソナルスペースに、迷わず入り込む。
それ自体に抵抗は無かったが、明らかに鼓動が速くなっているのは確かだった。
「―――あなたの名前は何ですか」
彼の質問に、おどおどしながら答える。
「……青澄|あすみ|です__」
「青澄さん…、素敵な名前」
「ありがとう…ございます」
「あなたは…?」
今度は私が質問してみる。
「僕は夏輝|なつき|です。よろしくお願いします」
「よろしく…お願いします…」
彼は軽く咳払いをしてから、話し出した。
「――早速なんですが、青澄さん」
「この世界はどこか、もうお分かりですか」
「…えっ?」
「いえ、まだ全く……分かりません」
「そうでしたか。失礼しました」
「ですがそれならば構いません。知らぬが花、なんて言葉もありますから」
彼はそう言い、にこりと優しく微笑んだ。
だが気になって仕方ない。
その笑顔の裏側に、何かあるような気がしていたから――。
「―――では青澄さん」
「この世界を、少し探索してみてはいかがですか?」
「……探索、ですか…?」
「それより私は、早く元の世界に帰りたいのですが……っ」
小声でそう呟くと、彼は言った。
「大丈夫ですよ」
「とりあえず、ほら。座ってください」
「えっ―――?」
「詳しく話をしましょう」
「あっ、は、はい……」
「緊張しなくてもいいんですよ?」
「だ、だってここ、よく分からないし……」
「その………」
「(あなたがカッコいいから、なんて、口が裂けても言えやしないよ――…)」
「……まあ、そうですよね」
「でも、話は聞いて欲しいんです」
「必ず青澄さんに、元気になってもらえると思うから…」
「!!」
そう言う彼の真剣な眼差しと、久しぶりに感じた人からの優しさが、
嬉しくて嬉しくて つい涙となって出てきてしまった。
「あっ、青澄さん!?」
「す、すみません!その…っ、ひぐっ、――人から親切にしてもらえるって、っ、こんなに、嬉しいっ、ことなんだって……っ、ひぐっ」
「___青澄さん……」
“もう、大丈夫ですよ”
“僕がもっと嬉しくしてあげますからね”
“ふふっ”
夏輝の言葉は、優しいのにも関わらず 頼り甲斐がある気がした。
そしてそんな彼の柔らかな笑みは、まるで夏の太陽のように燦然と輝いていた。